歴史

コンビニのスタッフルームには、仮眠室とシャワールームもあった。洗濯機もあったので、リリア・ツヴァイがシャワーを浴びてるうちに着ていた服を洗濯する。


昔は洗濯する際に<洗剤>というものが必要で、それが環境汚染の原因の一つになっていたという。でも今では衣類の繊維そのものが防汚コーティングされていて、水で洗うだけで汚れは完全に落ちる。一部のオーガニック生地とかいうものは今でも洗剤を使って洗う必要があるらしいけれど、今の高機能繊維ではなくそんなものを使う者は、自分達が信じる教義を守る為に敢えてそれを選ぶ一部の宗教家くらいのものだろう。


どんな天然繊維よりも触り心地がよく安全かつ安価なのだから。天然繊維はアレルギーの心配もあるので使うのが難しいのだ。


記録では人類がまだ地球でのみ暮らしていた頃には天然繊維こそが安全だと信じられていた時期もあったらしい。実際、人工繊維を使ったことによってアレルギーが引き起こされたという記録もある。今では信じられない話だけど。


人間はあくなき探求心で安全安心な素材の開発を続け、そしていつしか人工素材の安全性は天然素材のそれをはるかに凌駕した。資料を見ればニ十世紀頃の衣服と現在のそれとは、デザインの上ではそれほど大きく違わない。何度も繰り返し起こる懐古趣味の蔓延により、かつてのデザインが復権するからだった。それがまた流行によって少しずつ変化し、そしてある程度のところまで行くと再び懐古趣味が持て囃される。


生物としての人間の変化も、さすがに三千年や四千年では大きくは変わらない。一時期伸び続けていたという平均身長も、地球では西暦二千三百年頃をピークに横這いで推移し、それぞれの植民惑星の環境によっては差異も生まれつつも、その基本的なシルエットまでは大きく変化するには至っていなかった。


かつて未来の人類はまるで怪物のように大きく変わってしまうと思われていたみたいだけど、実際にはそんなことはない。これがまた一万年くらい後になれば分からないけれど。


でも、人類の変化も発展も、停滞はしていなくても非常に緩やかなものになっていた。だけど、あまり急激な変化はかえって危険なのかもしれない。ただひたすらに拡大膨張を目指していた頃にはそれこそ頻繁に滅亡の危機に曝されていたとも記録されている。


とは言え、石器時代と呼ばれる時代を含めた人類の歴史の長さから比べればそんな時代は一瞬であり、人類は再び穏やかな変化の時代を迎えているのかもしれない。


この惑星で起こった悲劇も、そういう歴史の中で見れば実は些末なことなのだろうか……


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