大悪魔との死闘
静香は“神殺し”を抜きざまに
信じられないことに悪魔は刃を手で受け止めた。
マリアの唱えた炎の魔法は身体に当たる寸前でかき消えた。
「静香先輩!」すかさずマリアは“神殺し”に触れたものを蒸発させる光の魔力を上乗せする魔法を使う。
殆んど同時に静香は“神殺し”本来の光の魔力を刃に生じさせた。
魔力を重ねれば――しかし、マリアは見た――悪魔の手が同じ光を放ち、“神殺し”の光と反発するように火花を散らすのを。
刃は1センチも先に進まない。
攻撃が通じてないと悟った静香は“神殺し”を引きざまに悪魔の脚に攻撃しようとダッシュした。
巨体を支える脚にダメージを与えられれば――
「先輩!上です!」マリアが悲鳴に近い叫びを上げる。
静香は身体をひねって攻撃を躱そうとしたが、遅かった。
悪魔の太い腕が静香に襲い掛かる。
“神殺し”で受け止めようとしたが間に合わない。
静香は
静香はマリアの横まで飛ばされ、そこで踏みとどまる。
マリアが魔法の障壁を唱えるのが遅れていたら、致命打になりかねなかった。
静香の口から血がにじむ。
マリアは魔法の矢の呪文を魔力を重ね掛けして悪魔の眼を狙う。
貫通まで行かなくても目くらましに――
魔力を倍、倍々、倍々倍――その時悪魔の口からマリアの知っている呪文――凍気を吹き付ける高位魔法――を唱える声が聞こえた。
――いけない――
マリアは相手の呪文が終わるより早く魔法の矢を打ち出した。
魔法の矢は狙いたがわず悪魔の眼を襲った。
魔法の矢は惜しくも障壁を貫通しなかったが悪魔を怯ませることは出来た。
凍気の呪文が見当はずれの方に吹き付ける。
静香は魔法の鎧の力で傷口が塞がると同時に駆け出した。
「マリア、“神殺し”に魔法を――」
「――分かりました!」
静香はジュラールの形見の指輪を発動させ、さらに防御を高める。
マリアの唱えた呪文で“神殺し”の光がさらに増した。
気合と共に一番近いところにあった左腕に斬撃を加える。
今度こそ“神殺し”は障壁を貫通し、ワニの様な暑い皮膚を切り裂き、
――いける――
静香は左前腕に付いている
怒り狂った悪魔が無事な右腕を振り上げ、静香を叩き潰さんばかりの勢いで腕を振り下ろす。
静香は“神殺し”と
ずしんと言う響き。
静香の髪が波打つように震えた。
悪魔の目に驚愕――もし悪魔に驚愕という感情が有るのなら――の色が浮かんだ。
悪魔の右腕は静香に髪の毛一筋のダメージも与えずに止められていた。
静香の顔に笑みが零れる。
「マリア!今よ!」
「はい!先輩!」
マリアは魔力をできる限り上乗せした魔法の矢を二本、
魔法の矢は二本とも障壁を貫き、悪魔の目から青い血が噴き出す。
視界を失った悪魔は恐怖の叫びと共に狂ったように両腕を振り回した。
今度こそ――静香は悪魔の脚に一撃を加える。
脚にダメージを受けた
静香は冷静に狙いを定めると悪魔の目に“神殺し”を深々と突き刺した。
四肢がびくりと震え、嘘のように動かなくなる。
用心を欠かさず、静香は“神殺し”を引き抜く。
ぼっという音とともに悪魔の身体全体が青白い炎に包まれる。
夏の日差しの下に晒された氷が解けるように
マリアと静香は周りを見渡す。
玄室のあちこちに青白い炎が有った。
既に他の
「やった――のね」静香は今更のように信じられないと言った表情で呟く。
「静香先輩!」マリアが静香に抱きついた。
「マリア!」静香もマリアを抱きしめる。
二人は勝利を噛み締めながらひしと抱き合った。
シェイラは自分に向かってくる
左の手で相手を掴むと、体を入れてそのまま右の拳を繰り出す。
既にシェイラの拳でダメージを受けていた
悪魔の口から青い血と共にくぐもった恐怖の叫びが走る。
シェイラは更に一撃する。
悪魔の左の歯がまとめて砕け散る。
たまらず
追い打ちをかけようとしたシェイラをホークウィンドが止める。
「もういいよ、シェイラ。悪魔だろうとそこまで痛めつけなくてもいい」
「もう終わり?お母さま。私、相手に手加減はしたくないの」
火球が消える。
放っておけばシェイラは相手が肉塊になるまで殴り続けたことだろう。
知能は高くとも、子供ならではの残酷さと加減の知らなさにホークウィンドは軽い戦慄を覚えた。
退き際を知らない――その事がシェイラを連れて行かなかった最大の理由だった。
――戦闘能力が高くとも、自身と味方を危険に晒しかねない――
経験を積ませて教えるしかない、そう思って“狂王の試練場”に来ることを許したが、まだ先は長そうだった。
アリーナとラウルのペアは、アリーナが
悪魔の攻撃を舞うような動きで翻弄し、
ちょこまかと動き回る小うるさいネズミが――
魔法で動きを止めようにも、拳を当てようにも、ここぞの一撃がことごとく躱される。
攻撃に使う鉤爪の生えた右腕も左腕も数え切れない傷を受け、出血していた。
悪魔は視界からラウルが消えていることに気付いていなかった。
目の前のネズミが一瞬動きを止める。
今だ――
終わりだ――悪魔は満足の笑みを浮かべることは出来なかった。
背後の頭上からまるでギロチンのような光の刃が襲ったのだ。
右腕はアリーナのすぐ脇に力なく落ちた。
胴と首を切断された悪魔は噴水のように青い血を噴き出しながら、地響きの様な音と共に崩れ落ちた。
身体が青白い炎に包まれて消えていく。
ラウルは辺りを見回す。
ほぼ決着はついたようだ。
マリア達も援護は必要なさそうだった。
アリーナも見たところダメージを受けていない。
シェイラを除けば“狂王の試練場”に来た目的はほぼ達成したと判断していい――ラウルは知恵と戦いの女神ラエレナと全知全能の神に短く感謝の祈りを捧げた。
アトゥームは目の前の
悪魔は右手と左手を組んで、頭上からアトゥームを叩き潰そうと拳を振り下ろす。
アトゥームは
悪魔の拳に深々と
アトゥームはそれ以上の速さで悪魔の懐に飛び込むと相手の腹部に呼吸の溜めを入れた一撃を見舞う。
腹部も障壁を破られ悪魔の爬虫類めいた皮膚が切り裂かれる。
通常の斬撃なら魔剣相手でも十分な防御力を誇る鋼の様な皮膚と筋肉だが、アトゥームの斬撃の速さと
腹部から内臓がこぼれた。
せめてこいつを道連れに――
一人と一体を白い光が包み込む。
直後、炎と爆風が辺り一帯を覆いつくす。
黒焦げになった悪魔の視界は最期に信じられないものを捉えた。
道連れにするはずの人間がかすり傷すら負わずに悪魔を見つめているのを。
化物――それが
こうして、戦いは終わった。
* * *
トレボグラード城塞の雑踏。
街路を歩きながらラウルが分析した。「
「マリアさんと静香さんたちも
「グランサール皇国とガルム帝国の戦況は膠着状態って話だね」とホークウィンド「とりあえず、エセルナート女王陛下に報告しないと」
「迷宮に入る前にもお世話になったし」静香は
この鎧のおかげで
――勿論マリアの援護とジュラールの指輪も有ってのことだが。
「その後はどうするんだい?」その声に7人は冷水を浴びせられた思いがした。
短身痩躯の美少年の姿が有った。
「カーラム!?」
「おっと、ここでやりあう気は無いよ。それにこんな所で戦ったら一般の人もただじゃすまない。それでも良いなら話は別だけど」
「貴方、
「僕は日光は平気なんだ。少し感覚が鈍る程度」
「そうだったね。カーラム=エルデバイン。で、ボクたちに何の用?」ホークウィンドがシェイラを抑えながら言う。
シェイラはホークウィンドがいなかったら街中でもカーラムと一戦交えかねなかった。
「君たちは
「アリオーシュと戦うんだろう。事と次第によっては協力しても良い。もちろんこちらからも条件は出すけど」
「信用すると?」
「助けが要らないならそれでも良いさ。黙って見物させてもらうよ」
「アリオーシュとの決着がつくまでそちらに危害を加えないと
「代償は?」ラウルが訊く
「君たち7人の血を僕と他の
「命に係わるほどじゃない、一人当たりコップ一杯くらいでいい。直接君たちから血は吸わない。悪い条件じゃないと思うけどね」
「それとも
「まず、話し合いからだね」ラウルが言った「こちらも出来るだけ多くの味方が欲しいと言うのが本音だし」
「なら、まずそこらの酒場かどこかで条件を突き合わせようか」とカーラム
「酒が飲めないなら茶でもいい。金はこちらで出すよ」カーラムは笑った。
カーラムが7人を連れて行ったのはトレボグラード城塞でも1、2を争う高級店だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます