ホークウィンドとアリーナの闘い

 ホークウィンドとアリーナ、そして対戦相手、闘技場コロシアムのチャンピオン、ナグサジュは魔導帝アビゲイルと副帝ゾラスに敬礼していた。


 観客の歓声、怒声、嬌声が大鐘の様に反響する。


 二対一の戦いだ。


 ナグサジュは背の高い筋肉質の均整の取れた体格、赤褐色の肌に長い銀髪を後ろに撫でつけた偉丈夫だった。


 ホークウィンドとアリーナはホークウィンドが前衛、アリーナが後衛だった。


 間隔は5メートル程、ホークウィンドとナグサジュの間が3メートル弱。


 試合開始のラッパが吹き鳴らされた。


 殆んど同時にアリーナは爆炎の呪文を唱えた。


 白い鎧のナグサジュを炎が包む。


 ホークウィンドは突進する。


 いきなり爆炎が掻き消えた――ナグサジュの防御結界に消されたのだ。


 先手を取った――警戒は欠かさず、すかさずホークウィンドは手刀を突き出した。

 その手刀をうねる様な体捌きでナグサジュはすり抜けた。


 ――しまった――!


 ホークウィンドは足を踏みかえると自分の横を通り抜けようとするナグサジュを止めようとした。


 ナグサジュの狙いはアリーナだ。


 それに気づいたホークウィンドは背中で体当たりをかける。


 しかし、ナグサジュはそれも躱す。


「アリーナちゃん、避けて!」


 アリーナは腰の細身剣レイピアを抜いて構え――ようとした。


 アリーナにはナグサジュが消えたように見えた――縮地と呼ばれる歩法だ――

 気配を察した時には遅かった。


 細身剣レイピアが弾き飛ばされる。


 横に跳ぼうとしたアリーナの腹部に重い衝撃がきた。


 ナグサジュの右拳が鳩尾に決まっていた。


 アリーナは呼吸が出来なかった。


 意識は失っていなかったが、息が吸い込めない。


 膝からくずおれる。


 突然、目の前が真っ暗になった。


 首筋に肘を落とされたのだ。


 アリーナは昏倒した。


 ナグサジュはホークウィンドを指差すと言った「ホークウィンド卿、貴女の噂は聞いている。西風の主、マスターウェストウィンド。あらゆる攻撃が通じないそうだな」


 ナグサジュは不敵な笑みを浮かべて言う。


「一度戦ってみたかった」


 言葉が終わらぬうちにナグサジュは突進する。


 またも縮地だ。


 確実に右拳が決まる――そうナグサジュが思った時、ホークウィンドの姿がかき消えた。


「縮地が使えるのはキミだけじゃないよ、チャンピオン」


 ナグサジュの左から声がした。


 声のした方に裏拳を放つ。


 しかし拳は空を切った。


 同時に脚に衝撃が走った。


 ホークウィンドがしゃがみながら足払いを掛けてきたのだ。


 ナグサジュは倒れこみそうになりながらも、視界の隅にホークウィンドの姿を捉えた。


 ナグサジュは身体が倒れるに任せ着地と同時に転がってホークウィンドと距離を取った。


 立ち上がりホークウィンドと相対する。


「反撃しなかったのは賢明だね」


 体勢を崩しながらの半端な一撃が有れば、自分はそこで敗北していた――そう知ってナグサジュは恐怖と歓喜に震えた。


 これ程の強敵に出会えるとは――久しぶりに味わう戦いの恐怖だった。


「神に感謝だ。ホークウィンド卿、貴女は過去に戦ったいかなる者よりも――」


 ホークウィンドはじりじりと間合いを詰める。


 ナグサジュも応じて間合いを詰めていった。


 ナグサジュよりも一瞬早くホークウィンドが仕掛けた。


 呼応する様にナグサジュは右拳を突き出す。


 ホークウィンドは左半身を前に、身体を回転させつつ右掌で拳を受け止め左の腕をナグサジュの伸ばした右腕にぶつける。


 鎧の魔力が無ければ腕が折れるほどの攻撃だった。


 ホークウィンドはそのまま左肘をナグサジュの鳩尾に打ち込んだ。


 通常ならこれで終わりだが、ホークウィンドは更に身体を右回転させナグサジュの関節を極めながら一本背負いで投げる。


 想像通りだった。


 ナグサジュへの肘は止めになっていなかった。


 投げられながらナグサジュは身体を回転させて関節技を外した。


 掴まれた右拳も捻って外す。


 倒れたナグサジュの腹部を狙ってホークウィンドは両手で掌打を放った。


 掌打がもろに入る。


 ナグサジュが咳き込む様に息を吐き出した。


 痛みを堪えながら左の拳を牽制気味にホークウィンドに放つ。


 ホークウィンドは掌でその突きを弾いた。


 その時ナグサジュは身体に力が入らなくなったのに気付いた。


 ――何だ――?


 魔法を掛けられた事に気づくまで数瞬かかった。


 アリーナだ。


 数時間は回復しない一撃を打ち込んだ筈だったが、アリーナの回復力を侮っていた――ナグサジュは己の判断の甘さを呪った。


 ホークウィンドが喉元に貫手を突き付けた。


 ナグサジュの負けだった。


 観客の中にはアリーナの魔法に抗議の声を上げる者も居たが、結果を覆すには至らなかった。


 この試合をマリア達は闘技場コロシアムの一角から観ていた。


 不正が行われた様子は無い。


 黄金龍ゴールドドラゴンの娘シェイラは副帝ゾラス達と一緒の席で試合を観戦していた。


 ホークウィンドの勝ちに顔を綻ばせて喜ぶ。

 

“流石お母さま――”思わず念話テレパシーでホークウィンドに祝いの言葉を送った。


 その時シェイラに念話テレパシーで語り掛ける声が有った。


“シェイラ”


 同じ龍族の言葉だった。


“誰?”


“わらわは――”


“お母さま達から聞いてるわ”シェイラは言葉を遮った。


“始原の赤龍グラドノルグでしょ――幽霊が何の用なの”


“そなたは気づいておらぬ様だな――次の試合、不正が行われる”


“何ですって――”


“不正に使われる魔法を見破って欲しいのだ”


“映像を記録する魔法と同時に使って不正の証拠を取り押さえてくれ”


 シェイラの目の前に闘技場コロシアムの一角を指す赤毛の女性――グラドノルグが人化した姿だ――浮かぶ。


“七瀬マリアと澄川静香があそこに居る。マリア達も不正を見張っている。出来るだけ多く証拠を残しておきたい”


“頼まれてくれるか”


“それは良いけど――どうして裁判の時に助けてくれなかったの”


“グランサール皇国と秩序機構オーダーオーガナイゼーションが手を結んでいる確証を掴みたかったからだ”グラドノルグはあくまで冷徹に言った。


“恋敵を助けるの?――あまり気が進まないわ”シェイラは言ったが内心はそうでない事は口調から分かった。


“ラウルは生きてるんでしょ、彼にも証拠集めを頼んだ方が――”


“ラウルが4日死んでいた事を忘れてもらっては困るの。復活したばかりでまだ魔法は使えぬ”


秩序機構オーダーオーガナイゼーションとグランサール皇国にとって致命的な証拠は掴めるの?”シェイラは話題を変えた。


“フェングラースの秩序機構オーダーオーガナイゼーションの大多数を逮捕できる位にはな。皇国にとっても大きな打撃になる”


“分かったわ”


 闘技場コロシアムの方から勝者を宣言する声がした。


 シェイラは魔法を唱える――。

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