第3話

 次の日になると再び白衣がやってきた。




「具合はどうですか。気分は落ち着きましたか。」


「ええ、だいぶ落ち着きました。それで、さっそく聞きたいのですが、私はいつここから出られるのでしょうか。」




「うん…そうですね…。月山さんは意識もはっきりしていて、事故の傷も完治していますが、問題はやはりその…」




「ああ記憶に関してはもう落ち着いたので大丈夫です。どこも痛いところはありません。体もしっかり動きます。リハビリも必要ないです。」




「そうですか。体の不調は無いようでよかったです。しかし事故での入院ですので、退院にはしばらく時間がかかるかと…」




 と、どうやら私はすぐには退院できないそうだ。まあ当然だろう。こうして人が自分の周りを行ったり来たり、ひっきりなしに動き回っているととてもじゃないが落ち着かない。なのでなるべく早く退院したかったのだが。




 私の退院には3週間近くかかった。まあ一番嫌だったことは、私は歩ける、問題ないといっても覚醒から5日間はベッドに固定。病院の食事は意外と量が多い。それにもかかわらずベッドには固定。出られないのに出さなければらならないのはとてつもなく恥ずかしかった。




 生まれてからすぐに味わう、本来味合わない感情を味わえたのは、ある意味ではこうして貴重な体験として昇華することができたけれども、黒歴史を黒歴史で上書きするような行為は避けて通りたい人生だった。退院までお世話をしてくれた看護婦さんとまともに目を合わせられなかったのは言うまでもないだろう。




 三度目の白衣の襲来の時、今度は黒服がついてきた。黒服はどうやら事故の話を聞きに来た刑事らしい。こういう事情聴取とか、初めてでちょっと興奮した。しかし白衣は私が私でないことを説明しなかったのだろうか。




 だが私が何も覚えてないことを述べると、やはりといった顔をして…どうやら白衣は説明していたらしい。それから黒服に詳しい事件の概要や、これからの私がどうなるのか、形式上の流れを説明された。




 なんだか私の前に現れる人間は淡泊な人ばかりで、人間味にかける人ばかりではないだろうかと。いやそれとも自分が淡泊なのだろうか。




 それから2、3週間は淡泊な日々を過ごした。毎日運ばれてくる飯を食って、寝るだけの生活。ある意味ではあっという間で、とてつもなく長い時間を過ごした。淡泊な生活の中、思うことが一つ。




 私の高校生活はどうなるのだろうか、というよりそもそも私は高校に合格していたのだろうか。私の晴れ晴れしい学校生活は始まる前から終わりを迎えていたことに気づく。今度は白衣の代わり30代くらいの女性がやってきた。この人は私の何なのだろうと思い、少し身構える。




「初めまして、私は私立神代高校1年E組担任の、森明子と申します。あなたが入学する学校のクラス担任です。」




「あ、初めまして、ええと月山です。あの私学校に入学できるんですか」


「ええもちろんです。学校への入学手続きは終わっていましたし、まだ学校が始まって1週間。今から勉強すれば大丈夫です。」




どうやら私はしっかりと高校受験して合格していたようだ。しかし私が退院する頃には学校が始まってもう2週間。入学式での出会い、同じクラスでの出会い、隣の席での出会い、そんなドキドキわくわくシーズンはとっくに終わっている。




 私がイケメンなら突然の転校生ドキ!の展開が始まったに違いない、いやきっと事故に遭うまではそうだったに違いないというかきっと経験していたに違いないと、私は素敵な出会いの代わりに、山のような教科書と宿題に出会った。




 まあ幸い勉強に関して記憶の欠落は見られない。自分の通う予定だった学校の偏差値は、まあ可もなく不可もなく、普通の普通科高校だった。始まって一週間は授業もないだろうし、実質勉強の遅れは一週間程度になるだろう。




 高校の一週間がどれほどのものかはわからないが、教科書の言われた範囲を見る限り大丈夫だろうとは思えた。勉強に問題はないが、問題は同学年との付き合い方にある。私の通う学校は、自宅から徒歩圏内の学校だ。すなわち、私のことを知っている私の知らない人間がいる可能性がある。




 これからの生活を思うと、どうしようもなく不安になる。ともあれ生きていくためにはやはり高校は卒業しておくべきだろう。私は仕方なく、退院後は高校にそのまま入学?することを決意し、先生にはこれからよろしくお願いしますと言って帰ってもらった。


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