妹弟子はネタ将

清水らくは

#間違えてスキージャンプ代表になってしまった棋士

1-1

「加島さん、話があるんだけど」

 突然のことだった。久々に連盟に来た帰り道。神社の横を通り過ぎようとしたとき、にゅっと人が現れたのだ。僕より背が高くて、髪も長い女性。

「中五条さん」

 中五条関奈なかごじょうせきな女流初段。僕と同年代のはずだけれど、プロになってからは数年がたっている。いつも物静かで、クールビューティーといった印象だ。

「忙しいかな?」

「いえ、特に用は」

「じゃあちょっと、駅まででいいから話を聞いてもらえないかな?」

「え、はい。いいですけど」

 偶然、ではない。明らかに僕のことを待っていたのだ。これはあれか、ついに僕にも春が来たのか。

「よかった。あのね、刃菜子ちゃんのことなんだけど」

 春は来てなかった。

「ああ、福田さんですか。どうしましたか?」

「心配なの。将棋は頑張ってる。でもなんか、別のことにも心奪われているみたいで」

「……なるほど」

 無茶苦茶思い当たる節がある。

「彼女は宝なの。かわいいし賢いし、強い。最高の妹弟子」

 中五条さんは、空を見上げてうっとりしていた。まるで、そこに福田さんが見えているかのように。

「確かに、いい子ですよね」

「加島さんは、昔からの知り合いなんですよね」

「まあ、そうですね」

「刃菜子ちゃん、とっても加島さんのこと気にしてる。絶対負けないって。女流棋士でも、プロ棋士でもなく、あなたのこと」

 少し胸が痛かった。僕はまだ三段。プロではない。

「いやあ、なんででしょうね」

「ねえ、知っているなら教えて。なんで刃菜子ちゃんは……『ネタ将』とかいうもの、頑張ってるの?」

「……えーと、ですねえ……」

 この尋問はきつい。どこまで答えるべきか。

 福田さんがネタ将になったのは、かなりの部分、僕が原因なのだ。

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