大嫌いなこの世界に中指一つ立てまして、

ナリタ

プロローグ

 世界が音を失ってしまったかのようにさえ思える、日が上る前の最も静かな時間。暗い部屋のなか膝を抱えてうずくまっている一人の男を、私は黙って見つめていた。彼は顔を膝にうずめ、死んでしまったかのように動かない。しかし、彼が死ぬことはあり得ない。彼は女神の加護を受けし不死身の勇者なのだから。

 彼はこの世界を救うべく異世界より転生し、多くの仲間と共に過酷な冒険を経てこの魔王城にたどり着き、そして先刻ついに魔王を討ち果たしたのだ。彼の働きにより世界は魔物の脅威より解放され、魔王によって囚われていた女神がこれより世界をあるべき姿へと導くだろう。

 そう、彼はまごうことなき英雄である。そんな彼が一人暗い部屋にたたずみ、ただひたすらに打ちひしがれている。苦節の果てに悲願を成就せんとしている彼が、哀しみと虚しさに押し潰されている。何故だろうかといぶかしむべきその光景の理由は、とどのつまり彼もまた一人の人間であったというところにある。脆く弱い人間だった。愚かで矮小な人間だった。運命に翻弄され、世界に虐待され、抗う術も持たないただの人間だったのだ。

 これより語るは英雄譚と呼ぶにはあまりに悲しく、一人の人生と呼ぶにはあまりに過酷な、辛く苦しい物語。言うなればこれは呪詛なのだ。彼を最もそばで見てきた私からの、彼をこれ程まで苦しめた世界に対しての。

 大嫌いなこの世界へ向けた、呪詛なのだ。

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