神様なんて大嫌いと異世界に飛ばされた少女たちは叫んだ

ダイ大佐 / 人類解放救済戦線創立者

プロローグ

「――静香先輩」込み上げてくる甘酸っぱい思いと共にバイクのタンデムシートに跨がった七瀬真理愛ななせ マリアは、前席に乗った美少女、澄川静香すみかわ しずかに身体を強く押し付けて彼女を抱き締める手に力を込めた。


 マリアも静香同様ヘルメット越しでもそれと分かる程の美しさを持った少女だった。


 私のかけがえのない人――


 神様にだって奪わせない。


 神様なんて嫌い――どうして人が愛し合う事をいけない事だなんて言うの――?


 マリアは静香に会わせてくれた神に感謝はしたが、同性を愛してはいけないという教えに反発を感じずにはいられなかった。


 *   *   *


「今日は部活が無いの――良ければ一緒に出かけない?」


 放課後、私立澄川女学院中等部の廊下で、高等部の制服を着た静香に下校前のマリアは声をかけられた。 


 二人が付き合うようになって三ヶ月がたつ。


「――はい」マリアが肯定の返事をすると、静香はマリアの手を掴み歩き出す。


 周りの生徒が色めき立つ。


 理事長の孫娘と接点の無さそうな少女という取り合わせは生徒達の関心を集めるのに十分だった。


 マリアの短いくせの有る金髪も静香の腰ほどまであるまっすぐな黒髪も注目を引く。


 雪白の肌、見事な金髪、大きな碧緑の瞳――ただでさえ他人の目を引くマリアと同じ位白い肌、豊かな黒髪、黒い瞳、校内で知らない人がいない静香。


 周りの目も気にせずに静香はマリアを引っ張っていく。


「先輩――」マリアの危惧を静香は無視した。


「言いたければ言わせておけば良いのよ。それより門限まで時間が無いわ。急ぐわよ、マリア」


 静香とマリアは周りの視線を引き付けながら校舎を出た。


 静香は自分のバイクの置いてある実家――澄川女学院の敷地内にある屋敷に向かっていく。


 ――少しでも早く、マリアと二人きりになりたい――


 静香は学生寮に自分の部屋を持っていて、実家に帰る事は余り無かった。


 静香は幼い頃から父親――澄川家に婿入りしてきたのだ――の運転するバイクの後ろに乗ってきた。


 16になるとすぐ教習所に通ってバイクの免許を取った。


 そして校則にバイクの規定が無い事を盾に普段からバイクに乗ってきたのだ。


 学校の関係者には問題視する声も有ったが、理事長は理解を示した。


 生徒は自分の事を自分で決める、学院の教育方針にもそう定められていた。


 良妻賢母を育てるための教育でなく、自立した女性を育てる事が学校の方針だった。


 もっとも――校則で禁止されていても引くつもりは無かったけど――静香は思う。


 誰に迷惑をかけるでもない――マリアの事だって、他人に言われて引くつもりは無い。


 私は彼女を愛してる――そして彼女も私を――神様だってこのまことを咎めはしないはずだ――神が愛であるのなら――静香の思いは廻った。


 静香とマリアは静香の部屋で外出着に着替えると車庫に入る。


 車庫では静香の愛車、YAMAHA MT-03 ディープパープリッシュブルーメタリックC 2020年式が待っていた。


 静香は馴染みの販売店でこのバイクを見た時、これは自分を待っていたのだと直感した。


 運命の出会いだ――そう感じたのだ。


 一目惚れというものだろう――マリアに初めて会った時とは違うが――静香にはそうとしか思えなかった。


 ヘルメットを被り、キーを差し込むとスターターを押す。


 簡単にエンジンがかかった。


 車庫の外に出し、シートに跨るとマリアに合図する。


 マリアも後席に跨った。


 マリアが静香の腰に手をまわす。


「行くわよ」静香は右ハンドルのアクセルを回す。


 二人を乗せたMT-03ブルーは構内を走る。


 二人が走りすぎると黄色い声が上がった。


 静香は地下鉄駅近くのショッピングモールまで走るつもりだった。


 構内を出るとスピードを上げた、道路の脇は森だった。


 片側一車線の道を南に向かう。


 対向車も殆んど無い。


 マリアが静香を強く抱きしめる。


「先輩」風が体温を奪う。


 静香は風も気にならない程、身体が火照るのを感じた。


 地下鉄の終着駅を過ぎて――高架駅だったが――近くの商業施設にバイクを停める。


 バイクのキーを抜くとスタンドを立てた。


 盗難防止のロックをかけた。


 建物に入る。


「いけない関係ですよね――私達」ショッピングモールを歩きながらマリアが溜め息をつくように言った。


「教会の教えではそうだけど――町の人が「嬲る」って言ったから同性愛って理解にも問題があると思うけど」静香は髪をかき上げた。


「教皇様がそう仰ったからって正しいと決まった訳じゃないわ――昔は金曜日に肉を食べたら罪ってなってたのよ。今の教皇様だって同性婚は認めないけど同性愛には同情的よ」


「それにマリアのお母様は正教徒じゃない」


「ロシア正教でも同性愛は御法度です」


「そう――上手くはいかないわね。神様は私達は祝福されないのかしら」


「神様が祝福しなくても私は構わないです――先輩の愛が有れば」


「そういう事を臆面も無く言えるのはどうなの」静香は少し呆れた。


 マリアは微笑んだ。


 喫茶店でデザートと紅茶を楽しみ、それから服やアクセサリーなどを冷やかした後、二人はもう少し遠出する事にした。


 学生の小遣いで買えるものは少ない。


 少し離れた公園に行ってくつろいで帰るつもりだった。


 *   *   *


「静香、それにマリアちゃん?」広い公園で芝生の上に寝転がっていると上から声が降ってきた。


 二人には聞き覚えのある声だ。


 逆さになった視界に背の低い痩せ気味の男性の姿が有った。


「お父様――どうしてここに」


 声を掛けてきたのは静香の父親――澄川竜也すみかわたつやだった。


 今は澄川女学院の高等部と大学で歴史を教えている。


「論文に行き詰って、ちょっと気分転換にね」


 今年で46になるとは思えない若く整った外見の持ち主だった。


 背は静香よりも3~4センチも低かった。


 静香に助けられてからマリアは自分の父親、七瀬龍也ななせたつやと澄川竜也が大学以来の親友だった事を知ったのだ。


 大学時代にアルバイトで貯めた金でロシアの戦闘機搭乗ツアーに行って、ミグだかスホーイだかに乗ってきたのが二人の最高の思い出だ――そう言っていた。


 バイク仲間で同じゼミに所属していた事等、両親の思い出が殆んど無いマリアには竜也の話は新鮮で興味深かった。


「マリアちゃんには迷惑をかけたね、もっと早く気付いてあげられれば」竜也は申し訳なさそうに言う。


「いいんです、おじ様も忙しかったんでしょうし、今は何とかやってますから。先輩もいますし」


「静香をよろしく頼むよ、マリアちゃん――こう見えて静香には意外と脆い所があるから」


「お父様――」静香が怒る。


「それじゃ父さんは先に――晩御飯の準備に入れないと母さんから大目玉を食らいかねないからね」竜也は二人にウィンクした。


 澄川家では家事も男女平等に――がモットーだった。


 家事手伝いのメイドもいるが、出来る事は自分でやらないといけない。


 竜也は中型のバイクに乗ってマリアと静香に手を振ると走り出そうとする。


 父親にもう二度と会えないのではないか――静香はふとそんな気持ちに襲われた。


「お父様」マリアとの事が頭によぎった静香は唐突に叫んだ「神様は全ての人を赦して下さると思う?」


「思うよ」そんな思いを知ってか知らずか、ヘルメットを被った竜也が返事をする。


「神様が赦さないものは無いとお父さんは思う」


「じゃあ、寮の門限までには帰るんだよ」竜也のバイクは走り出した。


 マリアと静香は竜也が見えなくなるまで手を振った。


 *   *   *


 静香達は門限ギリギリまで外出していた。


 左手に自衛隊駐屯地と地下鉄の車両工場を見る、行きとは違う道――地元では五輪通りと呼ばれていた――を静香は飛ばし気味にバイクを走らせて女学院に戻った。


 制服に着替えた二人はバイクを静香の家に置いて学生寮に帰る。


 マリアは流行歌を口ずさみながら静香に身体を預けた。


 澄んだソプラノでマリアは歌う。


 綺麗な声――静香は素直にそう思う。


 女学院の聖歌隊から勧誘されてる事も静香は知っていた。


 マリアは故意に静香の手の甲に自分の手の甲を触れ合わせる。


 しばらくそんな状態が続く――静香は意を決した様にマリアの手に自分の手を絡めてきた。


「いや?」静香がおずおずと聞いてくる


 答える代わりにマリアも指を絡め返す。


“先輩は可愛いですね"思わず口をついて出そうになる言葉は何とか抑えた。


“このまま時間が止まってしまえば良いのに"マリアは祈る様な気持ちで思った。


 二人は手を繋いだまま歩き続けた――寮までもう少し、マリアがそう思った時異変は訪れた。


“やっと見つけた"女の子の声が二人の脳裏に響いた。


 突然、強烈な血の様な赤い光が地面に輝いた。


 周りの視界が暗転する。


 二人は急に地面に飲み込まれた。


 真っ暗な空間を落ちていく。


 気流が二人を翻弄した。


 必死に手を離すまいとしたが、無理だった。


 強烈な風圧にもぎ取られるように静香の手が外れた。


「静香先輩!」果てしない落下の中で、半狂乱になりながらマリアは叫ぶ。


「どうしてこんな事が」それが最後の意識だった。


 ――どす赤い闇に二人は沈んだ。

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