第7話
「しかし、久しぶりに坊主が来たと思えば、レックスの旦那が、おっ死んじまったっていうのか……全く、困ったもんだなぁ」
その日、カナはハイムの街の一角――商工組合に顔を出していた。
朝早くからそこは鉄火場。石造りの建物の至る所から湯気を出しながら、さまざまな場所から盛んに掛け声が響き渡る。至る所で、朝から鍛冶仕事が始まっているのだ。
文字通りの、鉄火場。怒鳴り声や、激しい水が弾ける音が響き渡る。
かん、かんと打ち鳴らす騒音の中、屈強な肉体をした中年の男性は、丸太のような腕を組んで唸る。
その騒音に負けないように、カナは声を張り上げて言う。
「すみません、ご連絡が遅くなって。葬式の段取りがすみましたので、商工組合の方にもご連絡しようと思いまして」
シャルロットが辺境伯に就任してから三日、ゲオルグの采配で的確に日程が決められ、街中に告知がなされた。今、屋敷ではシャルロットと世話役で、葬式の段取りを組んでいるはずである。
それとは別に、使用人たちは手分けして、街の有力者に伝えて回っていたのだ。
「いやぁ、仕方ねえよ、今回の世話役は?」
「街会長です。ゲオルグ様と相談され、いろいろと決められました」
「ま、妥当だな。今回だと。農協にしゃしゃり出られても困るしよ」
腕を組んで唸る商工長を見て、思わずカナは苦笑いを浮かべた。だが、すぐに咳払いをして、商工組合長を見上げる。
「とにかく、こういう日程になりました。葬列が出るのは、この時間帯になりますので、申し訳ないのですが、人手だけ……」
「おうよ、任せときな。レックスの旦那には、いろいろ世話になったんだ。ええと、明日の朝に葬儀で、昼に葬列だな――なあ、坊主、俺も葬儀に出ていいか」
「ええ、構いません。来る人は拒むな、と領主さまの仰せですので……ただ」
少しだけ気になったことを訊ねる。
「農協組合長も、来られますよ……?」
「……さすがに、死人相手を前にしていがみ合わねえよ。多分、あっちもそういう気持ちだと思うし。いくら商売敵とはいえ、な」
「――ありがとうございます」
「うっしゃ、じゃあ葬列のことは任せな。たとえ、農協が一緒だとしても、世話になった旦那のためだ。しっかりやってやるよ」
ぱん、と拳を打ち鳴らして、屈強な商工長はそう答える。
それを頼もしく思いながらも――カナは、内心で深くため息をついた。
(やっぱり、まだ確執が拭えないんだよな……)
「農協と商工って、なんでそんな張り合っているのかしら」
挨拶回りが一段落し、屋敷に戻ったカナは、執務室のシャルロットは首を傾げた。カナは小さく頬を掻きながら、吐息を一つつく。
「まあ、一言で言うのは少し難しいのですが……お嬢様、この後のお時間は?」
「ん? 葬儀の打ち合わせは済んだから――サーシャの喪服の手直しが終わるまでは、暇ね……あ、カナ、手が空いていたら紅茶を煎れてくれる?」
「御意に。そうしましたら、お嬢様、内政のお時間としましょうか」
にっこりと微笑みかけると、シャルロットはふぅと吐息をついて頷く。
「まあ、そうね、まだ私も税金がどういう内訳だったか知らなかったわけだし」
「はい、実は今回の農協と商工の張り合いに、税金が少しだけ関わってきます」
カナはそう言いながら手際よくティーセットを用意し、では、と頭を下げる。
「一旦、お湯をいただいてきます――今日は、ここでお勉強しましょうか」
この街、ハイムには、大きく分けて三つの組織が権限を持っている。
一つは言うまでもなく、領主たるローゼハイム家。
あとの二つが農協と商工と呼ばれる、二つの組合だ。
農協は、農民共同組合の略称であり、要するに農民の寄合だ。
商工は、商人工業組合の略称であり、これは商人や鍛冶屋の集まり。
「――この二つの組合が切磋琢磨し合うことにより、この街は繁栄しています。とまあ、ざっとおさらいの説明ですね」
執務室の椅子を二つ並べ、机に向かって隣り合って座る。隣から漂ってくるどことなく、甘い香りを務めて無視しながら、紙のペンを走らせた。
シャルロットは唇を引き結び、真剣な表情で頷く。
「二つの組合。別に縄張りが違うのだから、争わずに競い合えばいいのだけど」
「そうなのですが――この土地は、実は昔から、商人の権限が強いのです」
「そうなの?」
彼女の問い返しに、カナは一つ頷いてから、紅茶を唇で湿らせた。ここから、少しだけ長い話になってくる。
「――では、まず軽い歴史話から、お話いたします」
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