騎士傭兵アイヴァンホー、女魔術師シルヴェーヌ

「良くやった。サー=ウィルフレッド=アイヴァンホー伯爵。褒めてつかわすぞ」


“現戦皇”エレオナアル=ド=エリトヘイム=イワース=アークヒル=エイリトラー=ユーディシウス=グランサール252世と隣に控える白の聖騎士“ホワイトパラディン”にして勇者の末裔ショウ=セトル=ライアンの言葉を表面上はうやうやしい態度で騎士傭兵アイヴァンホーは聞いていた。


「勿体無きお言葉。これからも誠心誠意、衷心からの働きを――」


「皆迄言わずともよい。そなたの働き次第では余は公爵の位を授けるつもりだ」


 ショウはもう復活の魔法が効かない事を知らない――“現戦皇”もまだこの戦いに勝てると信じているらしい――若さだけでは片付けられない愚かさを密かにアイヴァンホーはわらった。


 公爵の位とやらも何の肩書にもなるまい――敗北側は無暗に位階を授ける事をアイヴァンホーは経験から知っていた。


 今出ている言葉も空手形だろう。


 どうしようもない程追い詰められれば――或いは予想もつかない武勲を上げればその言葉を考えないでもない――その程度の軽い言葉だ。


 今年で五十五になるアイヴァンホーは小柄で、しかし衰えを知らない頑健な肉体の持ち主だ。


 副官は今年で三十四になるアーヴィオン貴族だ。


 副官はアイヴァンホーより20センチは背が高かったが、アイヴァンホーの前では自分が小人の様に感じられる事が殆んどだった。


 エレオナアル達の前から退出したアイヴァンホーと副官は戦闘語バトルと呼ばれる戦士の間で通じる隠語――戦闘中に意思伝達を効率良く行う為の略語を多用した軍隊用語で話を交わす。


「如何なさいますか」


「保険が必要だな」その一言で副官はアイヴァンホーが何をしたいか察する。


「手配いたします」


「“現戦皇”は信じられますか」副官は問い直す。


「無駄だ――あの手の輩は――二枚舌の二重規範野郎だ。信じれば馬鹿を見るだけだ」


「では、“勇者の末裔”は」


「同じ穴のむじなだ」アイヴァンホーは斬って捨てた。


「我々は義理で“現戦皇”に付き合っているだけだ。一人でも部下の死を少なく、騎士団と祖国の名誉の為に一つでも多くの勝利を上げなければならない」アイヴァンホーは言葉を区切った。


「だが何よりも、我々全てが生きて帰る事が最重要事項だ」


「他の事は」副官は分かり切った答えを聞く為だけに尋ねた。


「さほど重要では無い」


「生き残る――ただそれだけだという事ですね」


 二人は大股にエレオナアルが居城として接収している城の廊下を歩いていく。


 自分達にあてがわれた奴隷の女性エルフを表面上は受け取って、従順な振りをしていた。


 二人とも――いや、傭兵団の殆んどが内心では“現戦皇”と“勇者”を軽蔑していた。


 エルフの女性をあてがうのも士官以上の者に限られていた――そこまでエルフの捕虜の数は減っていたのだ。


 ドワーフの女性や人間族の奴隷も供されていた。


 エレオナアルが――正確にはその後ろ盾になっている魔導専制君主国出身の魔術師ディスティ=ティール公爵がエレオナアル達を害せないようアイヴァンホーに強制ギアスの魔法を掛けたのだが、その事実に憤る者も多かった。


 報酬とて怪しい。


 結局戦皇と勇者は自分達を利用できるだけ利用してやろうと思っている。


 それがアイヴァンホー伯達の見方だった。


 外で控えていたやはりアーヴィオン出身の大魔術師――名をマソールという――と合流する。


「糧道の確保は出来ておりますか?」アイヴァンホーがマソールに尋ねる。


「策源地からは7割程じゃ。現地調達の割合は今後上がるものと考えざるを得ないじゃろう」マソールはアーヴィオンの伝説の王ヴァランターに仕えていた大魔術師、この世の危機に目覚めた伝説の魔術師だった。


 生ける伝説――不老不死ハイエルフの女忍者ホークウィンドがそう呼ばれる様に――軍師ウォーマスターでは無い為戦略や戦術は得意では無いが、深い洞察力と高い知性を持つ。


 アーヴィオンの内戦を収めるべく永い眠りより蘇り、アイヴァンホーに力を貸している。


 攻撃魔法ではティール公爵に及ばないが、総合力では勝るとも劣らない。


 知名度では遥かに上の――騎士道伝説に謳われる魔術師だけ有って知らぬ者は居ない者だった。


 アイヴァンホーを疎ましく思う勢力にエレオナアルに与する様仕向けられたのは手痛かった。


 早くに片を付けてアーヴィオンに戻りたい所だったが、負けを付けるのも好ましくない。


 負けるにしても善戦はした、そう印象付けないといけない。


 アイヴァンホー達は転移の魔法でガルム帝国との最前線の近くに有る拠点、街道沿いの廃城に戻った。


 遅滞戦闘を繰り返し、相手を出来るだけ長く足止めする。


 それがこの戦争におけるアイヴァンホー達の基本戦術だった。


 戻ったアイヴァンホー達を歓呼の声で部下が出迎える。


 アイヴァンホーへの熱烈な支持の声だった。


 部下にここ迄応援される武将はそうは居ない。


 アイヴァンホーこそが祖国を統一してくれる――そう思われているからだ。


軍師ウォーマスターラウルと死神の騎士は手ごわい相手じゃな」マソールが言う。


「先陣を切っているガルム帝国第一軍から片付けますか?」副官が問う。


「いや、ガルム帝国軍の“要”は第三軍だ――アレクサンドラ皇女を新たな戦皇と担いで前線に出てきているのは諸刃の剣じゃ」


「第一軍、第二軍とまともにぶつかるより少ない被害で多大な“戦果”を上げられる。それに“現戦皇”もアレクサンドラ皇女に固執している。我々を他の軍にぶつけて消耗するのはエレオナアルも望まないだろう」


「第一軍、第二軍の方が数は多い。力勝負を挑めば被害は免れまい。皇女が鍵だとエレオナアルは誤解している。その誤解を利用して最小限の被害で済む様に動くほうが良い」


「“誤解”ですか」


「エレオナアルの今までの采配で皇国軍は内部分裂している。ほぼ勝敗は決している。ここからの逆転は不可能とは言わないが首脳部があれでは無理筋だろう」


「アレクサンドラ皇女を人質に取れば――」


「それに惑わされる程軍師ラウルも死神の騎士も甘くはあるまい――救出部隊に助け出される可能性も高い」


「第三軍はガルム帝国をある意味象徴する軍だ――打ち破れば打撃は大きい。だが戦局をひっくり返すには至らない」


「エセルナート王国やフェングラース君主国も第三軍以外に軍を派遣している――この決定が下った段階でほぼ決まっていた――どの道異種族の排斥で支持を掴もうとした時点で真っ当ではない」


「ともかくも――」マソールが言葉を引き継いだ「ガルム帝国がグランサール皇国を併吞へいどんすれば領土的野心をアーヴィオンに向けないとも限らない。ガルム帝国と皇国、両方を疲弊させておくに越したことは無い」


 一般兵も交えた侃侃諤諤かんかんがくがくの議論を交わす為、三人は城の広間へと戻った。


 *   *   *


「アレクサンドラ皇女を護る旗本に義兄さん達を当てたい。僕達の旗頭に最強の護衛が付いたという事が知れれば、皇女を暗殺しようとする者や狙ってくる者に対してかなりのプレッシャーになるからね」軍師ラウルが言う。


「先鋒を務める者が――」言いかけたアトゥームをアレクサンドラがさえぎって発言した。


「歓迎いたしますわ――お嫌ですの?アトゥーム様」


「そういう問題じゃない――」


「先鋒を任せられる人材は居るよ――義兄さんは一人で何でも抱え込もうとし過ぎだよ――現に前のアイヴァンホー伯との戦いは際どかった。近衛に強い部隊が居ないと、心許無い程度では済まなくなるよ」


 アレクサンドラとアトゥームの仲を知っているマリアや静香もラウルの意見を支持した。


「恋人同士なんですから、助け合いの関係を築いた方が良いですよ。アトゥームさん」


「皇女をさらわれたりしたら悔やんでも悔やみきれなくなるわよ」静香もうんうんとうなずきながら言う。


 アトゥームは助けを求める様に周りを見回したが、既にラウルが根回しをしていた事に気が付き、息をつくと言った。


「分かった。俺は近衛として最善を尽くす。引継ぎは早い方が良いんだろう。魔法使いは付けてもらわないと暴露面積の大きい騎兵は格好の敵の的だ。ラウルは全体の指揮を執らないといけない――適任者は居るのか?」


「もう選抜済みだよ――シルヴェーヌ=ド=ブラントーム――反エレオナアル派の女性グランサール魔術師にして貴族、アレクサンドラ皇女の親友だよ。腕前は保証する」


「こちらへ」ラウルが合図すると法衣ローブのフードを後ろに上げてくすんだ金髪の薄氷アイスブルーの瞳の女性が部屋に入ってきた。


 マリアと静香は彼女がエルフでも人間でもない事に一目で気付く。


 ハーフエルフだ――尖ってはいるが長くはない耳、やや垂れ目がちの目は人間の親に似たのだろう――色々な感情を意志の力で抑え込んだ眼をしている。


 肌は白磁の様――アレクサンドラの辺りを圧倒する美とはまた違った美しさをたたえた女性だった――背は人間女性としてみれば平均的――155cm程だった。


「シルヴィ――無事だったの!?」アレクサンドラが喜びと驚きが半々といった声と共にシルヴェーヌに抱きつく。


「無事です――アレクサンドラ様。苦しいです――」シルヴェーヌがアレクサンドラの背中を叩く。


「ご、御免なさい。痛かった?」アレクサンドラが慌てた様に手を離す。


「ええ」シルヴェーヌはズバリと言い切った。


「皇女殿下は昔と変わらないのですね」抑えた声で言葉が続く。


「では、皆様に紹介するわ――シルヴィ――シルヴェーヌは――」


アレクサンドラの説明では実家でも混血であるが故に冷たい扱いを受けてきた――両親とごく一部の家臣はシルヴェーヌに精一杯の愛情を注いだと言う事だったが――彼女は排斥され、エレオナアルが戦皇になってから家は取り潰された――その頃からエルフ達と共に戦いの道に身を投じたのだそうだ。


 アレクサンドラとは幼い頃に夜会パーティーで出会って意気投合して友人関係になったのだ。


 森に潜んでエルフ達の下で魔術を修め、反エレオナアル派の魔術師として頭角を現したが、皇国内のエルフ狩りが進むにつれ行方をくらまさざるを得なくなった。


シルヴェーヌはアトゥームをしげしげと見た。


「貴方が“死神の騎士”――」言いざまに細身剣レイピアをアトゥームに突き付ける――静香達が止める間もなかった。


 アトゥームの左手は短刀ダガー細身剣レイピアを受ける形で止まっていた。


「白兵戦は合格点ね。後は戦術、戦略眼が有るかどうかね。アレクサンドラ様を危険に晒す様な真似をしたら許さない」


 シルヴェーヌは踵を返すと部屋を退出した。


「待ちなさい――シルヴェーヌ!」アレクサンドラの声も聞かずに立ち去った。


「御免なさい――普段は聞き分けの良い娘なのですが」


「先輩――」


「ええ」


 マリア達は彼女の言動の裏に思い当たる節が有った。


 言うべきか言わざるべきか――少しの逡巡しゅんじゅんの後に二人はシルヴェーヌの気持ちを尊重する――つまり黙っている事にした。


 シルヴェーヌは夕食の席にも姿を現さなかった。


 ――彼女の気持ちを分かっていないのは当の皇女だけだった。

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