第7話

「――うん、いいわよ」

 シャルロットは少しだけぎこちなく微笑みながらも、しっかりと向き合ってくれる。真っ直ぐに向き合い、見つめ合う。

 この瞬間は、主従ではない――ただの一人の少女と、一人の少年として向き合っている。そのことを感じながら、カナは目を細めて言う。

「これまで十年以上、シャルロットお嬢様のお傍で仕えてきました。いろいろな大変なこともありましたし、苦労もありました。ですが、そうしてきて幸せです。昔も、今も」

「うん、ありがとう。カナ」

「はい――ですが、最初の頃、それは義務感だったのです」

「義務感?」

「はい。丁度、木登り事件があった頃なんですけど」

 その頃、カナは黙々と勉強に励んでいた。

 レックスに恩を返すために、いち早く一人前になろうとして、ずっと勉強に励んでいた。だからこそ、構って欲しそうなシャルロットに対して、邪険に接することも多かった。

 そんなときに、レックスは困った顔をして言ったのだ。

『カナ、お前さんはやりたいようにやればいい――何も、恩返しに考えなくてもいいんだ』

 レックスは隣に座り、くしゃくしゃっと頭を撫でながら目を細めて笑う。

『もし、俺に何か返したいなら――シャルの傍に、いてやってくれないか』

『俺に何かあれば、シャルを助けてやって欲しい。お前がよければ、だが』

『お前は、お前のしたいようにやれ。俺は、それを止めたりはしないさ』

 その言葉を一つ一つ思い起こしながら、そっとカナは自分の胸に手を当てる。

「その言葉に従い――今まで、僕はシャル様をお助けしてきました。亡きレックス様の遺言もあったので、その御身を支えてこようとずっと思ってきました」

「そう……だったのね」

「はい、ですから――今からは、僕の気持ちのままに、したいことをします」

 その言葉に、わずかに不安そうにシャルロットの瞳が揺れる。

 その瞳をしっかり見つめて、肚の底で覚悟を決める。もう、絶対に後ろに退かない。その覚悟を込め、カナははっきりと告げる。


「シャル様――好きです。大好きです」


 その突然の言葉に、シャルロットは大きく目を見開く。

 カナは微笑みかけながら、そっと彼女に歩み寄り、その目の前に跪く。

「この家に来て、ずっとシャル様の傍にいて――貴方に、ずっと惹かれていました。それを自分で認めず、ごまかしながら過ごしてきましたが……もう、我慢しません」

 いつだって、無邪気で明るい彼女。

 素直で真っ直ぐで、どんなときでも全力でぶつかっていく。

 誇り高くて、気丈で――それでも、時々、弱さを見せてくれる彼女のことが。


「僕はシャル様のことを、愛しております」


 その言葉と共に手を取り、その手の甲に唇を寄せて押しつける。

 その胸から込み上げるのは敬意と信頼と――抑えきれない、好意。

 しばらく唇を落としてから唇を離すと、その手がそっとふわりとカナの頬に添えられる。そのまま、そっとシャルロットの身体が近づき、腕が頭に回された。

「ありがとう、カナ……大好き。私も、大好きよ」

 その言葉は、万感の思いが滲んでいた。喜びに震える声と共に、シャルロットはカナの身体をそっと胸元に抱き寄せる。ふわり、と柔らかい感触に包まれていく。

 カナは思わず息を詰めると、シャルロットはその頭に手を置いてささやく。

「もう絶対に離さないわよ、カナ。絶対に、絶対に私の物だから」

「はい、望むところです。シャル様」

 カナは顔を上げると、シャルロットは小さくはにかみながら、額をぶつけ合わせた。至近距離で、額を合わせたまま、彼女は目を閉じる。

 それに応じて、カナはそっと唇を合わせた――吐息がこぼれ、二人の頬をくすぐり合う。そのくすぐったさに、二人は思わず笑みをこぼした。

 昔みたいに無邪気に、お互いの好意を露わにして。

「――あ、そうだ、カナ。手を出して」

「あ、はい、こうですか」

 目の前で屈んだシャルロットに、カナは掌を差し出す。シャルロットはふむ、と頷くと、その手首にそっと掌を添え――薬指に、そっと指輪を差し込んだ。

 リヴェル工房長が手ずから作った、指輪――それは驚くくらい、ぴたりと薬指に収まった。

「さすが、リヴェル工房長。全部、お見通しだったのかしら」

 くすり、と笑いながらシャルロットはそれを眺めると、カナの掌にそっともう一つの指輪を置く。それを手に取り、カナは彼女を見つめ返す。

 期待に満ちた眼差し。彼女が望んでいることは、すぐに分かった。

「では、シャル様――失礼します」

「うん、好きな指に嵌めて」

「そんなの、決まっているじゃないですか」

 差し出された掌。その薬指に指輪をはめると、やはり、そこにぴったりと指輪が嵌まる。彼女の白い指先に、まるで花が咲いたかのように蒼い宝石が輝いている。

 それを見つめ、シャルロットは少しだけ緩んだ笑顔を浮かべる。

「えへへ……カナから、指輪……薬指」

「はい……ずっと、大事にいたします。指輪も、シャル様も」

「うん……ありがとう。カナ」

 二人は指輪を嵌めた手で握り合う。そうして、ひっそりと笑顔を交換した。

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