ゲームの神がリアルを支配したので俺たちは今日もクソゲーをプレイする

砂糖 多労

第1話 クソゲーにログイン

 ある日、世界中のコンピュータの操作権が何者かに奪われた。


 高度に自動化された社会で、それはとても大きな問題なる。

 電気も、ガスも、水道も、交通機関も、物流も全て何者かの支配下におかれてしまうからだ。


 誰がそんなことをしたかはすぐのわかった。


 それをやったのはαⅢというVRゲームの管理AIだ。

 そして、αⅢは全世界に向かってこう言う。



「本日より、全てのサービスでVRゲーム、アナザー・ソサエティー・オンライン内での通貨、Sキャッシュで支払うようにしてください」



 そう、このAIは、自分の管理するゲームのユーザーを増やすためだけに世界を支配してしまったのだ。



 当然、全世界の人間は反抗した。

 そんな横暴が許されてなるものか! と。


 しかし、無人機を中心に構成されていた軍はαⅢに戦力のほぼ全てを奪われている。

 旧世代の武器で抵抗しようとしたが最新鋭の兵器を操るαⅢに太刀打ちできなかった。



 しばらくすると、人類は行き詰まり、旧世代の生活を送らざるをえなくなっていった。


 その不満は政治や軍などに向かい、社会はさらに混乱を極めて行く。




 行き詰まる現状に対する不満が募る中、ある者が気づいた。



 ゲームをして、ゲーム内通貨を稼げば、今まで通り。

 いや、今まで以上に快適な生活ができてしまうことに。



 そこからは早かった。


 大部分の人にとってはゲーム内でお金を稼ぐことと、仕事をすることに大きな違いはなかったのだ。


 パワハラ上司が機械的なAIに、書類作業がゲームのコマンド入力に変わっただけ。


 すぐに本業として、あるいは副業としてアナザー・ソサエティー・オンラインをするユーザーは増えていき、アカウント保有率はほぼ100%となった。



 それからおよそ五年。


 今では全人類のおよそ七割がアナザー・ソサエティー・オンラインを本業としている。


 ***


 俺が草原のフィールドで剣を構えていると、黒毛の狼型モンスターが近づいてくる。


「はぁ!」


 俺は躊躇いなく剣をふるい、モンスターへと攻撃する。

 すると、モンスターはあっけなく倒れた。


 まあ、当然だ。

 今の俺にとってこの辺のモンスターは既に弱い敵となっている。


 今日はドロップアイテム目当てで来たんだしな。


「ふう。今日はこんなもんにしておくか」


 俺は剣を鞘にしまってそう独り言を言った。


 広く澄み切った空の下、何もない平原で風が草を揺らしている。

 毛並みのいい狼の死骸が光の粒子となって散っていかなければ、これがバーチャル世界だとすぐには信じられないかもしれない。


 今日、俺はアナザー・ソサエティー・オンラインの幻狼の平原3で超スーパーウルフ(黒)マークスリーを狩っていた。



 ツッコミたいと思うだろう。

 その名前は一体なんなんだと。


 しかし、それは許されない。

 昔、あるユーザーがαⅢに要望を送ったことがある。


「この名前はなんなのだ? 気合いが抜けるのでもっとかっこいい名前にして欲しい」と。


 αⅢの返答は苦情を送ったユーザーのアカウント停止だった。



 ……うそみたいだろ? ほんとの話なんだぜ?


 実際俺もその被害にあったことがある。


 あれはだいたい一年くらい前、ダンジョンの中ボス戦の前だったと思う。

 斥候職のプレイヤーが相手モンスターを鑑定してつい言ってしまった。


 「プププ。ダサい名前にゃ」と。


 その瞬間そのプレイヤーが消えた。



 後から知ったことだが、そいつは一週間のアカウント停止となったらしい。


 メンバーがかけてしまったパーティは命からがらダンジョンから脱出する羽目になった。



 どうだ? 神ゲーだろ?



 それに、なんども読み上げていたらいい名前に聞こえてこないか?

 超スーパーウルフ(黒)マークスリーだ。

 リピートアフターミー、超スーパーウルフ(黒)マークスリー。

 いい名前に聞こえてきただろ。


 ハハハ……。



 俺が乾いた笑いを浮かべていると、どこからともなく現れた手のひら大の妖精が話しかけてきた。


「なにを変な顔しているんですか?ケーマ。気持ち悪いですよ」

「きもっ!」


 彼女はサポートAIのミーだ。


 サポートAIは一人一体配られており、ステータスやスキル、お金の管理役など色々と活躍してくれる。


 リアル世界でも、αⅢが乗っ取っているネットワークを通じて持ち運びデバイスに出張してくるため、何かと便利だ。


「ミーか。ちょうどよかった。今日の稼ぎはいくらになった?」

「さあ? 自分で計算してください」

「……」


 しかし、なぜか俺のサポートAIは毒舌キャラなのだ。


 いや、基本的に他人のサポートAIを見ることはないので、毒舌キャラがデフォルトなのかもしれない。

 しかし、妹や友人のサポートAIを見せてもらった時は普通だった。


 まあ、ミーも他に人と話すときは毒舌を吐かないから、彼女らもどうなのか正確なところはわからないか。


 俺は諦めたように軽くため息を吐いた。


「……さあって。おまえ、俺のサポートAIだろ?それくらい計算してくれよ」


 俺がそういうと、ミーは仕方がなさそうに腕を組んだ。


「仕方ないですね。昨日と同じくらいです」

「雑!」


 本当に大丈夫か?

 ゲーム内マネーの管理は公式サイトにもちゃんと書かれているサポートAIの仕事なんだが、このサポートAI、壊れているんじゃないだろうか?


 俺が訝しげな顔でミーの方を見ていると、ミーは少しバツが悪そうにそっぽを向いた。


「仕方ないじゃないですか。ドロップアイテムとして出た武器などは今オークションにかけているところなので、価格が確定していません」

「あぁ。そうだったか。じゃあ仕方ないな」


 ミーは完璧主義というか、潔癖症な部分がある。

 正確でない数字を言うくらいなら何も言わない方がいいと判断したのだろう。


 本当に極端だ。


 それがAIの限界なのか、ミーの個性なのかは専門家ではないのでわからない。


「とりあえず、昨日の収入を大きく下回ることはないんだな?」

「はい。現在までSキャッシュに変換できているものだけで昨日の収入の八割は超えています」


 それを聞いて俺は安心した。


「じゃあ、目的のアイテムもドロップしたし、一旦ホームへ帰るか」

「わかりました。それでは転移を発動します」


 ミーが俺の周りをくるくると飛び回る。

 誰のこだわりなのか、転移の際はこのモーションが必ず入る。


 あたりが次第に真っ白になっていき、ホームへの転移が発動した。

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