第4話

「な――貴様、何を……」

 リチャードは喚こうと口を開いた瞬間、シャルロットが木のカップをがつんと机に叩きつける。その剣幕に、彼が口をつぐむ、その彼に向けて彼女は燃えるような視線を向けた。

「第一に――貴方は、民を大切に思っていない。ただの、税源としか思っていない」

「な、それが一体――」

「まさか、叔父上はウェルネス王国憲章もご存じではないのですか?」

 シャルロットは冷笑を浮かべると、威風堂々とした居住まいで告げる。

「ウェルネス王国憲章本文――『人は須らく自由であり、その自由の中で生を全うする権利をここに保証する』――叔父上のやろうとしていることは、その自由を奪おうとすることです。それは、憲章に基づいて許されないことなのです」

「民の自由など、知ったことではないだろうッ!」

「関係大ありですッ!」

 リチャードの大声を、シャルロットの凛とした一喝が大きく上回った。

 拳を机に叩きつけ、燃えるような瞳で目尻を吊り上げて、リチャードを睨みつける。

「何故、国税法に上限が定められていると思うのですか! 住民税は銀貨五枚までッ! また平時は三つ以外から税を取ってはならない! 何故、そうやって制限を設けているのか、それは貴方のような横暴な政治を許さないためですッ!」

 彼女ははっきりと理路整然にそのリチャードの言うことを糾弾する。

 その突き詰められた言葉に、リチャードがうろたえる。その間隙を逃さず、シャルロットは畳みかけるように続ける。

「民を案じ、民を安んじ、民のために治政をする。それが領主たる役目。貴方のように、市井の経済を顧みず、民の命を考えない男に、領主が務まらないとはっきり分かりました」

 シャルロットは悠然と立ち上がると、彼女ははっきりとした口調で宣言する。


「私は――シャルロット・ローゼハイム。このローゼハイムを守る辺境伯です! 民の平穏は、私が必ずや守り抜きますッ!」


 その堂々とした威光――その後ろ姿に、レックスの大きな背中がだぶって見えた。

 その言葉にリチャードは顔を真っ白にし――だが、すぐに顔を赤らめて怒鳴る。

「ならば、財政はどうにかできるというのか! 商売の一つもできない、ただの小娘に」

「確かに、私は小娘でしょう。何一つできないといっても、過言ではありません。ですが、私には家族と仲間がいます。使用人たちと、市井の仲間たちが」

 弱みを突かれても、堂々と彼女は言い返した。視線を、カナに向けられる。

 その視線の意味を察し、カナは前に進み出てはっきりと告げる。

「もちろんです。この矮小な使用人とて、知識を絞りましょう」

「そして、もちろん――それは、私たちも、ですな」

 低い声がそれに賛同する。扉の方からの声に視線を向けると――そこには、ゲオルグが立っていた。初老の執事は、非礼を詫びるように悠然と頭を下げる。

「辺境伯様、申し訳ございません、ノックしてもご返答がなかったので、入らせていただきました。平に、ご容赦を」

「構わないわ。ゲオルグ」

「恐れ入ります――それと、至急のご用件がございます」

 ゲオルグはそう言いながら、ちらりとカナに視線を向け、わずかに目で頷く。その意図を察し、カナは一つ咳払いをした。

「折角です。リチャード様にもお聞きいただいたら如何でしょう。きっと、納得して下さると思います」

「――わかったわ。カナ。話しなさい、ゲオルグ」

「はっ――実は、税収のことについてにございます。確かにリチャード様の仰る通り、この税収は少なく、財政は逼迫しております。実は、それに違和感を覚えまして、調査の結果、一つの事実が発覚しました」

「何かしら、ゲオルグ」

 その問いかけに、ゲオルグははっきりとした口調で答えた。


「脱税、にございます」


「――脱税、だと?」

 ぽかん、とリチャードが聞き返す。シャルロットも少しだけ目を見開いていた。

 こほん、とゲオルグは咳払いをし、落ち着いた声で続ける。

「容疑があるのは、クロッツェ商会です。クロッツェは穀物などの取引を主に行い、他にも塩や香辛料なども取引を行っています。中規模の商会です。ですが、関所の記録を見ると、クロッツェの主な商品は塩や香辛料、宝石など……穀物などは少なかったのです」

 多少なりカモフラージュのために、穀物は搬入していたようだが、サーシャに確認したところ、クロッツェ商会は穀物をメインに取引をしていた。

 到底、数字が合わない。それに、カナは気づいていた。

(まあ、シャルロットお嬢様が、あの関所の書類に着目していなかったら、絶対に、発見できなかったことなんだけど)

 その頃から内々に調査を進めていたのだ。

「ここで証人として、騎士団の小隊長に来てもらいました。彼に、クロッツェ商会の尾行を依頼していたのです」

 ゲオルグはどうぞ、と手で示すと、廊下から一人の騎士が入ってくる。

 年若い騎士。彼はきびきびとした口調で告げる。

「辺境伯様に申し上げます。クロッツェ商会は塩、香辛料などの商品を持ち、まずは農村部を巡りました。そこで、彼らは牧場に立ち寄っています。そこで、持ち込んだ品々を実はあるものと換えていたのです」

「それは? 牧場なら、肉や家畜かしら」

「いえ――飼料です」

 その言葉に、シャルロットは目を見開いた。

「……は? 飼料? ってことは、餌?」

「はい、厳密には、クズ野菜――つまり、痛んだ穀物です」

 捨ててしまうような、痛んだ野菜。それらを、彼らは貴重な塩や香辛料と引き換えに、莫大に購入した。それを告げた騎士は、さらに言葉を続ける。

「その後、彼らは農村部を巡りました。そして、その牧場で仕入れたクズの野菜と、収穫物のしっかりとした野菜を換えたのです」

 農民としては、収穫物の少しを売り、クズとはいえ、多くの野菜を購入できる。

 相対的に、食料の量は増える。農民たちは、喜んで取引に応じていた。

 ゲオルグが補足するように言葉を挟む。

「これには裏付けもできています――ノーム農協組合長、お願いします」

 ゲオルグの言葉に、また廊下から一人の男が入ってくる。知的な雰囲気を漂わせた、ノーム農協組合長だ。彼は申し訳なさそうに告げる。

「恥ずかしいことながら、確認を取りますと、彼らは白状しました。領主殿や私に内緒にするのであれば、安く取引するといわれ、喜んで応じたと」

「……そう、話の流れは分かったわ。そうやって穀物を手にし、ハイムの街で売りさばいていた――きっと、そんなところでしょう」

「ああ、そうだ。お嬢ちゃん」

 その言葉に同意しながら、のっそりと入ってきたのは、巨躯の商工組合長、ジャンだ。彼もまた申し訳なさそうに頭を掻きながら言う。

「クロッツェの奴を締め上げたら、白状しやがった。その上、とんでもないことも発覚しやがって――お嬢ちゃんには、謝らねえといけねえ」

「――どういうこと?」

「それは、テオドール様より、ご解説いただきます。どうぞ」

 ゲオルグが言葉を取り仕切る。部屋に入ってきた、五人目の男――それは、よく見知った、レックスの主治医、テオドールだった。

 小脇に書類を抱えた彼は、シャルロットに一礼して言葉を告げる。

「ごきげんよう、辺境伯様――今回は、流行り病について、所見を述べに参りましたところ、皆さんと会いましてな、ついでに便乗させていただきました」

 そう言いながら、人がたくさんいる応接間をぐるりと見渡して告げる。


「これは、流行り病ではございません」


 その言葉に、静かな驚きが広がる。だが、シャルロットは落ち着いて言葉を続ける。

「なら、原因は何かしら」

「原因は、要するに食あたりにございます。食中毒は、生魚や生肉を食したときに起きやすいのですが――粗悪な野菜を食べたときにも、起こる傾向があります」

 その言葉に、シャルロットは目を見開き、二人の組合長を見やる。

「つまり――この病気の原因は、クロッツェ商会の売った野菜……っ!?」

「そう、なりますな」

「なんと申し開きをしたらいいのか……っ!」

 二人の組合長は頭を深々に下げる。両方に非があるだけに、二人は張り合わずに頭を深々に下げていた。ゲオルグはそれをなだめながら告げる。

「この混乱の収拾は、後ほどつけるとしまして――騎士たちには、クロッツェ商会を差し押さえていただきました。今、はっきりしているのは脱税の件です」

 クロッツェ商会は、農村部での二回の取引を申告していなかった。

 その分の取引で生じた利益の分の税を納入していなかったことになる。

 シャルロットの視線に、ゲオルグは頷いてはっきりと告げる。

「脱税された金額はおよそ、金貨15枚。それは徴収する上に――脱税を行ったことにより、罰金を科すことができます」

 国税法によれば、恣意的な脱税を行った場合、その脱税分を徴収する上に、その脱税額の三倍の罰金を科せる。

 つまり――。


「金貨60枚の、徴収見込みがあります」


 その言葉に深く吐息をつき、シャルロットは頷いた。

「ご苦労――さて、叔父上、少し変わった形とはいえ、財政が立て直っていますね」

「ぐっ――だが……」

 苦しそうに息をつくリチャード。そこに言葉をかけたのは、ジャンだった。

「リチャード殿、あんたは商人には向いているとは思うが……領主には向いているとは思えねえよ。悪いけどな」

「左様――商工と話が合うのは遺憾ですが、私もシャルロット様が領主に相応しいと考えます。おかげで、今回、農民たちを脅かす病の正体がはっきり分かりました」

 ノームもまた、冷静な口調を告げてリチャードを見やる。追い打ちをかけるように、騎士が淡々とした声で言う。

「私は部外者ですが、他人に結婚を強いるような人が領主に相応しいとは思えません――申し訳ございませんが、お二人の声が激しかったので全て聞いていました」

「な……っ」

 リチャードの声がだんだんと真っ白になっていく。

 それはつまり、リチャードの民を顧みない暴言が、騎士や組合の長たちに筒抜けだったということだ。今、彼の信用と信頼は、暴落しつつある。

 応接間にいる、全員の冷たい視線に耐え切れず――紅茶を滴らせながら、リチャードは腰をゆっくりと上げた。

「くそっ……覚えていろ……っ」

「いいえ、覚えません。覚えていなくて結構です――叔父上、この家の敷居を、二度と跨がないで下さい」

 シャルロットは捨て台詞さえ許さず、冷たく突き放す。その後ろ姿が消えていくのを見届け――彼女は、ふぅ、と一息ついた。

 だが、彼女はまだ気を抜くことは許せない。領主たる彼女は視線を上げ、はっきりと告げる。

「邪魔者がいなくなったところで――話し合いましょう。みんな、掛けて」

 組合長に騎士団の小隊長、そして医師。この街の有力者を見渡して、にっこりと笑った。


「この街をこれから、どうしていくか――対策を、考えましょう」

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