第5話
パーティーは真夜中に終わり、賓客たちは用意された宿に帰路につき――。
カナは、シャルロットと共に、屋敷に戻っていった。扉を開け、玄関ホールに入ると、拭き掃除をしていたマリーが顔を上げ、ぱっと顔を輝かせる。
「あ、おかえりなさい、お嬢様、カナさん」
「ええ、ただいま。お留守番ご苦労様、マリー。こんな遅くまで掃除していなくてもいいのに」
「えへへ、一人だとなんだか寂しくて……何となく掃除していたんです」
マリーは子犬のようにシャルロットの傍に寄って一礼する。
シャルロットはドレスの上に羽織っていた上着を脱ぎ、彼女に渡しながら嬉しそうに笑う。
「なんにしても、ありがとう、マリー。そうだ、ご褒美に一緒にお茶でもどう?」
「え? でも、私、パーティーで何にも仕事していないですよ?」
「準備を一番頑張ってくれたし、お留守番もしてくれた。それだけでも十分よ。会場で後片付けしているゲオルグとサーシャは後でねぎらうとして――今はマリーにご褒美よ。ルカ様から、和菓子をいただいたの」
別れ際にいただいた、和菓子――彼女の領地の特産のお菓子を、カナは取り出す。
その包みを見て、マリーは目を輝かせて頷いた。
「わぁっ、いただきますっ!」
「ん、食堂を使うまでもないし、使用人の談話室でいいわよね?」
「あ、それならまだ暖炉に火が入っているので温かいと思いますっ」
「分かった。先に行っているわね。カナ、紅茶の支度だけお願い」
「かしこまりました。マリーは、お嬢様のお召し替えの手伝いをお願いします」
「かしこまりましたっ!」
マリーに包みを渡すと、彼女ははしゃぎながらシャルロットと一緒に屋敷の階段を上がっていく。それを見送り、カナは厨房の方へ向かう。
人気がなく、冷え切った厨房。そこで、紅茶の支度をしつつ、ふぅ、と一息つく。
(パーティーも終わったか……)
これで、辺境伯就任以来の、どたばたを全てこなしたことになる。
かまどに火を入れ、軽く湯を沸かしながら、ついでに石をいくつか放り込み、懐炉を作っておく。今日は、夜が冷えそうだからだ。
そうする片手間に、懐に手を入れ――内ポケットにしまっていたいくつかの手紙を取り出す。しっかりとした封筒に入ったそれを見やり、重くため息をこぼす。
(――これを、お嬢様に渡すのは気が進まないな……)
これは、身もふたもない言い方をすれば、ラブレターだ。
縁談、交際の申し込み、いろいろ言い方はあるが、総じてシャルロットに向けたもの。
昔はレックスが受け取り、それを即座に処分していたが――今はそうもいかない。
(しかも、量が多いし……)
恐らく半分以上は、政略結婚目的なのだろう。領主の一人娘となれば、辺境とはいえ、ガードも緩くなると考えているのかもしれない。
金も目的でシャルロットにすり寄る輩――それを想像しただけで、虫唾が走る。
カナはその手紙を暖炉に叩き込みたくなる衝動をこらえ、それを包み直す。
そして、そんな気持ちになっている自分にため息をこぼした。
(――シャル様は、お嬢様なのに)
主人であり、自分はただの使用人――そう、思い定めている。
だが、倒れたときに看病してもらってから、ふと、シャルロットの笑顔にどきどきさせられる機会が増えた気がした。
前までもそんなことはあったが――時々、笑顔を直視できないときがあるのほどに。
そんなの、許されるはずは、ないのに。
もう一度だけため息をこぼし――湧きあがった、湯を火から上げた。
「はえぇ、縁談ですか。お嬢様にも」
「ん、まあ、一応、年頃の娘だからあるでしょうね」
使用人の談話室。狭いものの、居心地のいい部屋の中で、カナはさりげなくその話を切り出していた。包みから取り出したその縁談の手紙の山を見て、マリーが目を丸くする。
だが、その一方でシャルロットは興味がなさそうだった。
んん、と少しだけ首を傾げ、紅茶を一口。そして、告げる。
「適当に処理しといて。角が立ちそうな相手は、残しておいて。私が断りの手紙を書くから。どうでもよさそうな奴は、その暖炉に放り込んで頂戴」
「ふぇ? いいのですか? お嬢様」
マリーは紅茶を口にして、きょとんと首を傾げる。ええ、とシャルロットは頷く。
「興味ないし」
「――お嬢様、さすがにそれは……」
「……ん、分かっているのよ。カナ。それはどうなのか、というのは。これに関しては、ゲオルグからも話してもらっているし」
頷きながら、ちら、とマリーを見て言葉を続ける。
「マリーもいるから、事情のために話すと――結婚って内政にも関与するの。私たち、領主からしてみるとね」
「政略結婚、って奴ですか?」
「有り体な言い方をすれば、そうね。有利な血筋を引き込んだり、お互いの関係を強化するために、あるいは――お金を、得るために」
紅茶を一口飲み、シャルロットは淡々とした声で言う。
「たとえば――そうね、そこの家紋の封筒。そこは、昔ながらの商人の家であり、私たちの税収の何倍もの利益を、毎月あげているでしょうね。そういうお金を使えるようになったり、あるいはそういう商才を手にできる。ある意味、取引みたいなものなの」
「そう、なのですか……?」
「ええ、要するに結婚という契約で、何かを得ることができる。そのために、政略結婚というのはいつの時代でもあったわ」
だけどね、とシャルロットは優しい目つきになり、マリーとカナを見やる。
「私は、そんな利己的に物事を決めるつもりはない。父上も、それをきっと望まないから。それに私は――好きな人くらい、自分の気持ちで決めたい」
そういって彼女はその商人の家の手紙をつまみ上げる。そのまま、腰を上げると、暖炉の中に手紙を放り込む。それだけで、ぱっと火の中に消えていく。
それを見ただけで――何故か、カナの心が穏やかになっていくのを感じる。
マリーはにっこりと微笑み、同意して頷く。
「賛成です! お嬢様!」
「ありがと。マリー。貴方も適当に開いて、問題なさそうなら燃やしていいわよ」
「え、いいんですかっ?」
「ダメです。さすがに、僕が一度、目を通します」
カナが制すると、ええぇ、とマリーとシャルロットは半眼を向けてくる。
カナは思わず苦笑いを浮かべて諭すように言う。
「さすがに、この中に王太子殿下のものが紛れ込んでいたら、まずいでしょう? そういう角の立つ相手だけは選別します。それ以外なら、マリーが燃やしても構いませんから」
カナはそう言いながら、そそくさとその手紙の山を包み直す。
その様子に、マリーはおかしそうに笑った。
「よかったですね、カナさん」
「……何が、ですか?」
「またまたぁ、素直じゃないんですから」
「マリー、和菓子はもういりませんね?」
「はわわっ、それだけは勘弁を!」
カナが和菓子の皿を下げようとすると、マリーは涙目で手を伸ばす。
それをシャルロットは楽しそうに笑い声をあげ、つられてカナとマリーも笑みをこぼす――談話室は、明るい笑顔に包まれていった。
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