女公爵なんて向いてない!~ダメ男と婚約破棄して引きこもりしてたら、森で王様拾いました~

遊森謡子

第1章

1 女公爵になりました(注・不本意にも)

『女のあなたに、公爵位なんて重い荷を負わせるとは。陛下も何を考えておいでなのか』

『議席もなく、剣を帯びることすら許されていない女の身で、公爵。それは色々と不自由もおありでしょう、力をお貸ししますよ』

『女の独り身でこの年になられたと思ったら、名誉な驚きが待っておりましたな。おめでとうございます』


(だーかーらー)

 授爵祝いのパーティの席で、男性貴族たちを相手に笑みを顔に張り付けながら、私は心の中で言い返していた。

(同情と称賛に隠してイヤミをチラッチラさせるのはやめてくださる!? 文句は直接、国王陛下にどうぞ! 私、女公爵なんて、向いてませんから!!)



 ――事の発端は、四年前。私の父が、公爵になったことから始まる。


 私、ルナータ・ノストナの父ガイン・ノストナは、元々は子爵位を持つ弱小貴族に過ぎなかった。

 そこへ数年前に起こった、隣国との戦争。貴族たちにとっては軍功を上げるチャンス到来のはずが、旗色悪しと見たお歴々は揃って尻込みし、おっとりした性格の父に司令官を押しつけた。

 父は、死を覚悟したという。


 ところが蓋を開けてみれば、風は父に吹いていた。天候は味方につき、敵方の将は怪我をし、破れかぶれの戦略はばっちりハマり、それはそれは神懸かった運の良さで、当の父も呆然とするほどだったとか。


 とにかく、戦争は我がグルダシア王国の大勝利に終わった。

 まだポカーンとなっている父を呼び出した国王陛下は、父に賞賛と感謝の雨を降らせた。

 そして、戦争で手に入れたオーデンという名の土地――かつては古い王国があったという――の公爵に、父を叙した。

 できたてホヤホヤ、歴史も伝統もない、オーデン公爵位の誕生である。


 それでも『公爵』といえば、古くは王族のみが持ち得た称号である。現在では、臣民である貴族にも与えられる称号だとはいえ、別格なのに変わりはない。


 ノストナ家は、妬み嫉みの集中砲火を浴びた。


 もちろん、仮にも公爵家となった家を相手に、表だって何かしてくるわけではない。けれどその分、陰湿だった嫌がらせにより、父は公務に支障が出るほどだった。

 突然公爵令嬢になった私も、他の令嬢たちからネチネチやられたものである。

(貴族の嫉妬って、なんというか、内へ内へと向かって淀むのよね……)


 さらに問題があって、我がノストナ家には、父の後に爵位を継ぐべき男子がいなかった。母は私が十四歳の時に病没、父はずっと再婚には気乗りせず、親戚も女だらけ。娘の私も当時、二十歳で未婚。ほんのり婚期に乗り遅れ気味だった。

(非社交的な私が悪いのかもしれないけど、お母様を亡くしてちょっと引きこもってる間に戦争が始まっちゃったんだから仕方ないでしょ)

 ……と、とりあえず言い訳しておく。


 ところが、私が結婚して男子を産めば、その子が公爵位を継ぐ──となって、若い男性貴族たちの目の色が変わった。私の夫となる男性は、息子の後見人として、権力を手にできるからだ。


 私はいきなりモテだした。庶民風に言えば『モテ期』というやつである(と侍女のセティスが言っていた)。

 父を通して次々と申し込まれる結婚。同時に、他の令嬢たちからのイジメはますますひどくなった。私にいい条件の男を取られる、と思っているわけである。


 すったもんだのあげく婚約が整ったときには、二年が経っていた。

 お相手は、チーネット侯爵の次男コベック。以前までならとても望めなかった良縁だった。


 うんざりしていた私も、ようやく落ち着いて、コベックとのお付き合いを始めることになる。

 コベックは、野性的な美男子で自信家だった。

 晩餐会などに強引にエスコートしてくれたお陰で、結果的に私もどうにか社交をこなすことができ、少しずつ慣れることもできた。

 私は、彼を好きになっていった。結婚したら、この人に何もかも委ねればいいのだと思うと、それまでのしんどさが溶けて消えていくようだった。

 これが恋かな、という気持ちにも、なっていたと思う。

 

 ──ところが、その直後。

 今度は父が、四十八歳の若さで、心臓発作に見舞われてぽっくり逝ってしまったのだ。

 まだ、公爵位を継ぐ男子を私がこさえていないのに、である。


 貴族家に跡を継ぐ男子がいない場合、我がグルダシア王国では普通、そこで家は途絶える。

(お父様……このところの心労がたたったのよ。助けてあげられなくてごめんなさい)

 父を喪った悲しみに暮れながらも、私は自分の身の振り方を考えなくてはならなかった。

(婚約は、解消になるのかしら、やっぱり……。それとも、コベックは助けてくれる?)


 ところが、そのあたりがはっきりするより前に、さらに事態は急転する。

 陛下にしてみたら、父への最大限の感謝を込めて叙した公爵位を、たった数年でなくすわけにはいかなかったらしい(国王の沽券に関わるんじゃないだろうか。知らないけど)。

 で、あっさりと特例が設けられ、二十二歳の私ルナータが、女でありながら公爵位を継ぐことになってしまった──


 ──というのが、授爵までのいきさつである。


 戦争に勝った時の父のように、私は呆然としたまま、授爵式に出席した。

 美しい天井画。壁に巡らされた彫刻。見事な織りの絨毯。

 様々な色彩に取り囲まれて、まるで万華鏡の中に迷い込んだかのような錯覚に、めまいがする。

 国王陛下の重々しい声が、謁見の間に響き渡った。

「ルナータ・ノストナ。そなたを、二代オーデン公爵に叙す」

 溢れる色彩の中、私は地味な紺のドレスの裾を摘んだ。深く頭を下げながら、準備していた言葉をただ、口に乗せる。

「謹んで、お受けいたします」

 首に赤いリボンがかけられ、金色のメダルが胸に下がる。想像していたよりずっと重いそれは、私を頭から地の底へと引き込もうとしているかのようだ。

 どうにか顔を上げると、今度は謁見の間に居並んだ人々が、私に向かって一斉に頭を下げるのが視界の両脇に映った。

 その中からチクチクと、視線が針のように飛んでくるのを感じる。

(夢なら、そろそろ覚めてくれていいんだけれど)

 現実味を感じられずにいる私に、情に脆い陛下は涙ぐんだものだ。

「ガインの遺した娘に、余がしてやれることはこれくらいしかないのだ……済まぬな」

「恐れ多いことでございます、身に余る光栄で」

 上の空で答えながら、私は思っていた。

(重っ……)

 オーデン公爵位、それに父が元々持っていたデュフォン子爵位。二つの爵位が、肩にズシンと乗っかっているのだから。


 陛下はお続けになった。

「ルナータ。そなたが子に爵位を継がせることで、父ガインの功績も長く語り継がれることとなる。まずは一つ、そのような幸福が約束されておるのだ、安心して結婚するがよい」

 そして、ご自分でご自分の言葉に涙ぐんでいらっしゃる。

 正直、爵位は嫁入り道具じゃないぞ、なんて思ったものの。

(陛下も、こうおっしゃってる。そうか、一時は婚約解消かと思ったけれど、そうはならないんだわ)

 私は少しホッとしながら、御前を辞した。


 社交シーズンは始まったばかり。これから各種晩餐会が毎日のように続くことになる。

 久しぶりの王都、久しぶりの王宮。父が亡くなってからずっとバタバタしていたけれど、今夜はきっと、久しぶりにコベックにも会える。女公爵として振る舞わなくてはならないけれど、きっと彼が助けてくれるだろう。

 だって、未来の夫なのだから。


 そして話は、授爵祝いのパーティの、雨あられと降り注ぐイヤミに戻るのだ。

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