日常
小説とハンバーグ
ノベルアップ+にも同じエッセイを掲載しています。
https://novelup.plus/story/266573068
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小説とハンバーグは似ている。
深夜に玉ねぎを刻みながら、そんなことを考える。
どうにもこうにも腹が減って眠れない夜。
極度の空腹は、眠りを妨げる。
小説というものに関われなかった日もそうだ。
忙しさに疲れ果て、書くことも、読むこともできなかった日。そんな日は心が空っぽになる。どうにもこうにもやり残したことがあるような気がして、うまく眠れない。
■玉ねぎをみじん切りにして炒める。工夫は進化である。
包丁は、なるべく丁寧に研いでおく。
切れ味が悪いと、文字通り泣きを見ることになる。
7ミリ幅に玉ねぎをスライスしてゆく。そう、ざっくりと切るだけでいい。
それをフードカッターに入れる。容器の中からぐるんぐるんと刃物が回る音が聞こえて、ふたを開ければ玉ねぎのみじん切りができあがっている。
以前は涙を流しながらの作業だったが、今は便利な道具を持っているためあっという間だ。
みじん切りが終わったら、次は加熱である。
以前は生の玉ねぎをフライパンで炒めていたが、それではあまりにも時間がかかりすぎる。電子レンジで加熱してから炒めれば、半分の時間でできる。
ああ、電子レンジ!
なんてすばらしい機械なのだろう!
そればかりか、世にシリコンスチーマーというものが登場してからは、さらに短い時間で調理が済むようになった。泣きながら延々フライパンの前で玉ねぎを炒めていた頃とは大違いだ。
振り返ってみれば、小説の書き方も以前とはずいぶん変わった。
子どもの頃は、鉛筆を握りしめてノートや原稿用紙に文字をつづったものである。それがいつしかパソコンになり、今ではスマホに音声入力することさえある。
以前は机の引き出しにしまっていた物語も、今はクラウドの中だ。
■材料を混ぜる。しっかりと、でも、ほどほどに。
玉ねぎの水分が充分にとんだら、ボウルの中に材料を入れる。
ひき肉、玉ねぎ、卵、パン粉、片栗粉、塩、コショウ。
この中で案外重要なのが「塩」である。
塩を入れることにより肉に粘り気が出て、焼いたときに肉のうまみを逃がさないという効果がある。
また、卵のたんぱく質は加熱すると固まるという性質があり、パン粉は水分を吸って肉汁を留め、片栗粉も肉汁を留めてしっとり仕上げる効果がある。
いずれも美味しいハンバーグを作るために必要な材料であり、それぞれに入れる理由があるのだ。
小説にも、必要な要素がある。
「見せ場」であったり「テーマ」であったり「魅力的な登場人物」であったり。
それぞれの要素が絡み合うことで、より良い作品となる。
もちろん、バランスも大事だ。
たとえば、泣ける小説を書いたとして、あまりにも悲しすぎる救いのない小説はどうだろうか。そういったものを好む人もいるかもしれないが、私は最後に救いが欲しい。
ハンバーグも、水分が多すぎると美味しくない。
かといって、パン粉を多くすれば肉を食べている感覚が薄れてしまう。
小説にもハンバーグにも、「ちょうどいいバランス」というものがあるのだ。
そして、それを極めるのはあまりにも難しい。
ボウルにすべての材料が入ったら、しっかりと混ぜる。
でも、混ぜすぎないこと。
あまり混ぜすぎると、焼いたときに硬くなってしまうから。
小説も同じ。
文章や設定をこねくり回してそのときは面白くなったつもりでも、読み返すとやはり最初の方が良かった、と思うことがほとんどだ。
■丸める。さて、あなたにとっての「ちょうどいいサイズ」とは?
ハンバーグを丸めるとき、「どのくらいの大きさにするのか」はよく考えたほうがいい。
欲張って大きなハンバーグにすると、焼くのに時間がかかる。
それだけではなく、外側ばかりが焦げて内側は中途半端の生焼け、などということになりかねない。
小さいハンバーグは、夕食には物足りないけれど、弁当にはいいサイズ。
小説だってそう。
がっつり長編を読みたいときもあるし、隙間時間に短編を楽しみたいときだってある。
何事にも、ちょうどいいサイズがある。
■焼く。すなわちクライマックス。
さあ、いよいよクライマックスだ。
これまで順を追って準備したハンバーグを、フライパンの上へ丁寧に並べて。
あとは、ひっくり返すタイミングさえ間違わなければいい。
ハンバーグが焼けてゆく様子を見守りながら、ぼんやりと考える。
思えば、今までいろいろなタイプのハンバーグを作ってきた。
玉ねぎのかわりに長ねぎときのこを入れて大根おろしを乗せれば和風ハンバーグになる。その他にも、ニンジンのみじん切りを混ぜたり、中にチーズを入れたり。ナスやレンコンを仕込んだこともある。玉ねぎを炒めず生のまま入れる方法も試した。手間のかかる煮込みハンバーグを作ったり、包み焼きや蒸し焼きにしたこともある。付け合わせにこだわった日もあった。
どれも、それぞれの美味しさがあった。
思えば、今までいろいろなタイプの小説を書いてきた。
ファンタジー、ミステリー、ホラー、SF、恋愛。
十万字を超える長編小説、中編小説、そしてたくさんの短編たち。
ギャグ、シリアス。レーティングのあるもの。
泣きながら書いたもの。笑いながら書いたもの。
すらすら書けたもの、苦労しながら産み出したもの。
文章を書くことは、いつだって楽しい。
そうそう、いつもなら丸く形作るハンバーグを四角く焼いてみたこともあった。
試してみると面白かった。なんと弁当箱にピタリと収まるのだ。実に素晴らしい。
何事も、やってみないとわからないものである。
小説だって、ときには斬新さを求めていい。
文章の中では、私はとても自由なのだから。
■大団円。皿によそる。いただきます。
小説には「出会いのタイミング」があると思う。
悲しいときに温かい物語を読めば、そっと寄り添ってくれる。
迷っているときに元気が出る物語を読めば、勇気づけてくれる。
寂しいときに賑やかな物語を読めば、登場人物たちに出会える。
出会いのタイミングが合えば、その物語は生涯の友となる。
小説とは、物語とは、そういうものだろう。
そして、料理は。
お腹が空いているときに食べるのが、なによりも美味しく感じる。
しかし、ハンバーグは案外繊細な料理である。
いつもと同じレシピで作っているはずなのに、ちょっとしたことで味が大きく変化する。失敗したように見えても、食べてみたら美味しいということもあるし、その逆もある。
だから、口に入れてみるまではわからない。
小説も同じだ。
実際に読んでみるまで、作品の本当の魅力はわからない。
食わず嫌いのあのジャンルも、まだ味見さえしたことのないあの作者も、読んでみれば案外面白いのかもしれない。
さあ、ハンバーグが焼けた。
ひとつひとつの味が、言葉が。
血となり肉となり、心の栄養となる。
次は、もっと美味しいハンバーグを作る。自分の腹を満たすために。
明日の私はもっと良い小説を書く。誰かの心を満たすために。
だから私は今日もひき肉をこね、文章をつづるのだ。
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