うっかりパラドックス

犬丸

うっかりパラドックス

「シークエンス、スタート。加速器起動」


「発電機は補助を含めて全開だ。足りるか?」


「ギリですな。電気より足りないのは人手です」


「贅沢言うな。もう俺たちしか居ないんだ」


「嫌ってほどわかってま…ああ、あと十二秒、この出力だと三マイクロ秒程度の開門です」


「十分だ」


「二、一……」


「……成功、か?」


「チャンバー内の質量は消失しました。成功かと」


「どうか、無事で…」


「恒星間文明への扉をこじ開けましたな。たった二人で。ノーベル賞もんだ」


「他星系に送るべき人類と、発表すべき学会、賞をくれる財団がまだあればな。しかし、動物実験すら済んでいない装置で己が子を送らねばならんとは」


「それはもう何度も話したじゃないですか、主任。あの子は日本型エボラのサンプルと一緒に、他の星じゃなくそう遠くない過去へ行くんでしょう?終わった世界で育てるよりはいい暮らしが出来るはずですよ。恐らくは、抗体のあるパンデミックの起こらない世界線で」


「そう願うよ」


「それに、この先技研が建つ前ここにあったのは、移設前の麻生ヶ谷赤十字病院です。想定される二十から四十年の時間遡行であれば、今以上衰弱する前に保護される確率はかなり高いかと」


「…なんだって」


「ですから麻生ヶ谷…」


「ちょっと待て、日本型エボラの初感染が起こったのは」


「あれは都内でしたよ、七年前、荻窪の」


「いや、あれは“再来”だ。そのかなり前に突如発生し、一度は封じ込めに成功していると思われていた」


「ちょっとまさか…」


「三十八年前、麻生ヶ谷赤十字病院…移設されてたなんて初耳だ。孤児だった俺が保護された病院で、確か同じ年に発生していたはず…ということは…」


「…僕らの送ったサンプルが、最初の感染源で…ああ、畜生。これは、この世界そのものが、僕らの行為の結果だった…平行世界なんて存在しないってことですか?」


「するとだ…あのエボラウイルス、オリジナルはどこから…いや、ああ、なんてことだ」


「主任?」


「俺の子は、俺自身、なのか」

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