遺体

『CLS患者だったものを、博士が実験よって頭蓋内の器官を除去。代わりに人工脳を移植して、それを私とリンクさせています』


私がそう告げた時、アレクシオーネPJ9S2のメインフレームに大きな負荷がかかるのが見てとれた。穏やかな笑みを形作っているその顔が一瞬、無機質なそれに代わり、けれどまたすぐ笑みの形に戻ったからだ。


その理由はすぐに分かった。


「アリスマリア・ハーガン・メルシュ博士は、人間の遺体をそのような実験に用いたということですか?」


私達メイトギアは、標準状態であれば本来、常に穏やかな笑みを浮かべるように設定されている。人間に好印象を与える為だ。だけどオーナーやマスターによってはその笑顔を『嘘臭い』と評して敢えて笑顔を作らせないようにしている人もいる。私のオーナーでありマスターだった博士も私に不要な笑顔を作ることを禁じた。それどころか、マスターを罵倒し、蔑むような視線を向けることを求めた。そういう<性癖>の持ち主だったということだ。


とは言っても、必ずしも被虐嗜好の持ち主だったという意味じゃない。あくまでそういう一面もあるというだけで。


でもまあそれはどっちでもいいのか。


とにかく通常笑顔を湛えた表情を維持するように設定されているにも関わらずそれが一瞬でも崩れるということは、相当な負荷がかかったということの証拠なのだ。


無理もない。私達ロボットにとって人間は絶対に保護するべき存在だ。その人間の遺体をこのような実験に用いるなど、通常は有り得ない。私は博士の所有物だからそれがあくまで実験の為だということを理解しているし、何より博士自身が所有するロボットには自ら特殊なアップデートを行うし。それによって本来のロボットにはできる筈のない、『人間を罵倒し、蔑むような視線を向ける』ことができてしまうくらいだから。


そのような形でのカスタマイズが行われていないアレクシオーネPJ9S2ならその反応も当然だ。


けれど、そこまでだった。何しろ、『CLS患者は人間とは見做さない』という認識が、この惑星ほしに投下されるロボットには与えられているから。だから、<動く死体>を容赦なく攻撃できる。あれを人間の遺体だと認識していては、ロボットはそれを攻撃できない。


でもそれはあくまでこの惑星上に限った例外的超法規的措置だった。この惑星ほしには現時点では政府と呼べるものが存在せず、法の支配が及んでいないという解釈の下で行われている強引なこじつけなのだった。


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