ブラックジョーク

ベッドで眠るリリア・ツヴァイを、私はただ見下ろしてた。その姿は完全に人間にしか見えない。でも、彼女は人間じゃない。


だけど、彼女が人間かそうじゃないのかっていうこと自体が、今はもうどうでもよかった。彼女は今、私と一緒にいる。それが事実だ。


でも……でも、彼女さえいなかったら……?


そうすれば私はもっと自由になれるんだろうか……?


そんなことを考えながら、私は拳銃を手にして、銃口を彼女の頭に向けていた。そして、ほんの少し、指で引き金を絞れば私は彼女から解放される。そうすればもっとたくさんの場所を見て回れる。昼も夜も関係なく歩き続けて、自分が壊れて動けなくなるまでどこまでも行ける。


……


違う……


そうじゃないな……


私はそんなこと望んでいない。彼女がいなければ、そもそもこうやってこの惑星ほしの景色を見て回ろうなんて考えなかった。私にとってはそんなもの、ただのデータに過ぎない。彼女の目で見るから意味があるんだ。彼女の体で感じるから意味があるんだ。


私がこんなことを考えてしまうこと自体が、彼女がいたからこそのものだ。ただのロボットはそんなことを考えない。


『主人の最後の地を自分の目で見て回りたい』


なんて……


……


……


手にした拳銃をポケットに戻し、私はただ、静かに彼女の寝息を聞いていた。スー、スーと規則正しく繰り返されるそれを聞いていた。


ここからしばらく行ったところに、大きな都市がある。いや、『あった』。それがどうなっているのかは見るまでもないけれど、通り道だから見ない訳にもいかないか。


窓から外を眺めると、風が草をなびかせる音が届いてくる。それ以外はなにも聞こえない。ポツンポツンと灯りが見えるけれど、そこにはもう人間はいない。放射線同位体の崩壊によって電気を得るアミダ・リアクターによって使われる当てさえない電気を生み出しつつ、いつか朽ちるのを待っているだけだ。


もっとも、現在の技術で作られた素材の耐久性は、短いものでも百年単位。長いものなら数万年単位。一般的な住宅用建材でも千年単位だから、あと数千年は朽ちることもないだろうけれど。わざと壊されない限りは。


人間はいないのに、その痕跡だけが数千年も朽ちることさえなく残り続けるのか。そうすると、朽ちてからでも数万年単位で明らかな遺跡として残り続けるんだな。しかも、リアクターだけはその頃にもいくらか出力は低下していても電気を生み出しているという。


本当に、意味が分からないな。


酷いブラックジョークもあったものだ。


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