落ちる天使
もりさん
マベリア妃と奴隷のトーケン
第0話 紫の宝石を暗がりの洞窟で
明滅する紫の煙のような安定しない光を放射して闇でも輝く石が綺麗で、マベリアはじっとそれを蕩然と見つめていた。
長い睫毛と、気の強そうな跳ね上がって弧を描く細い眉。
淡い色の柔らかく癖のある巻き毛を高く編み上げているために晒されている白いキメの細かいうなじ。
それらを、仄暗い洞窟の中、ガスランプ灯の下でトーケンは静かに眺めていた。
マベリアが紫色の輝石を惚けたように眺めているのと同じように、トーケンは少年のひたむきさで彼女を盗み見ていた。
「ねぇ、トーケン。これが新しい資源になるって言うんだよ。キレイだね」
「は…はい王妃さま」
トーケンは、洞窟の中で響くマベリアの細くて高い、囁くような声を聴きながらドギマギしていた。
こっそりと忍び込んだ採掘場は労働時間外で、遥か遠くで洞窟の中の空気を浄化する機械。溜まっていく地下水を汲み上げるポンプの低音のモーターの音だけしかなくて。
紫色のゆらゆらと揺れる、まるで煙のようになびく光の流れは渦を巻き、まとわりつき、媚を売るように揺蕩っていた。それは、まるで見るものを酩酊状態へ誘うようなものだった。
「トーケンの重騎兵もさ…これで動くようになるのかな」
「機体が変わるのは、操作感が変わるのは困ります…」
「ん?」
マベリアは、蕩けそうな瞳をそのままトーケンに向けて、柔らかそうな唇から少しため息をついた。
彼女の吐息は、淡いミルクの匂いがする。それほどの距離感。
「あ、せっかく…慣れているので…また、慣れる時間が必要になるかも…って」
「キレイじゃない?こんなのが、機械を動かすんだよ…」
そう言うと、ため息をつきながらマベリアは”そっと”細い小さな肉付きの良い指を伸ばそうとした。
背後から見知らぬ男性のハイ・バリトンの声がした。
「マベリア王妃、それはダメです」
マベリアの伸ばした手を諫める声だった。
トーケンは唐突にかけられた声に身構え、その声の方向へ構えながら警戒気味に、腰の小型のサーベルを確かめるように手を伸ばした。
「マーキュリーですね?」とマベリアは目も合わせずに問い、マーキュリーと呼ばれた男はひざまづいた。
「はい、マベリア王妃、僭越ながら…」
「よい、もう戻る。トーケン戻る準備を…」
トーケンは、ここにマベリアを残して、このマーキュリーと呼ぶ男と二人きりにするのか…と、ざわざわする思いを抱えながら、後ろ髪をひかれるような思いで外へ足を向けた。
(あの人は、紫煙光鉱石を実用化した、紫鉱会議の議員だ。僕みたいな奴隷じゃない)
暗闇でよく見えないが、マーキュリーは美しい顔をした男だという噂を聞いたことがある。
城の女どもは、甲高い声で噂をしあう。
マベリアは、そんな男にうつつをぬかす女性だとは思わないけれど…。
もやもやとした心は、おさまらなかった。
(マーキュリーが、ひどい女ったらしだったら、どうしよう)
少しでも、早くこの坑道を走り抜けて、早く出てきて欲しいなと願っていた。
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