第3話

 屋敷の応接間では、空気が冷え切っていた。

 暖炉を焚き、温かい紅茶を煎れた。それでも、二人の間の空気は冷え固まっている。シャルロットとリチャード、二人は親戚関係にあるにも関わらず、敵同士のようににらみ合っている。

 カナはそれをシャルロットの傍で控えて見ているしかない。

(……よりによって、ゲオルグ様が外しているときに……)

 マリーに呼びに行ってもらっているが、間に合うだろうか。カナはわずかに不安に駆られながらも二人の様子を見守るしかない――。

 やがて、紅茶を飲んだシャルロットが口を開く。

「――それで? 叔父上様は、何故、商工組合に? まさか、またつまらない金貸しをしていたのですか?」

「ふん、まさか。組合の者に金を貸しても一銭の得にもならん。俺がわざわざ組合に出向いたのは、この街の騒ぎを聞きつけたからだ」

「ああ、大規模検診ですか。叔父上も少々、太られておりますし、受けられてはいかがですか?」

 冷笑をこぼすシャルロットに、リチャードはわずかに眉を吊り上げ、だが、言葉を返さずに紅茶を飲み――鋭い口調で切り出した。

「なんだ、あのふざけた散財は。貴様、金がないはずだろう」

「ええ、貧乏財政ですが、何か?」

「それなのに、あんな金を振りまいて――そんなに民からの支持が欲しいのか?」

 鼻で笑うような一言に、シャルロットは眉を吊り上げた。

 リチャードはずん、と足を踏み鳴らすと、荒々しい言葉を続ける。

「甘い、甘いぞ。確かに、多少の餌をぶら下げることも必要だ。だが、民からは税金を搾り取る必要もある。生かさず殺さずで、長く多く搾り取るのが貴族の手腕とも言える。思えば、兄上もそういう意味では、ひたすらに甘かったな」

(――この人は……)

 領主と仰がなくて正解だった、と痛感する。

 彼は領民をただの金の為る木にしか思っていないのだ。それにシャルロットは無表情で見つめ返し、淡々として告げる。

「たとえ、叔父上の言うことが正しかったとしても、領民を生かすためには必要な選択でした」

「ふん、だから甘いと言っている――そんな流行り病、広まる前に隔離すればいい」

「……はい?」

「その方が合理的だろう。農村の一角で、罹患した者を集める。そこでテオドールなどを派遣して治療すればいい。人件費も抑えられる、民からも治療を受けられて感謝される。合理的ではないか」

 確かに、その手段なら合理的だ。医者を連れまわす必要もない。

 移送代、人件費、共に安く済むだろう――しかし。

「現時点で、流行り病とは確定していません。その上、民を隔離したらその間、畑はどうなりますか」

「そんなもの、収穫を終わらせてから隔離するに決まっているだろう」

「――そこまで、病気を放置する、というのですか?」

「一朝一夕では死ぬ病気ではあるまい。これでも、まだ甘い方だぞ。もっとやるなら、徹底的にやってもいい――罹患者を、処分するくらいにはな」

 ぐっとシャルロットは拳を握りしめた。その肩が震えている。

 リチャードは紅茶を飲み、深くため息をこぼして言う。

「しかも、商工組合から聞くには、かなり財政が苦しいというそうだな? 地方通貨などまで発行して――まあ、小僧らしいアイデアで、いい案だ。なら、もっと増刷すればよいではないか。シャルロット」

「お言葉ですが、リチャード様」

 それには、口を挟まざるを得なかった。カナははっきりとした口調で戒める。

「巷に通貨が多く出回れば、その通貨の価値が暴落、また、物価が高騰します。そうなれば地方通貨の意味を成しません」

「なら、その時点で地方通貨を廃止にすればいい」

「――な」

 大胆で不遜な言葉に、カナは二の句が継げない。

 ふん、とリチャードはまた鼻を鳴らし、カナを冷たい視線で見る。

「そんなもの、ただのその場凌ぎの稼ぎだ。儲けられなくなれば、捨てる。商売の基本だ。小僧、貴様がそんな風に甘いから、シャルロットも甘くなったのではないか?」

「――叔父上、私のことをバカにするのは構いません。ですが、使用人を中傷するのは控えていただけますか。彼らも、私の大切な家族です」

 シャルロットが、淡々と押し殺した声で告げる。その肩から抑えきれない怒気が立ち上っている。だが、彼女は深呼吸して律すると、カナを振り返った。

「カナも。叔父上の言うことも一理――なくは、ないわ。今は、意見を控えて」

「――かしこまりました。お嬢様」

 控えろ、というのは彼女らしくない言葉だ。だが、分かる。彼女はカナのことを守るためにあえて突き放すように言った。

 それを察し、カナは言葉を押し込んで黙り込む。その様子に、リチャードは満足げに口角を吊り上げて頷く。

「よい。まだ分別があるようだ」

「なら――なら、聞きましょうか。叔父上。貴方には、財政を打開する策があるというのですか。もしあるのなら、拝聴し、検討致しましょう」

「ほう? その結果、俺の方が領主に向いているとすれば?」

「そのときは、領主の座もお譲りいたします」

 彼女はあっさりと、だが、はっきりと力を込めて断言した。

 思わずカナは目を見開き、口を開きかけるが――口を引き結び、必死に自分を律する。

(待て、シャル様には何か考えがある……)

 その証拠にわずかに横目でカナを見て、小さく安心づけるように一瞬だけ微笑む。

 だが、すぐに視線を戻し、リチャードに真っ直ぐな視線を投げかける。

 リチャードはにやりと大きく笑うと、太った腹を揺らして告げる。

「ふふ、なら聞くといい。俺ならば、もっと的確にやる。例えば、税率だが――」

 そう言って、彼はすらすらと数字をいくつか述べていく。それに、シャルロットは軽く眉を吊り上げる。だが、カナはすぐに分かった。

「小僧、お前ならわかるな?」

「……はい、税金の割合ですね」

 王都に提出する書類には、税率を数字の羅列で示す。それでリチャードは自分の考える税率を述べたのだ。しかも、と喉を動かす。

(かなり的確だ。住民税を抑える代わりに、商人の税金を不自然にならない程度にあげている。だが、その実、所得の多い商人から効率よく税金を引っ張れる……)

 さすが、ローゼハイム家の人間。それなりに勉強をしているのだ。

「――暗算なのではっきりとしたことは言えませんが、一割ほど税収があがる可能性があります」

「……確かに、有用なのですね。ただ、それだけなのですか?」

「まさか。その次は支出を抑える。農民への補助金は段階的に徐々に減らし、舗装の費用も必要のない分は抑え、その分の人足をカットする。そして――お前には働いてもらうぞ。シャルロット」

「私に、ですか?」

「ああ」

 リチャードは尊大に頷くと、足元に手を伸ばす。そして、持っていた鞄から何かの書類を取り出す。それを机に上に置き、不敵に笑って言う。

「見合いだ。俺が、リストを絞ってやった」

「――は?」

 シャルロットが乾いた声を出す。それに構わず、リチャードは続ける。

「今のところ、買い手の男たちだ。一応、お前の気持ちも考慮して老いも若いもいろいろある。お前は、小僧のことをいたく気に入っているようだからな、それも踏まえていろいろと――」

 リチャードの、その後の言葉は、続かなかった。

 代わりに部屋に響いたのは、冷たい水音。気が付けば、シャルロットは腰を上げ、手にした紅茶をリチャードにぶっかけていた。

 カナはそれに驚く前もなく――シャルロットが凍てついた口調で告げる。


「よく、叔父上の気持ちは分かりました――貴方が、領主に値しないことも」

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