縁切屋

青山えむ

第1話 こんな話

 悩む人は迷う。道標が欲しい。そこにつけこむ奴がいる。

 人は悩む、迷う。


    〇●


 ある夏の日のこと。

 高校生の少女は、小学生の妹と一緒に近所の公園にいた。土曜日だった。

 両親が出かけていて、妹を見ることになっていたのだ。

 けれども少女はスマートフォンに夢中になっていた。

 妹が車道に走り出すことには一切気づかずに。

 ドンッと音がして、車の急ブレーキが聞こえた。

 少女は驚いて車道を見つめた。同時に、妹がいない事に気づいた。

 すぐに車道に向かった。急ブレーキを踏んだと思われる車のドライバーが青ざめてスマートフォンに何かを云っていた。

「子どもが飛び出してきて、車にぶつかった。すぐに来てほしい」そんな内容だった。


 少女は恐る恐る周りを見渡した。

 車とは反対方向に、小さい人間が横たわっている。妹と同じ服を着ている。

 少女は声にならない叫びをあげて、妹に駆け寄った。


 妹は意識不明の重体で集中治療室に入院している。

 私が見ていれば、私がちゃんと見ていれば……。

 少女の悔やみ続ける日々が始まった。


 少女は学校が終わると病院に行き、毎日妹の容態を見に行った。

 面会時間の最後まで、妹の側にいた。

 一週間経っても、妹の意識は戻らない。

 あの時、私がちゃんと見ていれば……毎日そう悔やんでいる。


 休みの日には有名な神社にお参りに行き、お守りを買った。

 わらにもすがる思いだった。出来ることは何でもやろうと思った。


 妹の病室にお守りを置いてきた日の帰り道、知らない男に声をかけられた。

「いきなり失礼します。私は縁切屋えんきりやです。貴方を悩ませている、妹さんの事故を消してあげましょう」


 何だろうこの人、気色悪い。そう思ったけれども、少女の精神状態は酷く疲弊していた。

「私は縁を切ることを仕事にしています。今回は【貴方と、事故で亡くなる妹さん】という縁を消そうと云うのです」


 亡くなる? 何を云っているのこの人。妹が死ぬだなんて許さない。


「そうです、今回の縁を切れば【亡くなる妹さん】という状況が消滅します。いかがでしょう」


 つまり、妹は死なない。この人、よく解らないけれど本当に妹の事故が無くなるなら、それが一番良いじゃない。

 少女は、縁切屋の提案を受け入れた。


    〇●


 ある夏の日のこと。

 高校生の少女は、小学生の妹と一緒に近所の公園にいた。土曜日だった。

 両親が出かけていて、妹を見ることになっていたのだ。

 もうスマートフォンは見ない。

 少女は、妹をずっと見ていた。

 今度こそ……そう思った瞬間、妹が車道に向かって走り出す。

 全力で追いかけた少女はつまずき、妹を押してしまった。

 転びかけの少女にぶつかった車が急ハンドルを切り、その先にいた妹に衝突した。


「何で……」割れるように痛い頭の中で少女は思った。


 あの時、縁切屋と名乗る男は云った。

「この報酬は、貴方の人生から他の縁を切ります」

 妹が助かるなら誰と縁が切れても構わない。クラスで一人になったっていい。この先結婚出来なくたっていい。

 妹を助けたい一心だった少女は、応じた。

 縁切屋は【両親と娘】の縁を切ったのだ。

 まさかこんなことになるなんて……少女の意識は段々と薄れてゆく。

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