痕跡

翌朝、私はリリア・ツヴァイの朝食の用意をし、彼女がそれを食べ終えるまでの間に出発の準備を整えていた。家の中にあったリュックもリアカーに積み込む。この先、リアカーを引いたままでは通れない場所がある可能性があるので、場合によっては捨てていかないといけないからだ。その場合は、リュックに詰められるだけの食料や水を持って、次にリアカーに類する何かを手に入れるまで私が背負って歩くことになる。そういう意味でも、キャンプ用の四十リットルリュックがあったのは幸いだった。


朝食を終えたリリア・ツヴァイと共に、私は朝の空気の中、再び東へと向かって歩き出した。<朝の空気>というものを感じ取った彼女がまた、何とも言えない感覚を覚えてるのが分かる。本当に不思議だ。別に朝夕、空気そのものが大きく変質してしまう訳じゃないというのに。


もちろん詳細に比較すれば違いはある。湿度や大気中の塵の濃度といったものは違っているだろう。けれどそんなものは有意な変化でない筈なのに人間は朝の空気を差して『清々しい』などと言ったりもする。何が目的なのか分からない。


それでも黙々と歩き続けると、穏やかでのどかな草原だった筈の景色が一変した。道路が大きく抉られ、剥き出しになった土が真っ黒の変色してたんだ。それも、一つではなかった。周囲を見回しても、草原のあちこちにも同じような窪みが無数に点在していた。河を抉ったそこは、池のようにさえなっている。


「爆撃の跡だね……」


リリア・ツヴァイが呟くように言った。その通りだ。


それは、<動く死体>を駆逐する為に、人間がロボット艦隊を派遣して、衛星軌道上から地上の主な都市を爆撃した痕跡である。


この惑星は元々、人間達が見つけた植民惑星の一つだった。そこに入植を開始して十年、人口が一億人を大きく超えた時、それは起こった。


その原因を今更あれこれ言っても始まらないけれど、初めは些細なものであったと推測されている。しかし最初の段階での封じ込めが失敗したことでその病は瞬く間にこの惑星全土に拡散。一億人を大きく超える住人は、極めて例外的なごく一部を除き、<動く死体>と化したのだった。


事ここに至って人間は治療や救出を諦め、惑星そのものを厳重に封鎖した上に、ロボット艦隊による爆撃で殲滅を目指したということだった。


ただ、地表の全てを焼き尽くすには足りないことから、人口が集中し、それに伴って当然<動く死体>も集中していた主な都市を徹底的に焼き尽くすことにしたそうだ。


その際の、僅かに狙いが外れた爆撃によって、郊外のこの辺りにまで被害が及んだということなのだろう。実際には都市まで十キロはある筈だけど。


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