第4話

「じゃあ、説明してもらうぞ」


 時間は変わって夜。場所は変わって俺の家。ダイニングでテーブルを挟んで向かいに座る幼女に、俺はそう問い詰めた。


「むぐ……まあおぬし、んぐんぐ……そう急くで、むしゃむしゃ、ないわ……んぐ。まずは食事が先じゃ。腹が減っては戦はできぬ、と言うじゃろ」

「誰も戦なんかしねえよ」

「まあおぬしも先に食べたらどうじゃ。早くせんと冷めてしまうぞ?」

「まるで自分が作ったみたいに言いやがって……」


 テーブルにある料理はもちろん、俺が作ったものではない。ましてはこの幼女のお手製でもない。スーパーで適当に買った弁当に、惣菜。そして彼女が一心不乱に頬張っているのは、またしてもおにぎり。

 スーパーで選んでいる時、どうしてもこれがいいと言い張ったのでコイツの分はおにぎりにしてやった(その際不用意にも会話してしまったので店員から不審な目で見られていた)。


 もしかして、ただのおにぎり好きなのか?


「むう……」

「どうした?」

「やはりおぬしに作ってもらったものの方がうまかったのう……」


 そう言いつつも、次から次へとおにぎりを口の中へと放り込んでいく。その小さなお腹のどこにそんなにたくさんのおにぎりが入るのだろうか。どうやら神様は腹部にも神秘を秘めているらしい。


 俺のやつの方がうまい、ねえ……。コイツがお世辞を言うようには思えないし、少なくとも俺の作ったやつがスーパーのおにぎりを上回っているってことだろうか。

 ……でも昼の時も似たようなこと言っていたしなあ。

 俺は『はなむら』でのことを思い出す。さすがにクマちゃんの作るホットケーキより美味い代物だとは思えないんだが……。


 変わったやつだな。


「ふむ。それでも美味かったぞ。褒めて遣わそう」


 満腹じゃー、と顔をほくほくさせながらお腹をさする。


「よし、食ったな。じゃあ話してもらうぞ」

「ん? なにをじゃ?」

「とぼけるなよ。お前がなんで今も俺についてきてるのか、だよ」

 まさかコイツ飯食って忘れてんじゃないだろうな……。

「……」


 すると、幼女はその幼い顔に似合わない渋面を作り、そっぽを向いた。


「……別に、わしとておぬしに付きまといたくて付きまとっておるわけではないわ。離れられるなら昨夜のうちに、おぬしに願いを叶えたあとに社に戻っておるわ」

「は? じゃあなんで」

「今のわしでは、おぬしから離れることができんのじゃよ」

「……どういうことだよ」


 意味がわからない。人間よりも上の存在のはずの神様だぞ? 何故そんな不自由な状態に陥らないといけないのだ。


「こんな話をするのはおぬしが初めてじゃ。まあ、人間なぞと話をすること自体、おぬしが初めてなのじゃがの」


 彼女は俺が入れてやった麦茶を一口飲んで、


「まずは……そうじゃな。わしらの力の話をしようかの」

「力?」

「うむ。この力がわしが神である証であり、力がなければ何もできぬのじゃ」


 神としての証の力、か。


「それっていわゆる神通力みたいなやつか?」

「人間の間ではそんな風に呼ばれておるんじゃったかの。まあおぬしが想像しているよりもっと根源的なものじゃ」

「なるほどね。でも、それがお前が社に帰らないこととどう関係あるんだよ」


 早く戻った方がその力っていうのも貯まりやすいようにも思えるんだが。


「そ、それは……」

「? それは?」


 聞き返すと、幼女はもじもじしながら、


「わ、わしら神が社にいるためにも力は必要……となってくるの、じゃ。じゃから、その……」

「もしかして今のお前にあの神社にいるだけの力も残ってない、ってことか?」

「う、うむ……」


 眉を八の字にして、顔を落とし、幼女は続ける。


「わしらの力というのは、人間の祈りと願いによって保つことができるものなのじゃ」

「ああ……」


 その言葉を聞いて俺はあのさびれた神社を思い浮かべる。あれじゃあ力も蓄えるどころか保つのも大変だよな。


「で、その力とやらがなくなったらどうなるんだ?」


 神である証、とか言ってたし……もしかして人間になってしまうとか?


「消えてしまうのじゃ」

「え……?」

「証なき神は、神ではない。つまり、力を完全に失った神は消えてなくなるしかないのじゃ」

「消える……」

「まあ当然といえば当然じゃがな。人に忘れられた神など、おる価値もない」

「……」


 それは、人にとっても同じだろう。忘れられた人なんて、最初からいなかったのと同じだ。だから、忘れないことが大事なのだ。いなくなってしまった人を、本当に消し去らないためには。


「でも今まではなんとか社にいるだけの力はあったんだろ? それがどうして……って、ああ」


 そこまで言って、俺は気づいた。


「俺に願いを叶えるのに力を使ったから、こんなことになってるってわけか」


 でなけりゃ俺に付きまとってるなんてことにはならないはずだ。


「おぬしの言うとおりじゃ」

「じゃあなんで願いなんか叶えにきたんだよ」


 そんな状態でわざわざ無理することなかったんじゃないのか?


「わ、わしはうれしかったのじゃ。あのような見た目の社になってもおぬしらのように来てくれる人間がおることが」


 思い出す。初詣、枝穂と二人で神社を訪れたことを。

 俺はともかく枝穂なんかは真面目に参拝していたし、コイツとしてはありがたかったのだろう。うれしかったのだろう、自分に祈りをささげてくれる人間がいることを。


「じゃから、わしは叶えてやろうと思ったのじゃ。強く祈っておったおぬしの連れの……あの娘の願いを」


 幼女は顔を上げる。その際、結ばれた髪がぴょこっと跳ねた。


「あれだけ足繁く通うてくれた、わしへ祈り続けてくれた娘の願いをの。それが神であるわしの本分でもあるわけじゃし」

「で、願いを叶えにやってきたはいいが……」

「むぅ……」


 俺が言いかけると、再び顔を落とす。

 枝穂のところへ行くつもりが、間違えて俺のところに来て結果的にアイツの願いを俺に叶えてしまった。


「わ、わしが間違えず本人に願いを叶えておったら、叶えられた人の感謝の気持ちから、わしへの信仰心も増し、わしの力も少しは増える。そのつもりじゃったのじゃが……」

「現実は違ったってわけだな」

「~~~~っ」


 自棄やけになったのか、幼女はぐいっと麦茶を飲みほす。酒でも飲んでいるかのように「ぷはぁーっ!」と声を上げてから、


「そうじゃ。今のわしは、おぬしに存在を認めてもらってやっと己を保っていれる状態。おぬしから離れてしまえば時を待たずと消えてしまう」

「……だから離れたくても離れられないってわけね」


 昨晩からの理解の追い付かない出来事の数々にようやく理解と納得を得ることができた。まだ信じられない、という気持ちもないわけではないが。


 まさかこんな漫画のフィクションみたいなことが俺の身に起こる……なんてなあ。


「……ん」


 思考をいったん中止して前を向くと、幼女が湯飲みを俺に突き出していた。


「ああ、はいはい。おかわりね」


 差し出された湯飲みに、麦茶を注いでやる。


「む。すまぬな」

「いいってことよ。一応神様だしな」


 そう返して、俺はテーブルに広がった惣菜の空き皿たちを片付ける。発泡スチロールの皿なので、そのままゴミ箱へポイ、だ。

 これが自分で作った料理とかだったら、皿を洗って……なんていろんな家事が待ってるのだろうが。基本家に一人の俺にとって料理をしても仕方ない気がするし。


「父さんも帰ってこないしな……」


 今回の学会だが調査はいつまでかかるのだか。連絡もあまり寄越してこないし。


「あ、そうだ」


 ふと思い出し、俺は幼女に声をかける。


「なんじゃ?」

「お前の名前、まだ聞いてなかったよな。これからいつまでか、俺のそばをウロチョロするんだろ? だったら名前くらい知っといた方がいいかと思ってな」

「ウロチョロとはなんじゃ! わしをなんじゃと思っとる!」

「なにって……舌っ足らずでドジな幼女?」

「おぬしは本当にぶれいなやつじゃな……。わしに力があったら呪いのひとつでもかけてやるというのに……」

「その力がないから俺のところに居座るしかないんだろ?」

「ぐぬぬ……」


 ぎゅっ、と湯飲みを持つ手に力がこもって、ぷるぷる震えている。呼応するように中の麦茶もちゃぷちゃぷ音を立てて揺れる。なんでもいいがこぼすなよ。


「で、名前は?」


 若干それてしまった話題を戻して、再度訊ねる。


「しょうがないのー。そんなにわしの名が知りたいのかー? ならばもっと丁寧に頼まねばなあー」


 どうしても俺より優位に立ちたいのか、そんなことを言ってくる。


「はいはい。どうかお名前を教えてください神様」


 正直ちょっとイラッときたが、幼女相手にムキになってもどうしようもない。俺はこうべを垂れてお願いした。


「そこまで言うなら教えてやるしかないのー」


 俺が言うとおりにしたのが心地よかったのか、彼女は心底楽しそうに続ける。


「わしの名前は……そうじゃな、『ニニ』と呼ぶがよい!」

「ニニ……?」

「そうじゃ。わしは……そう呼ばれておったからの」


「そっか。じゃあよろしくな、ニニ」

「……」


 俺が普通に挨拶してきたのに驚いたのか、ニニは面食らったような表情になる。

 そしてにかっと笑顔を浮かべると、


「よろしくしてやろう! 人間!」

「あのな、俺の名前は森園もりぞの実だ。人間って呼ぶな」

「そうか実! では早速もう一杯茶を入れるがよい!」

「まだ飲むのかよ……」


 こうして。


 いつまで続くかわからない、神様幼女との生活が幕を開けた。

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