霊能力者紅倉美姫12 僕の自殺徒歩旅行

岳石祭人

1、拝啓紅倉美姫様

「拝啓

 紅倉美姫様。

 僕はこの手紙を誰に宛てて書こうか迷いましたが、あなたに宛てて書くことにしました。

 あなたの番組を見て僕はとても傷つけられました。

 7月の番組であなたは振り込め詐欺に荷担した青年をひどく糾弾していましたね?

 僕は今19歳で、親と一緒に暮らしていますが、犯罪を犯した彼と同じような境遇です。彼より僕の方がずっと恵まれていますが、その分精神的には彼よりずっと惨めなものがあります。

 ですから、彼を糾弾するあなたの言葉は、まるで僕自身が罵倒されているようで、僕は、とても心が傷つけられました。

 彼が悪いのは分かりますが、もうちょっと優しい言い方は出来ないものですか? 彼の心を考えると、僕は自分のことのように胸が苦しくてなりません。

 しょせん、あなたのように恵まれた強い人には僕たちのような弱い恵まれない人間の気持ちなんて分からないでしょうね。

 あなたに叱られて、僕はもうすっかり自分の人生に自信が持てなくなりました。

 僕は何をやっても駄目な人間で、人から邪魔にされて、無視されて、誰にも必要とされなくて、社会にはいらない人間なのです。

 僕だって努力しました。ブログを作って心の内を綴ってみました。きっと社会には僕の気持ちを分かってくれる、僕のような人が僕の他にもたくさんいると思ったからです。でも、全然駄目でした。全然誰も僕のブログなんて読んでくれなくて、書き込みなんて1つもありません。あ、変なアダルトサイトへの勧誘ならたくさん来ました。そんなのばっかりです、僕の所に来るのは。

 僕はやっぱり誰にも理解されない、社会でひとりぼっちの人間なんです。

 僕は、いなくなってしまおうと思いました。

 この社会の、この世界の、どこからも、完全に。

 僕はあの世なんて信じません。

 人は死んだらそれきりで、なんにも、残らないんです。

 だから僕はこの世界から自分を居なくする為に、

 死ぬことを決心しました。


 でも心配です。僕はとても心の弱い人間です。それにひどく臆病で、痛いことなんてとても出来そうにありません。

 死のうとしても、直前で心がくじけてしまうのが目に見えています。

 自殺を断念して、そうしてまた惨めな自己嫌悪に落ち込むのです。

 ああ、もうそんなのは嫌です。うんざりです。

 でも、きっとそうなってしまいます。

 それでどうやったら臆病な自分でも自殺を成功させられるか考えました。

 僕は、富士山の青木ヶ原樹海まで歩いて旅していこうと思います。

 僕の住むところから富士山まで直線距離でおよそ277キロメートルあります。マラソン選手が2時間10分で42.195km走るのですから、1日で40kmくらい歩けるとして、単純計算で7日間。ちょうど1週間かかります。きっともっと、10日くらいはかかると思いますが。

 僕は死ぬために、この距離を7日から10日かけて歩き通そうと決意しました。

 それだけ歩ききれば、きっと、青木ヶ原樹海にたどり着く頃にはへとへとに疲れ切って、ボロボロになって、きっと、喜んで死ねる、早く死んで楽になりたいという心持ちになれていると思うのです。

 どうです? なかなかいいアイデアでしょう? いつもネガティブな僕の、これは人生最高にポジティブな挑戦です。

 僕はお盆期間の2週間、パン工場で働いてお金を貯めました。そのお金でリュックを買って、寝袋を買って詰め込みました。頑張って働いたのでお金はまだあります。食料は樹海にたどり着くまで死なない程度に最低限だけ食べて、町にいるときはビジネスホテルに泊まろうと思います。ホームレスと間違われて補導なんかされたらみっともないからです。それに死ぬときはできるだけきれいでいたいと思うからです。

 僕は人生最大の挑戦をして、その挑戦に勝利したら、頑張った自分を褒めてあげて、最高にポジティブな気持ちで死んでいけるはずです。

 きっと苦しい挑戦になると思いますが、その勝利の時を夢見て、僕は挑戦します!


 この手紙は樹海の麓のポストに投函するつもりです。

 ですからあなたがこの手紙を読む頃には僕はもうこの世界には居ないはずです。

 あなたはきちんとこの手紙を読んでくれていますよね?

 僕のこの世界に残す最後の足跡です。

 僕にこの挑戦を決意させたあなたにはこの手紙を読む義務があります。虫けらのような僕たちの魂の叫びを、あなたも感じてください。

 さようなら。

 僕の気持ちを読んでくれたのなら、ありがとうございました。

 叱られて悲しかったけれど、あなたのファンでした。

 弱い自分で、ごめんなさい。

 敬具」

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