28(最終話) 魔法とともに、受け継がれてきたものがあったようです(注・私と彼は、それを未来へ繋ぎます)

「……なるほどね。儀式の日、パルセは君にそんな話を。ふーん」

 アルフェイグは、ため息混じりに言った。私は身体を縮める。


 儀式の、二日後。事件直後のバタバタだけはかろうじて収まり、警備隊に指示を出し終わって――


 ――私、オーデン公爵ルナータ・ノストナは、旧オーデン王国王太子アルフェイグ・バルデン・オーデンから、尋問を受けている真っ最中だ。

 木々を透かす、緑の陽光。さらさらと、水の流れる音。

 あの、小さな滝のある渓流の岸辺である。


 アルフェイグは、座った私を、背後から緩く抱いていた。

 ここに来るなりこの体勢になって、

「さて、それじゃあパルセと何があったのか説明してもらおうかな」

 と、こうだ。


 私の話を聞いた彼は、言った。

「刷り込みという習性については、僕も知っていた」

 背中を包む体温、耳元で聞こえる低い声に落ち着かない私は、目を泳がせながらも会話する。

「じゃ、じゃあ、あるのね? 刷り込みって」

「そうだね。あるんじゃないかな」

 彼は当たり前のように言う。

「かな、って」

「今までの王族たちが皆、立会人を務めた相手と添い遂げたんだし。ないかもしれないけど、証明はできない。まあ、あるとしよう」

「ええと……?」


 膝の上にある私の手を、アルフェイグの手が包む。

「でもねルナータ、刷り込みが起こったところで、もうその人を伴侶として決めた後でもあるわけだ。そういう儀式だから。パルセは、その辺をうまく調整して、君に話したんだね」

「そういうもの、なのかしら。……あの、刷り込みはともかく、私、彼女の狙いに、ちっとも気づかなかったわ。百年経ったら城を探すというのも、つまり宝物狙いで」

 パルセの話をしようとした私の指に、彼の指が、絡まる。

「ルナータは、僕が単なる習性で、君を好きになったと思った?」

 サラリと話を戻された。

「え、ええ、思ったわ」

 何と恐ろしい尋問だろう。こんな風にされたら、ちっとも集中できない。あることないこと自白させられそうだ。

「だって、目覚めていきなり、キスで……婚約者じゃないとわかった後も、私に好意的なことばかり……結局、刷り込みのせいだった、ということでしょ」


「ん? おかしいなぁ」

 彼は、どこかわざとらしい口調だ。

「刷り込みがあるとして、僕はグリフォン・・・・・になって最初・・・・・・に見た人・・・・がその相手だと、理解してたけど」


「…………へ?」

 私は思わず、身体をひねった。

 金の瞳と、まともにぶつかる。


 彼は、微笑んだ。

「『止まり木の城』は儀式の場だけど、王族が休日を過ごす別荘でもある。ここで眠って目覚めて……なんて、僕だって他の王族だって何度も繰り返してきた。単に眠りから目覚めた後に刷り込みが起こるんじゃ、大変だよ。起こるとしたら、変身後だ」

 アルフェイグは、私の額に頬をすり寄せる。

「だから変身する時、ちゃんと見ていて、って言ったんだ。むしろ、僕から刷り込まれたいと思ったから」 


(う。なんだか……動物たちを愛でているときの私と、同じこと思ってるわ……)

 水鳥の雛になつかれたくて、狙って刷り込みに行ってもいい、などと考えたことを思い出す。

 彼はあの時、自分の意志で、私の目の前で変身した。


「立会人は、ルナータでなくてはだめだったんだ。君を、今よりもっと愛したい……そう思ったから」

「アルフェイグ……」

「どう? 変身前と変身後で、僕、何か変わったかな」


 ……正直、あまり、変わってないような気がする。

 だって、儀式の前から彼は、私を大好きだと言ってくれた。態度でも示してくれた。


「ルナータが、本当に好きなんだ。習性じゃない」

 彼の手が、髪を撫でる。

「でも確かに、最初は君を婚約者だと勘違いして、しかもアンドリューやマルティナに祝福してもらって気分が高揚して、君の了承を得ずにキスしてしまったから……。それでルナータが僕を信じられないというなら、僕は、受け入れるしかない」


「そんなことない!」

 私は必死で、言っていた。

(そのことは、もう謝ってもらったし、私は許すと言ったのよ。それに、アルフェイグは私への気持ちも、こうして言ってくれている。後は、私の問題)


「……ルナータ?」

 アルフェイグが頬を離し、私を真正面から見つめる。

 私はその視線を受け止めながら、つっかえつっかえ、言った。 

「私こそ……あの……嘘ばかりで……もう、信じてもらえないかも、しれないけど」

 顔が熱い。手が震える。

「ずっと……アルフェイグと一緒にいたいの」

 はっ、と、アルフェイグが息を呑んだ。

「ルナータ……本当に?」

 私は、うなずく。

「私、あなたを目覚めさせて、助けたようなつもりでいたけれど。本当は、逆だったんだと思う。グルダシアの貴族社会で憂鬱になっていた私を、あなたが現れて助けてくれた。私が女公爵に向いてないんじゃなくて、女公爵になった私が私らしく、やっていけばいいんだって、教えてくれた」

 一気に言って、息継ぎをする。

「私、あなたがそばにいると、勇気が持てる。これからも、オーデンを守っていける。一緒にいたいの。父が暮らしていた頃の公爵邸に、一緒に住んでくれる?」


 精一杯の、愛の告白だった。


「ルナータ」

 アルフェイグが、感激を込めてささやく。

「それ、求婚だよね?」

「えっ!? あっ、いやそのだって私はあなたの監視人のひとりで一緒に暮らした方が何かと」

「ルナータ、君のいいところを追加。可愛いところ、綺麗なところ、照れ屋なところも愛しくてたまらない」

 彼は私を、強く強く、抱きしめた。

「儀式が終わって、やっと言える。結婚しよう。お願いだ、うんと言って。僕には君しかいない」

「わ、私にも……あなたしか、いない」


 私のつたない返事に、アルフェイグは目を輝かせる。

 後は何もかも、キスの中に溶けて行った。



 そう、結婚する前に、驚くべき事実がひとつ判明した。

 魔導師カロフのお墓を作ろうと、アルフェイグと相談したときのことである。


 町にある石工の店に、様々な石碑の見本があるというので、私たちは一緒に見に行こうと話していた。

「石碑を設置したら、私でよければ鎮魂の言葉も捧げるわ」

「そういうのがあるんだ? 精霊語?」

「そう。精霊の世界にカロフの魂が受け入れられるように……というような言葉があるの。ええと、どこだったかしら」

 私は書棚から曾祖母の帳面ノートを取り出し、該当のページを探す。


 その時、バサバサッと羽音がして、開け放していた窓からアンドリューが入ってきた。ドシッ、と私の肩に乗る。

「わっ」

 うっかり、帳面を落としてしまった。


「おっと。……あれ?」

 拾ってくれたアルフェイグが、たまたま開いてしまった頁に目を止める。

「ルナータ、これ」


「何?」

 彼が見ていたのは、最後の頁だ。曾祖母の教師が書き込んだ、精霊魔法を使うときの心得についてのコメントである。

 アルフェイグは呆然とした様子で、つぶやいた。

「どうして、カロフのサインがここに?」


「はい? 何ですって?」

 私はあわてて、彼の手元をのぞき込んだ。

 コメントの最後に記された、崩した字体の、教師のサイン。

「これが? 大おばあさまの家庭教師のサインが、カロフのサインなの?」

 聞くと、アルフェイグは信じられないといった表情から、パッと笑顔になった。

「生きてた。カロフは、生き延びていたんだ!」


 カロフの行方について、私の母の実家に行って親戚から話を聞いたり、古い日記をひっくり返したところによると。

 百年前に、こんなことがあったらしい。

 私の曾祖母の父親は商人だったのだけれど、交易の帰りに森を通りかかった時、初老の女性がふらふらと歩いているところを発見した。

 彼女は、どこか高いところから落ちたらしく怪我をしていて、頭にも傷があり、朦朧としていた。商人はひとまず、彼女を馬車に乗せて連れ帰り、医者に診せた。

 結局、その女性は自分の名前は言えたものの、どこから来てあの森で何をしていたのか、そのあたりの記憶を失っていた。しかし、巧みに精霊魔法を操るので、商人の娘である曾祖母が興味を持ち、彼女から魔法を教わり始めたのだ。



「――じゃあ、私の魔法は、魔導師カロフから連綿と受け継がれてきたものだったのね」

 ひざまずいた私は、目の前の古いお墓を見つめる。

 カロフのお墓だ。彼女は七十歳で亡くなり、私の曾祖母とその家族によって、丁重に葬られていた。

 アルフェイグも、私の隣にひざまずいている。

「その魔法が、僕を守った。百年かかったけど、僕を救ったんだ」


 ダージャ家に拒絶された後、おそらくキストルの手の者に見つかって追われたカロフ。怪我で記憶を失っても、きっと心の奥底で覚えていたのだろう。城に残した、眠れる王太子のことを。


(こんな巡り合わせって、あるのね。私は、カロフの願いを受け取ったんだ)

 思いながら、私はアルフェイグに言う。

「ね、カロフに見せてあげなくちゃ。変身したあなたの、立派な姿。無事に成人の儀式を終えたんだもの」

 すると、アルフェイグは苦虫を噛み潰したような顔をした。

「君が見たいだけじゃないの?」

 バレた。

「ルナータ、まさか人間の僕よりグリフォンの僕の方が好きなんじゃないだろうね? 僕、自分の変身した姿に嫉妬したくないよ。まあ、君にうっとりと見とれてもらえるのは、正直すごく気持ちいいんだけど」

 ぶつくさ言いつつも、彼はその美しい羽と毛並みを、カロフの墓前で披露したのだった。



 魔導師カロフの残した魔法。

 ダージャ家のパルセが発揮しつつある商才。

 そして、オーデンを守る私。

 時とともに、少しずつ積み重なっていくものがある。したたかに、しなやかに、芽吹き始めたものがある。

 性別など関係なく、何かを成し遂げようとする力と、それを助ける力が合わされば、芽吹いたものは花開くのだろう。


「――ねえ、アルフェイグ。私、町の子たちに、精霊語を教えてみようかしら。男の子にも、女の子にも」

「男の子にも?」

「男性に魔法を使う文化はないから、抵抗はあると思うの。魔法を無理に使わせるつもりはないわ。ただ、精霊語を知っているだけでもね、違うと思うのよ。男性と女性が、お互いにわかりあえれば、って」

「うん。いい考えだと思うよ。でも今は正直、僕は綺麗な君に見とれていて、君のことしか考えられない。君も、今は僕のことだけ考えてくれると嬉しい。……行こう」


 手を繋ぐ。

 愛をこめて私を見つめる金の瞳に、白いベールをつけた私が映っている。

 これから、この幸せな姿を、セティスを始め心配してくれていた人々に見せられることが、嬉しい。皆の前でためらいなく、この人と未来を誓えるのが、嬉しい。

「ええ。行くわ、あなたと」


 教会の扉が、開かれた。



【女公爵なんて、向いてない! 完】

(後日談・番外編に続きます)

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