俺が死んでも

アール

俺が死んでも

とある月の綺麗な夜のこと。


自殺の名所として有名な樹海の中を、一人の男が歩いていた。


この時間帯に樹海にいるという事は、もちろん彼も自殺志願者の一人。


勤めていた会社の上司からクビを言い渡され、妻は子供を連れて出て行ってしまった。


もはや借金まみれのこの人生に希望はない。


もう死ぬしかないのだ。


そんな暗い気持ちを抱えながら、彼は自分の死に場所を求め歩いていた。


それにしても、随分歩いただろうか。


足や腰といった体の部位が疲労で痛んできた。


しかも夏の樹海は虫が多い。


蜂にでも刺されてたのだろうか、先程から首の辺りにズキズキとした痛みがあった。


(……もうそろそろこの辺りにしておくか)


そう決めた男は持参してきた首吊り用の縄を近くの大木にかける。


あとは自分の首をこの縄にかけて飛び降りるだけ。


男は最後に、人生で何か思い残した事でも無かったのだろうかと頭の中で少し考えた。


しかし、何も思い浮かんでは来なかった。


両親は既に他界しているし、妻や子供は俺の事などもう忘れているだろうな。


俺が死んで悲しむ人間はもうこの世にどこにもいない……。


そう男は思い残す事がないと悟ると、いよいよ首に縄をかける事した。


縄の冷たく、硬い感触が首に伝わってくる。


ああ、この縄が俺の命を終わらせてくれるのだな。


来世はもっといい人生を過ごすことができるだろうか。


そして男は首に縄をかけたまま、木の上から飛び降り、その人生を終わらせる……………………。


その筈だったのだが、ここで思いがけない事がおこった。


「おい地球人よ、聞こえるか……」


静かな樹海に突然聞こえた自分以外の声。


男は慌てて見回した。


自分は今、自殺をしようとしているのだ。


誰かに見られたとあってはマズイ。


しかし、いくら見回しても辺りに自分以外の人影は見当たらなかった。


という事は、先程聞こえた声は幻聴だったのだろうか……?


男がそう首を傾げていると、そのは再び聞こえてきた。


「おい、地球人よ。

聞こえていたら返事をしろ。おい……」


「……な、なんだ? 誰なんだ、一体?」


「おお、声が聞こえているんだな。

という事は実験成功だ。

フフ、周りを見回しても私の姿は見つけられんぞ。

何故なら私は、お前の頭の中にいるのだからな」


「頭の中だって……」


「私は地球にやってきた寄生型エイリアンだ。

首のあたりにチクリとした痛みがあっただろう?

お前に寄生したというわけなのだ。

人間の体に我が種族は適応できるかどうかのテストとして送り込まれたが、どうやら成功のようだな。

あと、数十分もすればお前の意識は完全に消え去り、私の乗っ取りが完了する。

乗っ取りが成功した後、私は母星にテレパシーを送り、たくさんの同胞たちを送り込むのだ。

フハハ、どうだ? 何か言い残す事はあるか……」


男は別に、驚きはしなかった。


今の今まで俺は死のうとしていたのだ。


今更エイリアンに寄生されたからといって、別に困ることもない。


「そうだったのか。

……しかし、タイミングが悪かったな。

今から俺は死ぬところだったんだ。

別にエイリアンに体を奪われて死ぬのはなんとも思わないが、死に方くらい自分で決めたい」


そう言って、男は目の前の木にかかった縄を指さした。


それで幾らか状況を飲み込むことができたのだろう。


エイリアンが慌てた様子でこう叫んだ。


「そ、そんな事をすれば、寄生している私も共に死んでしまうじゃないか!

バカバカ! おい、やめろ……」


しかし男は首を横に振った。


もう決めた事だ。


これはいわゆる人生のけじめ。


誰にも邪魔はされたくない……。


頭の中でエイリアンが喚き続ける中、男は首吊り自殺の準備を再開した。


まぁ、準備といっても、後は縄の輪の中に首を入れ、木の上から飛び降りるだけなのだが。


再び縄の冷たく、そして硬い感触を肌で感じながら再び彼は目を瞑った。


普通の人間ならば、ここで過去の思い出が走馬灯のように溢れてくるものなのだろうが、男にはそれが無かった。


ただ暗いまぶたの裏がそこにはあるだけ。


「……そうだ。そうだよ。

別に俺が死んでも悲しんでくれる人間なんて一人もいない。

俺を必要としてくれる人間だって誰も……」


そう呟き、再び男は全てを終わらせるべく、木の上から飛び降りる…………。


だが、ここで再び思いがけないことが起こった。


なんと、今度は正真正銘の人間の目撃者がいたのだ。


ふと、誰かに見られているような気配を感じた男は、近くの木の影に注目した。


(……やはり、誰かがそこに隠れている)


「そこにいるのは誰だ」


男はそう木の影にいる人影に問いかけた。


「うっ…………」


木の影から姿を現したのは、ビデオカメラを片手に持った若者であった。


それを見て男は思い出す。


そういえば聞いたことがあったな。


ここは自殺の名所として有名。


だからこそ、その現場を撮ってやろうとふざけた若者が時々やってくる、という話を。


これはマズイ事になったぞ、と彼は思う。


しかし、そんな彼の心配はただの杞憂であった。


目撃者である相手の若者は、そんな男を自殺をやめるように説得するわけでもなく、警察に通報するわけでも無かった。


ただ何か気まずい事になってしまった、とばかりに無言で会釈をすると、逃げるようにその場から走り去っていった。


そして残された男。


どこか寂しげに、ポツリとこんな事を呟いた。


「なんだ、自殺を止めてはくれないのか……」


彼の本当の気持ち。


それは、誰かに死ぬなといって欲しかったのだ。


お前が必要だと、言って欲しかったのだ。


確かにこれで地球は救われる。


だが青年はちょっぴり悲しい気持ちになった。


「やっぱり。

俺が死んでも悲しんでくれる人間や、必要としてくれる人間なんて誰もいなかったんだな……」


自分の目から溢れ出てくる涙を手で拭いながら、そんな事を男は考えていた。


そんな彼の頭の中に、エイリアンの言葉は響き続ける。


「お、おい! 考え直せ。

自殺なんて馬鹿なこと、今すぐに辞めるんだ!

頼むよ! お前の体が必要なんだ…………」


































































































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