茶番裁判

 静香達は夕食前に部屋に集まって、今後の事を話し合う。


 女官達を表に出すべきだと静香とマリアは考えたのだが、どの道筒抜けだろうとアトゥーム達に指摘され、女官達も何が有ろうと担当した者から離れるな、さもなくば厳罰を下すと命令されていると知りそれは諦めた。


「食事に毒を盛られたら――?」

「ゾラスは敵なの――?」

「私達を逮捕しろと命令したのは――?」

「ラウルだけ何故残されたの――?」

「裁判は結論ありきなんじゃ――?」


「一度に一つずつだ。裁判まで一週間、まだ時間は有る」アトゥームは冷静に言った。


「グラドノルグ殺害の嫌疑をかけられているのは俺だ。お前達は君主国の財産を盗んだというだけ――一番量刑が重くなるのは俺だろう」


「食事に毒を盛るのは考えにくい――拘置中に容疑者を死亡させるような事が有ればフェングラースの威信に関わる――念の為、魔法で調べた方が良いだろうが」


「仰せなら、我々が毒見役を承ります」女官の一人が言った。


「大丈夫です。私達で何とか出来ます」マリアが慌てて言う。


「ゾラスの謁見の感じでは嘘はついてないと思うけど、何か含む所が有るのは確かだね」ホークウィンドが言った「ラウル君を残したのも何かさせようと思ってだろうけど」


「マリアちゃんの魔法でも心を読むことは出来なかったんだよね?」ホークウィンドは続けた――マリアは謁見の際、静香の陰から読心の魔法を使ったのだが、ゾラスの心も戦方士バトリザード達の心も読むことが出来なかったのだ。


「私達を逮捕しろと言ったのは恐らくフェングラースでも相当の権力を握っている者でしょうね。フェングラースの中枢に食い込んでいるのかも」静香が指摘する「グランサール皇国と手を結んだ勢力がいるのは間違いなさそう――問題は裁判官がその勢力の手先かどうか、という事ね」


「今の所、裁判が開かれてみないと分からないわね」とアリーナ「裁判官がグランサール皇国に通じていてもこちらに理がある事を証明できれば理不尽な判決は下しにくいはず」


「アトゥームさんが赤龍グラドノルグを殺したのは彼女の願いだった事と、私達が魔法の品を持ち出したのはアリオーシュと戦う為だという事を説明するしか無いですね」マリアがまとめる。


 シェイラは不服そうだった「向こうが一方的に逮捕してきたのよ、裁判だってこちらに不利な判決になるに決まってるわ。マギスパイトは地下の魔力を吸い上げて都市機能を保ってる、それを壊してしまえばサリシャガンの虎も戦争する余力も無くなる。フェングラースの国家機能は実質マギスパイトに殆んど全てが集中している。マギスパイトさえ無力化してしまえば何もできないわ」


「それは最後の手段だ」アトゥームは言った「マギスパイトを無力化しても俺達が離れれば直ぐに復旧される可能性も有る」


「それはそうだけど」シェイラは承服しかねるという口調だった。


「ラウル君がいてくれれば魔法でもう少し状況が把握できたろうけど、確かにマギスパイトの都市機能を破壊するのは不確定要素が大きいね」とホークウィンド。


 6人の会話を中断したのは女官だった。


「夕食の準備が出来ました。それぞれのお部屋ではなくこちらの部屋で揃ってお食べになりますか?」口調には冷静さと優しさが有った。


 静香達は毒気を抜かれた。


「揃って食べましょうか。食べた後も話す事は有るだろうし」静香がようやく口を開く。


 運ばれてきた夕食に一番驚いたのは静香とマリアだった。


「これ、和食じゃない――」


「ワショク?」アリーナとホークウィンドが不思議そうに言う。


「この見慣れない料理が?」


 白米に味噌汁、焼鮭、ほうれん草の煮浸し、肉じゃがといった料理が並んだ。


 調味料として醤油まで付いてきた。


「危険がないか調べます――」マリアも驚きを引きずったまま呪文を唱える。


 毒や他の危険なものは入っていなかった。


 魔法がかけられた様子も無い。


 マリアが置かれた箸を取って白米を口に運んだ。


 味は全く日本の米と変わらなかった。


「先輩――」静香も箸を取って食事を口に運ぶ。


 久しぶりの故郷の味を二人は堪能した。


 静香とマリアは箸で食事できたが残りの4人はそうはいかなかった。


 ただシェイラだけは最初こそ戸惑っていたがマリア達の様子を見て器用に箸を使い始めた。


 ホークウィンド、アリーナ、アトゥームはそうはいかなかった。


「この細い棒二本でどうやって食事をとれば――」アトゥームはマリアや静香を見て真似しようとしたが、すぐに諦めた。「スプーンとナイフ、フォークを頼む」


「私達もお願い――」アリーナが続く。


「よくこれでご飯が食べれるね――それに美味しいけど変わった味――」ホークウィンドが驚きを隠さずに言う。


「これが静香君やマリアちゃんの故郷の食事なんだね」


 マリアと静香は自慢にも似たくすぐったいような優越感を覚えた。


 食事は申し分なく美味しかった。


「誰がこの食事を用意しろと言ったの?ゾラス?それとも別の人?」静香が女官達に尋ねる。


「副帝ゾラス殿下です。静香様」


「御礼の言葉を伝えてもらえる?」


 女官は頷いた。


 食事を楽しんだ後で静香達は議論を再開した。


「私達の故郷の料理を用意したって事は、ゾラスは味方なのかしら」


「一概にそうとは言い切れない。お前達の事を知っているという脅し、力の誇示かもしれないし、懐柔しようとしているのかもしれない」とアトゥーム。


「状況は前よりも分かり辛いものになっちゃいましたね」マリアが嘆息した。


「フェングラースは異世界のものを召喚する事も得手としているし、マリアちゃん達のいた世界を知っている魔導士がいるのか、もしかするとゾラス自身が知っている可能性も有るね」ホークウィンド。


「私達の武器も奪ってないし、ゾラス本人は私達を助けてくれそうだけど」アリーナが続ける。


「フェングラースの人達が混沌の女神アリオーシュについてどう考えているか、少し調べた方が良いと思うんです」マリアが指摘する。


「それなら彼女たちから聞いてみたら良いんじゃない?」と付き添いの女官達を見て静香が言った。


「貴女達や他のフェングラース人はアリオーシュについてどう思ってるの?」静香は手近に居た女官に尋ねる。


「混沌の女神ですか。我々は混沌であれ法であれ敵とならない神の行う事に介入しないのです。アリオーシュも知ってはいます。ですが混沌界最強の女神といえど容易く魔都マギスパイトを滅ぼせるとは思っていません」


「もしそうでなかったら?」アリーナは問うた。


「その時は全力で戦うまでです」


「アリオーシュからすれば貴方達フェングラース人は格好の獲物に見えるはずよ。現世に顕現すれば世界の全てを手中に収めようとするでしょうから」静香が言った。


 女官は僅かに肩をすくめて言った「混沌の女神と手を結ぶかそうでないかは上の方々が決める事です。私達は御命令に従うのみ。思考停止と言われればそうかも知れません。しかし私達には他の生き方は考えられないのです」声には諦めの色が有った。


 ゾラスも似たような雰囲気を漂わせていた。


 宿命論者の様な諦念はフェングラース人に特有のものかもしれない――静香とマリアはそう感じた。


「自分の生き方まで他人に決めさせるつもりなんですか?」マリアが食い下がった。


「魔導帝陛下とて副帝ゾラス殿下とていずれはお亡くなりになるのです。我々人間は生まれた時から死の奴隷ではないのですか?マリア様は自分は死なないとでも言いたいのですか?」


「それは――」マリアは言葉に詰まった。


「運命を努力で変えられるというのは傲慢です。人は数え切れない程の前世からの業に縛られている。私達には計り知れぬ事です。人間がどんなに足掻いても変えられない事が世には溢れている。自分の人生ですらそうなのに国や世界を変えようなどとどうして思えましょう」女官は微かに哀しげな口調で言った。


「そうだと言い切れる根拠は何なの?」静香が尋ねた。


「私達の人生が証拠です。生まれながらに魔力の有る無しで身分が決まり仕事も決まる。静香様達もマギスパイトに来ざるを得なかったでしょう」女官は続けた「運命の女神の手からは逃れられない。全ての事は決まっているのです」


「勿論、私達の考えが間違っているのかもしれません。世界は自由意志で変えられるものかもしれない。でも私達には到底そうは思えないのです」


 静香が反論しようとした時、別の女官が割り込んだ「――この会話はここまでにした方が――よろしいかと――」

 

「――そうね」静香は引き下がった。


 マリアと静香は同じ部屋で過ごす事にした。


 シェイラはホークウィンドと一緒だった。


 部屋に静香とマリアだけが残った後にマリア付きの女官が世話を焼いてくれた。


 全ては運命だと言った女官だった「私達に出来るのは日々を楽しむ事だけ」女官はそう言ってマリアの手を取ると溜め息を漏らした「美しい御手――」マリアは痺れる様な蠱惑的な声に辛うじて抵抗した「――離して――」何とか女官の手を振り払うと髪をくしけずられている静香の元へ駆け寄る。


 静香を担当する女官も静香への興味を隠そうとしなかった「綺麗な髪ですわね――それに黒い瞳も――」


「貴女みたいな美人に褒められるのは嬉しいけど」静香はマリアを抱きとめながら言った「私はマリア一人で十分なの」


 マリアは静香の胸元に顔をうずめた。


 二人が恋人同士の営みをしようとしても女官達は離れなかった。


 女官はマリア達から離れる事を許されていないと言った。


 最初の晩は諦めたが、これが最後になるかも知れないという思いが結局二人を結ばせた。


 裁判までの一週間、静香達は話し合ったが最初の晩に話した以上の結論は得られなかった。


 ラウルは帰ってこなかった。


 呼びかけの魔法にもラウルは応えなかった。


 幽閉されているのか、害されたのか、そうではないのか、それすら分からない。


 ゾラスも最初に謁見した時以来会おうとはしてくれなかった。


 食事は食べたいものを選べたので静香とマリアは一日一食は和食やマリアの母の作ったものと同じロシア料理を頼んだ。


 水道や風呂が個室に付き、トイレは水洗だった。

 

 魔法の光が夜闇を退けていた。


 一週間はあっという間に過ぎた。


 裁判はシェイラの予想した通りの茶番だった。


 弁護人すら付かなかった。


 6人の裁判は――シェイラは参考人という扱いだったが――まとめて行われた。


「アトゥーム=オレステス、そなたがグラドノルグを殺したのは事実か?」


「彼女がそれを望んだのよ。アトゥームには選択の余地は無かったわ」静香が強く遮った。


 しかし裁判官は言い放った「そなたらに発言する自由はない。これ以上余計な発言をするなら法廷侮辱罪を追加するぞ。質問に答えよ、アトゥーム」


「彼女を殺したのは事実だ」予想していたのか、アトゥームは平静に言った。


 一事が万事、こんな感じだった。


 財宝を持ち去ったのは事実か、フェングラースの許可は得たのか、等、静香達に不利になる事実の認否のみを聞くものだった。


 裁判は即日判決を言い渡された。


「傭兵アトゥーム=オレステス、そなたはフェングラース君主国守護龍グラドノルグ殺害の罪で有罪とする。慈悲の心で闘技場コロシアムで戦いに勝てば無罪とする、拒否するのであれば死刑だ」


 裁判官は冷酷に言った。


「澄川静香と七瀬真理愛、そなたらは召喚されたグランサール皇国の所有物とみなし皇国への強制送還を命じる。ホークウィンドとアリーナ=レーナイル、そなたらはフェングラース君主国の奴隷になる事。重要参考人である黄金龍ゴールドドラゴンシェイラ、そなたは無罪だ」


「そなたらが不服なら闘技場コロシアムで戦う事を選べる。勝てば罪一等を減じよう。負けて死んだ場合は復活の魔法をかけた上で先程の判決に従ってもらう」


「横暴も――」言いかけた静香をアトゥームが制した「勝てば罪を減じるという事に間違いは無いな?」


 裁判官はアトゥームの口調に苛立ちを隠さずに言った「そうだ」


「試合はいつだ?」


「4日後だ。それまで今までの様なもてなしは保とう」


「最後に聞きたい。俺達を訴えたのは誰だ?」


 裁判官の返答に静香とマリアは静かな、しかし血が逆流するような憤りを覚えた。


「グランサール皇国現戦皇エレオナアル陛下からの告発だ」


「告発者の中にはヴェンタドール王国の勇者ショウ様も名を連ねている。これだけの告発だ、只で済むわけが無かろう」裁判官は勝ち誇った様子で言った。


闘技場コロシアムで戦う事を希望するか?」


 裁判官の言葉に静香達は顔を見合わせてから、頷いた。


「受けて立つわ」静香が宣言する。


「試合相手は明日伝える。これにて閉廷する」


 こうして静香達は闘技場コロシアムで戦う事を決め、4日後の試合に備えることになったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る