建国皇帝対傭兵

 シェイラはマリア達に念話テレパシーを送る。


“アトゥームの試合で不正が――?”静香が尋ね返す。


“グラドノルグの霊がそう言ってるわ。証拠を掴んで欲しいって”


“やってみます。シェイラちゃんも気を付けて”


“お母様達には私から伝えるわ”シェイラが言う。


 キリルとキリカは闘技場で闘う為の戦闘魔法を覚える事に注力していた為に証拠集めは難しかった。


 イカサマを防止する為、闘技場コロシアムの外から魔法を掛けられない様に結界が張られている。


 それを突破するには一点突破的に魔力を集中するか、複雑な術式を組んで結界をすり抜ける必要が有った。


 マリアはラウルの術式の組み方を参考に、結界をすり抜けるやり方で魔法術式を組む。


 キリルとキリカはマリアに魔力を「貸し与える」態勢を取った。


 充分な魔力と魔法適性の高いマリアの魔法で何とか結界をすり抜けた。


 その時、闘技場コロシアムからホークウィンドとアリーナがナグサジュと共に退出する。


 闘技場を喚声が包んだ。


 いよいよ最後の試合だ。


「国を興した者、ズィドガーと国を滅ぼす者、“死神の騎士”アトゥームの世紀の対決――」アトゥームとルドルフ=フォン=ズィドガーの入場はセンセーショナルな実況が入った。


 アトゥームは死神の騎士の装備、ズィドガーは身の丈190センチを遥かに超え、体重はアトゥームの倍近く有りそうだった。


 全身筋肉の塊の様な肉体だ。


 両手持ちの戦鎚ウォーハンマー鎖帷子チェインメイル、共に魔法の品だ。


 マリアはアトゥームに念話テレパシーを送ろうとして身体に違和感を覚えた。


 全身の動きが重い。


 感覚移入だ。


 アトゥームの身体は普通の状態とはまるで言えない。


「先輩――アトゥームさん、毒を――!」マリアが緊迫した声を出す。


 アトゥームと念話で話すことは出来なかった。


「アトゥームが毒を盛られている証拠を掴んで!」静香が冷静に言う。


 マリアは必死に映像と音を記録する魔法と共に毒が体内に有る事を可視化して水晶球に録画する。


“シェイラちゃん!”


“分かってる!ぎりぎり届く距離だから解毒の魔法を掛けてるんだけど、効かない――多分魔法毒よ!”


 シェイラの魔法は距離がありすぎたせいもあって効果を発揮しなかった。


 アトゥームとズィドガーは3メートル程離れた試合開始位置に立った。


 試合開始を告げるラッパが鳴る。


 すぐには二人は動かなかった。


 アトゥームが大上段に両手剣ツヴァイハンダーを構えるのをマリア達は見た。


「普段のアトゥームの闘い方じゃない――一撃にかける構えよ――練習した戦い方とまるで違う」静香が呻く様に言う。


 アトゥームは牽制や小技で相手を崩してから止めの一撃を決める戦法を使う事が多い戦士だった。


 抜きざまの一撃で相手を倒す事も有るが、相手を翻弄して戦う事が基本だ。


 一撃にかけるのは身体の不調に気付いているからだろう。


 ズィドガーも戦鎚ウォーハンマー、頭蓋砕き“シェーデルクルーシャ”を大上段に構える。


 ズィドガーの声「国を滅ぼす、とは壮語を吐かれたな、混血児」


 冷たい無表情でアトゥームは無言だった。

  

 ズィドガーは踏み込みながら戦鎚ウォーハンマーを一気に振り下ろした。


 半歩引きながらのアトゥームの両手剣ツヴァイハンダーは一瞬遅れた。


 金属と金属のぶつかるすさまじい音が響いた。


 怒りの雄叫びを上げたのはズィドガーだった。


 戦鎚ウォーハンマーはアトゥームの左胸に当たった――殆んど同時に両手剣ツヴァイハンダーがズィドガーの右腕を切断する。


 剣を振る速度が戦鎚ウォーハンマーより速いことに賭けたのだ。

 

 ズィドガーは咆哮を上げながら左腕一本でアトゥームに襲い掛かる――常人なら先の一撃で平衡を失って転倒している筈だ――戦鎚ウォーハンマーが当たる――その瞬間アトゥームが滑るような動きで打撃を躱す。


剣舞ソードダンス!」静香が驚いた様に声を出した。


 エルフの戦技だ。


 二撃――三撃――四撃――五撃――六撃――ここまでがズィドガーの限界だった。


 右腕の有った所から噴水の様に血を噴き出しながらズィドガーは倒れた。


 同時にアトゥームもがくりと右ひざをついた。


“証拠は押さえた、アトゥームの所へ跳べ!”魔導帝アビゲイルと副帝ゾラスの念話テレパシーが聞こえた。


 半ば呆然と試合を観ていたマリアが慌てて呪文を唱えだす。


 痛覚移入でアトゥームは鎖骨だけでなく肋骨も数本折っている事が分かった。


 下手に動けば肺や心臓に折れた骨が刺さりかねない。


 アトゥームの呼吸は荒かった。


 マリアと静香、キリル、キリカ、ラウルが転移の呪文でアトゥームの所へ跳んだ。


 観客が一気に騒然とする。


 決着はアトゥーム勝利で覆らないが、試合直後に乱入者が出るなど初めての事だった。


“静まれ!”アビゲイルが観客に念話テレパシーで宣言した。


“アトゥームとズィドガーの試合、ズィドガーの方に不正が有った”


 観客からは疑問と戸惑いの声が上がった。


 勝った側が不正を働いたならともかく、負けた方が不正を働くものだろうか?


 全てではないがそんな空気が場を覆った。


 しかし次のアビゲイルの行動で場の空気は一変した。


 アトゥームの体内に毒が有る事を示す魔法映像が闘技場コロシアムの上に現れたのだ。


 魔法を使える者の大多数が感覚移入でアトゥームが毒を盛られている事を確かめる。


 体内で毒を発生させる魔素が転送されていたのだ。


 結界は緩められていた。


 マリアがアトゥームに怪我を癒す魔法を掛ける。


 一回だけでは足りず、重ねて掛けた。


 骨が接合し、潰れた筋肉が再生する。


 普段のマリアなら一回で完治させる事が出来る魔法も覚えていたのだが、結界を超えて跳んだ時に、かなりの魔力を消耗しそれしか掛けられなかったのだ。


 三度目で完治した。


 マリアは冷汗をかいていたことを魔法が終わってから自覚した。


 魔法が使える者はその毒を誰が盛ったか――偽装されてはいたが、それを知ることが出来た。


 マリアは解毒の魔法を唱えた。


 体内から毒の反応が消える。


 感覚移入を通じてアトゥームの身体が軽くなった事が分かった。


「すまない――腕を上げたな、マリア」アトゥームが感謝の言葉を掛けた。


 魔法映像が切り替わった。


 マリア達が裁判に掛けられていた時の映像だった。


 その他にもグランサール皇国現戦皇エレオナアルと龍の王国ヴェンタドールの勇者の末裔ショウ=セトル=ライアンと謀議を巡らせている秩序機構オーダーオーガナイゼーションの魔導士達、ラウル殺害の方法を議論する魔導士等々、秩序機構オーダーオーガナイゼーションの企みが白日の下に晒される。


 最初の内こそ疑いの声が上がったが積みあがる証拠に徐々に小さくなっていく。


“これら全てが秩序機構オーダーオーガナイゼーションの仕業だ――”ゾラスの言葉に観客がどよめく。


 秩序機構オーダーオーガナイゼーションが過去に何をしたか知らない者は居なかった。


 魔法至上主義を掲げ、他国人や奴隷を使った人体実験、ダークエルフとの組織的取引、魔導君主国で違法とされる神々との接触、フェングラース君主国の実権を掌握する為の陰謀、殺人、テロの数々、魔導兵器“サリシャガンの虎”によるフェングラースの地方都市の破壊消滅。


 フェングラースのみならず他国にも信奉、追随者が多数居る、正に国際謀略組織の名に相応しい非道の集団だった。


 グランサール皇国等遠い国の事だと考えていたフェングラース人も秩序機構オーダーオーガナイゼーションが絡んでいるとなれば話は別だった。


 ここまであからさまな証拠が出れば、秩序機構オーダーオーガナイゼーションを内心応援している者も首を引っ込めざるを得ない。


 グランサール皇国がエルフを迫害している事も悪材料だった。


 興奮した観客が秩序機構オーダーオーガナイゼーション壊滅、グランサール皇国打倒の声を上げ始める。


 声はどんどん高まっていった。


 声が最高潮になった所で魔導帝アビゲイルが宣言する“聞け、我が同胞よ!”


“我が魔導専制君主国フェングラースは秩序機構オーダーオーガナイゼーション一派の壊滅とグランサール皇国への宣戦を布告する!”


 一気に闘技場コロシアムが白熱した。


“こんなもので良いかの。ラウル司教”静香達にだけ聞こえる念話テレパシーでアビゲイルが言う。


“感謝します、魔導帝アビゲイル陛下”ラウルが答えた。


「ラウル、まさか貴方これを狙って――」静香が呆然とした声で言う。


「こういう方法はあまり使いたくは無いんだけどね」ラウルは息をついた「諸刃の剣だから」


「でも、グランサール皇国をまた一歩追い詰めたね。流石ラウル君」いつの間にかホークウィンドとアリーナが傍に来ていた。


「大丈夫?アトゥーム君」


「ああ」


 ホークウィンドが差し伸ばした手を握ってアトゥームが立ち上がる。


「マリア達がいなければ危なかった」


「いえ、私なんか――」言いかけたマリアをホークウィンドが止める。


「マリアちゃん、自分を卑下するのはダメだよ――もっと自信を持って――ボクのお嫁さんは凄い人なんだから」


 当座の危機は乗り越えた。


 後はフェングラースに残る秩序機構オーダーオーガナイゼーションの始末だけだった。

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