第4話

「ここまでご理解いただけたのなら、シャル様にも一緒に考えていただきましょうか」

「うん、そうね。このローゼハイムを愛している、シャルちゃんにも意見を出してもらうべきだよね。きっと」

 サーシャは考えを察したのか、にっこりと微笑んで手を合わせる。

 シャルロットはきょとんとして首を傾げた。

「意見を、出す? どういうこと? もう、私としてはお手上げなんだけど」

「ふふ、シャルちゃんが言ってくれたのは、外から物を仕入れて、内側で売ること。そうすると、領内の商人に影響があるけど――その、逆なら?」

「あ、そっか……ローゼハイムの物を、外で売ればいいのね!」

 名案、とばかりに手を打ち、目を輝かせるシャルロットに、サーシャはお代わりの紅茶を煎れながら、たしなめるように言う。

「だけどね、ありきたりなものだと売れないわ。たとえば、穀物とかなら他の場所でも取れるから売れない可能性がある。だから、できればローゼハイムでしか手に入らないものが望ましいの。たとえば――これ」

 持ち上げたのは、木製のカップだ。それには、緻密な細工が施されている。

 ローゼハイム特産の、木の彫り物だ。確かに、とシャルロットはカップを受け取りながら、それをしげしげと眺める。

「他の町では、陶器を使うものね。これの方が、割れなくていいと思うのだけど」

「ええ、だから、こういう特産品は需要があるの。ただ、これはもう商売のルートが出来上がってしまって、無理なんだけどね」

「そっか……だから、まだ商売されていない、特産物を探せばいいのね」

「はい、ここでしか手に入らない貴重なもの、ここでしか獲れないもの、ですね」

「そう言われると、難しいわね……ううん……」

 悩ましげに眉を寄せるシャルロット。考え込む彼女を見て、カナとサーシャは視線を合わせて苦笑いを交換する。

 こうは言ってみたが、思いつくとは正直、思っていない。

 何故なら、ある程度はサーシャとカナで調べて確かめていたのだ。

 だが、どれも現実的ではなく、断念していた。ゲオルグやマリーとも頭を悩ませていた問題なのだ。だから、別の解決法を模索していたのだが――。

「ちなみに、このカップ――これは、リヴェル工房の作品よね。ローゼハイム家御用達の。ここで頼んで、特別な何かを作ってもらう、というのは?」

「まあ、確かにリヴェル工房の作品は、ネームバリューもありますけど……それで、何を作っていただこうとお考えに?」

「それは……思いつかないけど」

 唇を尖らせながら、シャルロットはくるくる手の中でコップを弄ぶ。そして、その底にあるリヴェル工房の刻印を見て、小さく言う。

「……その辺の木細工に、リヴェルっぽい刻印を押して売るとか?」

 その言葉に、サーシャは深くため息をついた。非難するような視線を、何故か、カナに方に向けてくる。

「――シャルちゃんがこんな詐欺まがいなことを思いつくなんて……カナくんのせいよ。ちゃんとしっかり教育しないと……!」

「僕のせいですかぁ……?」

「じょ、冗談よ! さすがに、それは詐称――犯罪になりかねないわ!」

 シャルロットが慌てて取り繕う。ほっとしたように、サーシャは一息つくが、少しだけ厳しい口調で言う。

「シャルロットお嬢様。冗談でも人前では仰らないで下さい。貴族たる者、外聞というのが大事になります。犯罪まがいなことを口にすれば、イメージが悪く――」

「分かっているわよ! サーシャお姉ちゃんだから、言ったのに……」

「う……そこで、お姉ちゃん呼びはずるいですよ、シャルちゃん……」

 弱気なシャルロットの言葉に、サーシャはへにゃり、と顔を緩める。

(やれやれ、サーシャさんは弟分や妹分に甘いというか……)

 それが、この人の魅力でもあるのだが。苦笑いを浮かべながらも、カナは咳払いをして、話を戻す。

「ひとまず、そういう詐欺みたいなことはなしですが……そうですね、ネームバリューに着目するのは、ありだと思います。ブランド物を発注して売る、というのも」

「ただ、こういうティーカップを一個作るのでも、三日はかかるわよね。工房をフル稼働してもらって、一か月で――30個いけばいいかしら。カナくん、利益分は……」

「一個あたり、銀貨10枚で買い取って、金貨1枚で売るのが妥当でしょうね。そうなると、利益は一個あたり銀貨20枚。これが30個で――金貨が20枚の儲けにはなります。計算上は。全て、売れるとすれば」

「でも、諸々の手数料が差っ引かれると、15枚くらいね……」

「諸々の手数料って?」

 きょとんとするシャルロットに、カナは苦笑いを見せた。

「まあ、運送代とかもそうですが、税金分も差し引かれます。これも、一応、職業税に適応されるので、約2枚分の金貨を、売った先に納めないといけません」

「ええぇ……そうなんだ……」

「まあ、法律ですので」

 げんなりした表情のシャルロットの頭をカナが撫でて慰めていると、サーシャは唇に人差し指を当てて少し考え込む。

「まあ、商売で資金を稼ごうとなると、予定が金貨41枚必要だから――多めに見積もって、金貨60枚は欲しい。だから、こうやって私たちも知恵を絞っているのだけど」

「でも、金貨20枚プラスになる案はいいと思いますよ。シャル様」

「ほんと? 試してみる価値はある?」

 上目遣いのシャルロットに対し、少しだけカナは苦笑いを返す。

「まだ、精度を上げる必要は、ありますけどね――あちらの、工房の都合もあります。それを辺境伯権限で割り込ませるわけにもいきませんし」

「んん、難しいわね。でも、付加価値をつける……ってところは、魅力じゃないかしら」

「……確かに」

 カナは思わず唸ってしまう。サーシャも真剣な表情でわずかに考えを深める。

「――適当な作物……茶葉とか【辺境伯御用達】みたいなブランドをつけてみるのはどうかしら。カナくん」

「いいアイデアだとは思いますが、品質がいいものでないといけません。ですが、ウチで使っている茶葉は割と安物なので……」

「結構、美味しいのだけど。ブランドつけて、ぼったくり値段で売りつけるのは――」

「シャルロットお嬢様……?」

「じょ、冗談よ……サーシャ、そんなに凄まないで」

「まあ、プライベートだから大目に見るけど、気をつけてね。シャルちゃん」

 サーシャはため息をこぼし、再び思考の海に沈んでいく。カナも特産品を頭の中に思い浮かべながら考え込み、シャルロットも紅茶を口にしながら首を傾げる。

 その沈黙を破ったのは、穏やかなノックだった。

「ん――ああ、入って」

「はい、失礼します」

 穏やかな声と共に入ってきたのは、ゲオルグだった。片手に書類を持ち、優雅に一礼する。

「おや、皆さんで休憩中でしたか」

「ええ、カナに授業を兼ねて、金策について教えてもらっていたの」

「なるほど、それを後でお伺い致しましょう。ひとまず先に、シャルロットお嬢様、こちらをお願いしたいのですが――細かい支出がありまして」

「そう? まあ、ゲオルグが言うなら、必要な支出なのでしょうけど」

 ゲオルグから受け取った書類に目を通し、ああ、と納得する。

「そういえば、街外れの橋の修繕が見積もり段階だったわね」

「ええ、こちらが最良だと思われます」

「いいわ、ここでケチっても仕方ないし、さっくり業者に払ってしまいましょ。えっと、小切手でいいかしら、ゲオルグ」

「はい、換金などの手続きは、こちらでさせていただきます」

「分かったわ」

 サーシャが執務机から小切手とペン、それと判子を持ってくる。それを受け取り、シャルロットは慣れた手つきで小切手を切り、それに判を押す。

 リチャードも使った、為替手形だ。カナは見つめ――ふと、何かが引っ掛かる。

「為替、手形……」

「うん? どうしたのかしら。カナ」

「いえ……ちょっと待ってくださいね」

 ローゼハイムの特産物は、他にも真似できないほど、精巧な細工を施した木細工が得意だ。偽造は、しにくい。ローゼハイム家には懇意にしている工房がある。

 そして、為替手形――つまり、お金の代わり。

「……地方、通貨」

 その言葉に、目を見開いたのはゲオルグだった。

「そうか、その手がありましたか! カナくん、お手柄ですよ!」

 珍しくゲオルグが喜色をあらわにする。上機嫌に頷くゲオルグに向かって、シャルロットとサーシャはそろって首を傾げた。

「げ、ゲオルグ? どういうこと?」

「要するに、カナくんがまた悪知恵を思いついたのですよ……いやぁ、さすがはカナくんです。まさか、そういう発想から持ってくるとは……!」

「だから、悪知恵はやめてください……というか、まだできると分かったわけでは……」

「すぐに、工房に渡りをつけましょう。原材料や手間もあまりかからないはずです」

 ゲオルグが上機嫌に頷いて踵を返す。そのまま、失礼します、と優雅に一礼して立ち去っていく執事長を見つめ――シャルロットは苦笑いを浮かべた。

「よほどの妙案を出したのね。カナ。ゲオルグが、小切手忘れていったわよ」

「あ……届けてまいりますね。お嬢様」

 サーシャが気を利かせて立ち上がる。小切手を受け取り、足早にゲオルグを追いかけていく。それを見送ってから、シャルロットは首を傾げ、目を輝かせる。

「それで、何を思いついたの? カナ」

「それは、ですね……」

 カナは一息だけ置き、そっとその考えを作る。


「お金を、作ってしまえばいいのですよ」

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