霊能力者紅倉美姫11 過去から甦った亡霊

岳石祭人

第1話 雑踏の中の顔

 日曜日、小杉淳之あつゆきは妻子と共に都心の人気スポットに遊びに来ていた。先日13歳を迎えた娘、由香の誕生日プレゼントにねだられて家族三人で遊びに出てきたのだ。

 淳之は37歳。一流と言っていい商社に勤め、それなりの地位につき、通勤30分圏内に中古ではあるが一戸建ての家を持っている。休日にはこうして家族サービスに務め、妻との仲も良好だ。

 幸福な人生を送っていると言っていい。

 淳之は自分の人生にとても満足していた。


 展望レストランで早めの夕食を取り、6時を少し前に駅に向かった。

 混雑する通りを、ふと、前方から変な人の波が迫ってくるのが見えた。何かを避けているようだ。背の高い淳之はその原因らしき男の頭を見て緊張した。それとなく妻子をかばうような位置に身を移動する。最近こうした町中でおかしな人間の起こす凶悪事件が多い。万一を考え迫ってくる男に注意深い視線を集中させた。

 前を歩いていたカップルが慌てたように左右に避け、その男が淳之のすぐ目の前に現れた。

 淳之は一目見て思わずうっと息を飲み、思わず逸らした視線に我ながら嫌悪感を覚えた。

 人が避けるのも分かる、その男は、ひどい顔をしていた。

 唇と鼻に、大きな、えぐれたような傷跡があった。

 男がすれ違い、視線の端から外れようとしたとき、男はふと立ち止まって淳之を見た。淳之も立ち止まり、やはり妻子をかばうように男を見た。

 男はぼさぼさの髪に隠れるような目をギョロリと剥いて淳之をじっと見ていた。

 緊張する淳之に男は言った。

「良き夫、良き父親か」

 そして、

「うふふふふふふ」

 と気味悪く笑った。唇がひきつってめくれ、紫色の歯茎が見えた。

「行こう」

 と淳之は妻子を促して歩き出した。耳の奥に男の「うふふふふふ」という笑い声がこびりつくようにいつまでも聞こえている気がした。

 妻が「知っている人?」と不審そうに訊いて淳之は「いや」と答えた。

「最近変なのが多いからな、気をつけよう」

 そう注意して駅に入った。

 その時から、

 淳之の苦悩の日々が始まった。

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