中編
木目調のフローリングと、やわらかな室内照明。
落ち着いた雰囲気の店内には、色とりどりの洋服が並べられている。どれも女物であり、俺一人では絶対に入らないようなお店だ。
クリーム色のブラウスを体に当てて、鏡の前で自分の姿を確認していた
「どうかしら。似合う?」
「うん。よく似合ってるよ。控えめな花柄が、ワンポイントのオシャレって感じで、透子さんの人柄にもピッタリ。それに、透子さんがよく着ているベージュのロングスカートとも、色的に合うんじゃないかな?」
「
試着室へと向かう透子さん。
さすがに男一人で、試着室の前でボーッと立っているのは気恥ずかしいので、俺はその場に留まった。
透子さんと二人で色々なお店を見て回るようになってから、自分自身の嗜好に気づいたのだが……。
雑貨屋で可愛い小物を見るのも好きだが、むしろ俺は、女性服の買い物に付き合う方をもっと楽しいと感じるらしい。
女の子が買うような服は、男物の衣服とは違って、美しかったり可愛かったり、何とも素敵に見えるのだから。
いや、もちろん男性の衣服にも、それ相応の魅力はあるのだろう。だが男に対して「かっこいい!」と感じる趣味は俺にはないので、そういう「かっこいい!」服を見ても「それが何?」としか思えない。
一方、女性服の場合。特に、それを買う女の子と一緒に見て回る場合。
もともと魅力的な女の子が、魅力的な洋服で着飾ることで、いっそう魅力的になる。その現場を、
ちょっとしたファッションショーとか、リアル着せ替え人形みたいなものであり、これこそ目の保養ではないか。これを眼福と言わずして、何を眼福と言おうか!
気づいてしまえば自明の理としか思えないのだが、こうした俺の感性は、あまり一般的ではないらしい。
「菅野くんって、変わってるわよね。普通、男の子って、女の子の買い物に付き合うのは嫌がるし、無理に付き合わせても、見るからに退屈そうで……。こっちが申し訳ない気持ちになるくらいなのに」
そう語る透子さんと一緒に、今日も俺は、女性服ばかりのショップや香水の専門店など、男一人では絶対に行かないようなお店を回るのだった。
理系なので、大学を卒業しても、大学院に進んで研究を続ける俺。
良い就職先がなかったとか言って、卒業しても、何となく京都市内に残った透子さん。
だから大学を卒業してサークルから離れても、かなりの間、俺たち二人の関係は続いたのだが……。
学生時代とは違って、透子さんは、
「親がお見合いの話をたくさん持ってくるの。困るわ。もう、うるさいくらい」
と、愚痴をこぼすようになった。
いいとこのお嬢様だから、色々と縁談も舞い込んでくるのだろう。
結婚紹介所とか婚活パーティーみたいなものが現代版の『お見合い』だと俺は思うのだが、もちろん透子さんの場合は、それとは違う。家族や親戚、商売相手などを介して行われる、昔ながらの正式なお見合いだ。
そういう話は、一度受けてしまったら、簡単には断れない。それは透子さんも承知しているとみえて、お見合いの席に着くこと自体を拒んでいるようだった。
「恋人さえいれば、無理にお見合いなんてしなくてもいいみたいだから……。『ずっと独身だったら、菅野くんにもらってもらうから大丈夫!』って言ったら、親が目を丸くしていたわ」
あっけらかんとした口調で言う透子さん。
確かに、以前に「二人とも独身だったら」という話をしたことはある。だが、あれは学生同士の冗談みたいなものであり、特に透子さんの方は、本気とは思えなかった。
「そういうのって……。俺に対して言うのはいいけど、親に言うのは
「あら! 私、真剣だけど? 菅野くんは嫌?」
「もちろん嫌じゃないさ。でもね……」
俺という存在を、そういう形で公言してくれたことに対して。
内心、妙に嬉しく感じながらも、口では諌める側に回るのだった。
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