世界で一番美味しい物って、好きな人と一緒に食べる料理ですよね!

無月弟

第1話

「ちょっと、これってどう言うことよ!?」


 ここは俺の住んでいるマンションのリビング。

 風呂から出てきた俺に、恋人の公子は怒った顔をしてスマホを突きつけてきた。


 だけど何をそんなに怒っているのか。俺にはさっぱりわからない。

 手にしているスマホは、公子の物ではなく俺の。けど、見られてマズイものを入れていた覚えなんて無いしなあ。

 そう思いながら画面を見ると……なるほど、納得した。


 映されているのはメール画面。そしてそこには、『愛している』『今度一緒に食事に行きましょう』等の文字が並んでいた。


「この『アリサ』って誰? タクヤ、浮気していたの?」


 怒るのも無理はない。この文面だけ見たら、浮気と疑われても仕方がないと俺だって思う。

 けどそれは勘違いだ。俺はため息をつきながら、口を開く。


「誤解だって。俺はこのアリサって女のことなんて知らない。会ったこともないんだから」

「そんなわけ無いでしょ。だったら、どうしてこんなメールが……」

「ストーカーなんだよ、その女は」

「えっ……?」


 興奮していた公子が、ピタリと動きを止める。

 本当は心配かけたくなかったから黙っていたんだけど、こうなっては仕方がない。俺は包み隠さず、全てを話すことにした。


 事の発端は、俺が趣味でやっているグルメブログ。食べに行って気に入ったお店や、自分で作った料理を写真に撮っては、ネットにアップしていた。


 使っているハンドルネームは『久留米』。福岡県の地名だけど、特に深い意味はない。グルメと久留米をかけた、意味の無い駄洒落。

 食べることが好きな俺は、気に入った味を少しでも多くの人に知ってもらいたくてブログを始めたんだけど、ありがたいことに日に日にフォロワーは増えてきている。

 だけどそんなフォロワーの中にいた厄介者、それがアリサだった。


 最初は、普通にコメントを残していくだけだった。

『レシピ通りに料理を作ったら、美味しかったです』。『紹介したお店に行ってみたけど、素敵でした』。そんな嬉しいコメントをしてくれるものだから、励みになっていたよ。最初はね。


 だけど、いつからだろうか。アリサのコメントは、徐々に気味の悪いものへと変わっていった。

 例えば、『私のために料理を作ってくれてありがとう』。別にアリサのために作った訳じゃないんだけど、どういうわけか彼女の中では、自分のために作ってくれたことになっているらしい。

 またある時は、『素敵なお店があるの。今度二人で行きましょう。その後のホテルも……』。ここから先は、思い出したくもない。気持ち悪い妄想に溢れたコメントで、すぐに削除した。


 理屈はわからないけど、どうやらアリサは、俺の事を恋人だと思い込んでしまっているらしい。俺には、公子と言う彼女がいるのに。

 と言うか、ネットで少しやり取りをしただけの、しかも妄想癖のある女が恋人だなんてゾッとする。

 怖くなった俺は、アリサをブロックしていたのだけど、いったいどうやって調べたのだろう。スマホのアドレスを嗅ぎ付けて、メールを送ってきたと言うわけである。


 俺は今まであった全ての事を、公子に話した。最初は半信半疑な様子だったけど、真剣さが伝わったのか、話しているうちにだんだんと顔つきが変わっていく。

 するとその時、公子の手の中のスマホが、メールの受信を知らせてきた。


「メールが来たみたい。そのアリサって人からだけど……どうする?」

「一応、今回は見てみよう」



 二人してスマホを覗き込むと、メールを表示すべくタップする。すると、そこに映し出されたのは……。


『最近会えなくて寂しい。あなたの愛情がたっぷりとこもった手料理が食べたいわ。私も新しいレシピを覚えたの。今度二人で、食べさせあいましょう。

 夕べも夢に、あなたが出てきたわ。二人で食事をしているの。私、食べることが大好き。あなたもそうでしょう。やっぱりあなたに会いたい。好きな人と一緒に食べる食事が、この世で一番美味しいし、その時間が一番幸せだもの。

 やっぱり会いたい。会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい……』


 背筋がゾクゾクする。

 このアリサって女、もしかしたら今まで思っていた以上に、ヤバイやつなのかもしれない。

 ふと公子を見ると、さっきまでの怒りはどこへやら。ギョッとした顔でスマホを見つめていた。


「ねえ、これって大丈夫なの? 警察に相談した方がよくない?」

「ああ、俺も今そう思ったよ。だいたいスマホのアドレスまで調べてるなんて、異状だよな」


 こんなことなら、さっさと警察に行っておけば良かったと後悔する。おかげで、公子まで怖がらせてしまった。

 俺はスマホを返してもらうと、続けて公子の肩をポンと叩く。


「ごめんよ、嫌なもの見せて。とにかくさ、ご飯でも食べようか。今日は俺が、特性ハンバーグを作るから」


 嫌な空気を消すべく、わざと明るい声で言ってみる。すると公子は、おかしそうにクスリと笑う。


「あなた本当に食べるのが好きね。喜んでごちそうになるわ。私、あなたの作る料理が好きよ」


 良かった、元気が出たみたいだ。

 俺は食べるのも好きだし、自分で料理をするのも好き。グルメブログだって、その好きが高じて始めたことだ。結果、あのストーカー女、アリサに付きまとわれることになったけど。


 しかし、アリサの言うことは意味不明なことばかりだけど、ただ一つ。『好きな人と一緒に食べる食事が、この世で一番美味しいし、その時間が一番幸せ』という一点においては、実は同意見たったりする。

 もっともその好きな人と言うの、はもちろんアリサのことじゃない。今目の前にいる、公子のことだ。公子と一緒に食事をするのが、俺の最高の楽しみなのだ。


「待ってろよ。すぐに美味しいハンバーグを作るからな」


 嫌なことは忘れて、二人の時間を楽しもう。

 公子の頭を撫でながら、俺はニコリと笑った。

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