第6話

「では、説明を始めます――けど、シャル様」

「ん? 何かしら、カナ」

 シャルロットがさらりと金髪を揺らしながら、悪戯っぽく笑みを浮かべる。悔しいほど可愛いその笑顔に思わず見惚れかけ――咳払いを一つ。

「別に隣に座る必要はないと思うのですが」

 執務室で勉強するのは狭いので、応接間に移ったカナとシャルロット。ソファーに腰を下ろすと、彼女はごく自然に隣に腰を下ろし、距離をそっと詰めてきたのだ。

 膝が微かに触れ合い、少しだけどきどきしてしまう。

 だけど、シャルロットはくすりと笑い、小声で言う。

「昔はよくこうやって並んで勉強したわよね。カナ」

「昔のことですよ、それは……」

「細かいことは気にしないで、今はお勉強よ。それで、税金についてよね?」

「はい、ではシャル様、まずは税金とは何か――ご存知ですか?」

「バカにしないで。領地を運営するために必要なお金で、領民から徴収するわ」

「はい、正解です。では、一歩踏み込んで、税金の種類は答えられますか?」

「税金、の、種類?」

 きょとん、とシャルロットは目を丸くする。カナは少しだけ微笑んで頷く。


「では、そこから説明していきますね」


 このウェルネス王国には、国が定めた、国税法、というものがある。

 これに定めるところによると、代官、並びに領主は、どこから税金が取れるか厳しく定められているのだ。

「これに定めるところによると、平時は住民税、職業税、関税。この三つしか取ることができません」

「三つだけなの?」

「はい、三つだけです」

 カナは応接間のテーブルに置かれた紙に、三つの税の種類を書き、そのうちの住民税に指を示す。

「住民税は住んでいる人一人あたり、一か月に銀貨五枚まで徴収できるというものです。この割合は五枚までなら自由に設定できます」

「このローゼハイム領は今、いくらなの?」

「銀貨一枚です。相場が銀貨二枚なので、割安ですね」

 ちなみに、銅貨一枚でパンが一個分。

 これが三十枚で、銀貨一枚。五枚あれば、一か月分の食費になる。

 銀貨が三十枚で、金貨一枚。一枚あれば、一年は遊んで暮らせる。

(こういう考え方をすると、リチャード様は大金をくれたよな)

 金貨五枚をぽんとくれるあたり、どれだけ爵位に執着していたか分かるものだ。

 さらさらと軽くメモをまとめ、次の文字を指差す。

「職業税。これは職業によって別々に定められています。農民は年に一回、取れ高の一割を納めること。商人は月に一度、銀貨五枚まで徴収でき、それに加えて月に一度、売り上げの一割を納めなければなりません。騎士は労役という形になります」

 他にも実は細かく定められているが、ひとまずこんなところでいいだろう、とメモを残すと、シャルロットはくりくりした目でじっと紙を見て唸る。

「商人はややこしいわね……月に一度、定額を納めて、その上、売り上げの一部まで納めないといけないのね」

「その分、商人は儲かりやすい仕事ですからね」

 事実、税収の四分の一が、商人の収入に依存している形だ。カナは頷きながら、最後に指を差すのは、関税――。

「これは関所を通行するときに一人あたり銅貨三枚まで徴収できます。さらに、荷物一つあたり追加で銅貨一枚。荷馬車一台だと銀貨一枚まで徴収することができます」

「へぇ、じゃあ、商人が通ると、すごくお金がかかるの?」

「そうなりますね。ただ、住民税のときも申し上げましたが、これらは全体的に低めです」

 そう説明しながら、それぞれの項目に数字を書いていく。

「ローゼハイムでは、住民税は銀が一枚。関税は銅貨一枚。職業税はしっかり取っていますが、街道の舗装や獣除け、農民への補助金で還元しています――占めて、月額の収入ですが、概算でこんな感じになります」

 住民が二千人ほどなので、住民税が2000枚。

 職業税は、月平均で大体、銀貨2200枚。

 関税は、銀貨300枚――占めて、銀貨が4500枚。


「わぁ、結構ある……! って、ことは金貨が150枚あるのね! それなら……!」

 にっこりと目を輝かせ、ぱん、と手を打った彼女に、にっこりと微笑み返す。

「で、ここから支出を引いていきます」

「……ししゅつ?」

「当然ですよね? 僕たちの運営費も、ここから出て行くわけですから」


 農民、商人への補助金、金貨25枚。

 補修、舗装などの費用、金貨25枚。

 騎士団に対する支払、金貨20枚。

 王都に対する納税、金貨30枚。

 屋敷の運営費、金貨10枚。

 関所の維持費、金貨10枚。

 借金返済費、金貨5枚。

 その他費用、金貨10枚。


「――っと、大きいのだけ抜き出したが、これで大体、金貨135枚。どれだけ少なく見積もっても、月額金貨100枚以上は支出していきますよ、というところです。ちなみに、今の在庫は金貨30枚しか残っていません」

 さらりと告げると、彼女はうううぅ、と頭を押さえて屈みこんでしまった。

「そうよね、当たり前よね……支払いもあるのよね……」

「切りつめても、毎月、金貨20枚溜めるのが限度でしょうね。しかも、何か事件があったらその支出だけでお金がすっ飛んでいきます」

 正直、金貨一枚でも惜しんでいきたいのが、今の財政の状態なのだ。

 シャルロットは顔を上げると、半分涙目になりながら訊ねる。

「補助金は削れないの?」

「削ったら、商人はともかく、農民が困るんですよ」

「補修とか、舗装……」

「古い町ですからね、すぐぼろぼろになる上に、これ、清掃費も兼ねています」

「騎士団……」

「人員を減らされて、治安が荒れますよ?」

「王都への納税……」

「これは全収入の二割と決められています。無理です」

「屋敷の運営費……」

「いいですけど、僕がクビになるということに――」

「それだけはダメっ!」

 いきなり、がばっと抱きついてきたシャルロット――半分押し倒され、その柔らかい感触にどぎまぎしながら、苦笑いを浮かべて頭を撫でる。

「大丈夫です……お給料がなくなっても、僕はシャル様のお傍にいますから」

「ほんと……?」

「本当です」

 上目遣いでうるうると見つめてくるシャルロット――こういう泣き虫なところは、昔と変わらない。僕は苦笑い交じりに、その頭を撫でて落ち着かせる。

 やがて、シャルロットは落ち着き、ふと、軽く気づいたように言う。

「――この、借金返済費……って何?」

「ああ……レックス様が、このお屋敷と舞踏会の会場を作るときに、同じ辺境伯のルカ・ナカトミ様から借り入れたのですよ。そのときをローン返済で、毎月返しているのです」

「……ちなみに、あと何年分?」

「ええと……大分返済しましたから……三年分残っています」

「ううぅ、バカ父上、こういうところで節約しなさいよ、ばかぁ」

 よよよ、と泣き崩れるシャルロットの頭をよしよしと撫でながら、カナは優しく言葉を続ける。

「借金したのは仕方ありませんし、これからどうするかを考えていきましょう。僕も一緒に考えますから。ね?」

「そうね……そうよね、カナ、ありがと……っ!」

 感極まったように抱きついてくるシャルロット。今度はしっかり抱き留め、その背中に手を回し、なだめるように背を擦り――。


「お邪魔し――あら? 二人とも……?」


 不意に、サーシャが入ってきて目を丸くした。

 ソファーの上で間近な距離にいたシャルロットとカナは固まり――こほん、とシャルロットは咳払いをし、すすす、と距離を離す。

「な、何かしら、サーシャ」

「え、ええ、お二人のために紅茶を煎れてきたのですけど……」

「そ、そう……そこに置いてくれるかしら?」

「はぁい、かしこまりました。ごゆっくり――」

 サーシャはにやにやと笑いながら、机に紅茶セットを置き、すぐに退室していく。去り際、カナにウィンクしていくのを忘れなかった。

 ぱたん、と扉が閉じられ――ううぅ、とシャルロットは悶絶するように顔を押さえる。カナも顔を背け、恥ずかしさを押し殺す。

「迂闊だったわ……」

「こちらも、失礼しました……」

「ううん……貴方は、気にしないで……」

「お嬢様こそ……」

 その後、紅茶が冷めるまでしばらく、二人は悶絶を続けていた。

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