屋上ランデブー
かつどん
また、屋上で
「続きまして、新入生代表挨拶」
司会の先生が淡々と入学式を進めていく。
これからはじまる高校生活の第一歩である入学式、本当ならこれからの生活の不安だったり期待を胸に参加するべきなのだろう。
されど入学式だ。
周りを見ると首をカックンカックンと揺らしながら眠気に耐える人、深く俯いて完全に夢の中の人だったりと多くの人が睡魔に襲われていた。
僕、一之瀬音也もその一人でなんとか目だけは開いているような状態だった。
「新入生代表の方は壇上へ上がりください」
「はい」
呼ばれた女の子は、少し上擦った声で返事をして壇上へ向かう。
見た目は三つ編みでメガネの、いかにも真面目そうな女の子だった。
階段を登るのにもそわそわと落ち着かない様子で、なんだか見ている僕まで大丈夫かと不安になってくる。
壇上に上がると礼をして、小さく深呼吸をしてから話し始めた。
「暖かな春の訪れとともに・・・」
時候の挨拶から入るありきたりな挨拶、話し方も決して明るくはない。
彼女の挨拶が始まっても睡魔が消えることはなかった。
多分、僕以外は。
どうしたのだろうか、なぜだか彼女の話している姿から目が離せない。
なぜだか彼女の声を聞いていると体中が熱くなって、動悸が早まり胸が苦しくなる。
「・・・以上をもって新入生挨拶とさせていただきます、新入生代表、根倉雨音」
生まれて初めての感覚にボーッとしているといつの間にか挨拶は終わっていた。
安心しきったのか壇上から下りる彼女は少し微笑んでいた。
僕は気づいてしまった。
症状だけ見れば完全にやばい病気。
ただ、どうしてか幸せな気持ちで溢れている。
・・・そうか、これが一目惚れなんだ。
その時、新しい学校生活と共に僕の初恋が始まった。
・・・そんな入学式から早一週間がたった。
この一週間で根倉雨音についていろいろと分かったことがある。
一つ目。入学式の日には全く気付かなかったが僕と根倉さんは同じクラスだった。
これが分かった時は本気でガッツポーズをした。
二つ目。根倉さんはめちゃくちゃ頭がいい。
入試ではトップの成績で、入学式の代表挨拶をしたのもそのためだそうだ。
そして問題の三つ目、根倉さんはあまり人と話さない。
休み時間は一人で本を読むか勉強をしている。
もし話しかけられても一言か二言で話を終わらせてしまう。
そのため、まだ学校が始まってから一週間しか経っていないのに、冷たい人だとか苗字のせいもあり「根暗」と言われてしまっている始末だ。
そんな状況で用もないのに話しかけられるはずもなく、結局僕はまだ彼女と一度も話したことがない。
そんなある日、僕が下校の支度をしていると担任の上田から声をかけられた。
「おい、一之瀬! 頼みがあるんだが・・・」
「はい、なんですか?」
・・・出来れば面倒くさいことではなければいいんだけどな。
「実は、屋上の掃除担当を決めるのを忘れてな。頼まれてくれないか。」
残念ながら、面倒くさい事だった。
「屋上に掃除は必要なんですか?そして、どうして僕にそれを頼むんですか?」
「細かいことは聞くな、もう上が決めちゃったことなんだよ。」
なんて理不尽なんだ。
・・・というか僕じゃなくてもいいじゃないか。
「さっき根倉も誘っておいたから二人で頼むな」
前言撤回だ。
それは僕じゃなきゃいけない。
「はい!」
「き、急にやる気になったな」
頼んだぞと先生に肩をポンと叩かれた後、僕は全速力で階段を駆け上っていった。
ついに根倉さんと話すきっかけを手に入れた!
どんな話をしようか、というかちゃんと話が出来るだろうか、少しパニックになりながら下校中の生徒とすれ違っていく。
そして、何も考えがまとまらないまま学校の一番最後の踊り場、屋上の一歩手前まで来てしまった。
床に根倉さんのバックが置いてあったので、その横に僕も荷物を置く。
目の前のドアの向こうに根倉さんがいると思うと、すごい緊張する。
深呼吸をしながら近くの掃除ロッカーから掃除道具を取り出す。
あとは屋上のドアを開けるだけ。
そうだ、最初は今日から掃除よろしく、と挨拶から入ろう。そして、なんで屋上の掃除なんてしなきゃいけないんだ、みたいな話をしよう。
そんなことを考えながらドアを開けると、屋上特有の強い風が吹いてきた。
目の前には根倉さんがいた。
三つ編みを指でくるくるとしながら、正門の方向、下校中の生徒達を眺めていた。
夕日に照らされたその姿は、写真にしてとっておきたいほど綺麗だった。
「ね、根倉さん! 今日から掃除よ......」
考えてた台詞を言おうとしたが、彼女の足元を見た瞬間に頭が真っ白になった。
根倉さんは靴を脱いでいた。
見間違いだと思い何度も見直した。
・・・が見間違いではなかった。
屋上で靴を脱ぐ行為からみて、自殺という二文字が頭に浮かんでしまう。
僕が ほうきとちりとりを持ったまま唖然としていると、僕に気づいた根倉さんがあっという表情をしてそそくさと靴を履いた。
根倉さんはすぐに顔を背けてしまったため、よく表情が見えないが心無しか頬が赤くなっているように見えた。
「・・・根倉さん、今何しようとしてた?」
「あ、え、えっと・・・」
根倉さんは困った様子で三つ編みをくるくるとさせながら、もじもじしている。
つい聞いてしまった、聞かずには居られなかった。
・・・というか聞くのは不味かったか?めちゃくちゃ困ってるし。
「ね、根倉さん! 掃除しよう!」
かなり強引に話をそらしてみると、根倉さんは小さく頷いた。
淡々とほうきで落ち葉を集めていく。
・・・気まずい。
一緒に掃除してる初恋の人が、さっきまで不穏な動きをしていた。
こんな状況で、どんな話をしたらいいか分からなかった。
それに、根倉さんから話を振られるなんてことも無い。
根倉さんがささっと落ち葉を集め、ゴミ箱へ捨てる。
結局、一言も話すこと無くあっという間に掃除は終わった。
このまま解散してしまうのか?
まだ一言も話してないぞ?
色んなことを考えながら階段の踊り場まで出てきてしまった。
根倉さんがバックを手に取る。
とりあえずなんでもいい声をかけるんだ!
「ねく・・・」
「い、一之瀬くん!」
僕から声をかけようとしたその時だった。
まさかの向こうから話しかけてきた。
「イントネーション・・・それだと根暗になっちゃうから・・・根にアクセントつけて!」
根倉さんは絞り出すような声で、途切れ途切れに言った。
やはり何度聞いても、落ち着く綺麗な声だ。
「ご、ごめん・・・」
イントネーションは完全に無意識だったので咄嗟に謝ったが、完全に地雷を踏んでしまった。
もう根倉さんとはここまでなのか・・・
「だから出来たら・・・名前で呼んで!!」
思いもしない返答に意表を突かれる。
てっきり、話しかけないでくらいは言われると思っていた。
初めて根倉さんと、きちんと目を見て話す気がする。
根倉さんは頬から耳までが赤く染っていた。
いつもの根倉さんからは想像のつかない、必死に訴えてくる姿は、どこか子供らしさが見えてかわいいと思ってしまった。
「じゃまた明日」
すぐに顔を背けると、あっという間に帰っていってしまった。
僕は数分間、唖然として立ち尽くしてしまった。
いろいろ収拾がつかず頭が破裂しそうだが、明日も掃除に来てくれること、これから名前で呼ぶことだけしっかりと理解した。
そして、靴を脱いでいた事に関してはとても気になるが、自殺とも断定したくないので、一度頭の片隅に置いておくことにした。
こうして、僕と雨音さんの初絡みは距離が縮まったような縮まらなかったような、微妙な感じで終わってしまった。
・・・次の日の放課後。
帰りの挨拶が終わり、雨音さんの席を見るともうすでに彼女の姿はなかった。
昨日もそうだったが、雨音さんは僕が思っていたよりも動きが素早いようだ。
・・・屋上で一人にさせるのはちょっと不安だな。
僕は急いで帰りの支度をして、屋上に向かった。
階段の踊り場に雨音さんの荷物がある事から、掃除に来ていることを確認する。
深呼吸をして心を落ち着かせる。
これから名前で呼ぶことになる分、昨日よりも緊張する。
昨日、靴を脱いでいたあの行為も気がかりだった。
しかし、例え雨音さんが自殺志願者だったとしても、僕が根倉さんを好きな事には変わりはない!
今日からは名前で呼ぶんだ!!
そう心に誓ってドアを開ける。
相変わらず屋上特有の強い風が吹いてくる。
雨音さんはまた三つ編みをくるくるとさせながら、下校中の生徒たちを上から眺めていた。
やっぱり、雨音さんと夕日の組み合わせは絵になる。
これを見るために、掃除に来たと言っても過言では無いかもしれない。
「掃除始めようか、雨音さん」
声をかけると、名前呼びに不意をつかれたのかビクッと反応した。
「・・・うん」
返事をすると、また雨音さんは頬を赤らめながら俯いてしまう。
俯いて顔を隠してはいるが、耳まで真っ赤になっているのを見ると照れを隠しきれていないところがまたかわいい。
昨日も思ったけれど、雨音さんが人と話さないのは無口な性格だからとか、そういうのじゃないんだな。
多分、相当の恥ずかしがり屋なんだろう。
ただ、そこまで僕と話すことに照れられるとなんだかこっちまで恥ずかしくなってくる。
ちょっと気まずい空気の中、掃除を始める。
「雨音さんっていつもなんの本読んでるの?」
昨日会話が出来なかった分、今日はリベンジのつもりで話しかけてみる。
「・・ライトノベル・・・恋愛の」
ちょっと意外だった。
てっきり難しい本でも読んでると思っていた。
「そっか、どんな話なの?」
「・・不老不死の女の子に恋をする男の子の話だよ」
「あ、それってもしかして最近アニメでやってた?」
すごい、ちゃんと会話が出来ている!
ただ雨音さんは僕と目を合わせて・・・
「そう!」
あ・・・目が合った。
「私もアニメ見てていいなって思って、小説買っちゃって・・・」
そして、僕はなにか雨音さんのスイッチを押してしまったらしい。
掃除を放ってまで、こんなに嬉しそうに話す雨音さんを僕は見た事がない。
さっきまであんなに俯いていたのに、目をきらきらさせて話している、まるで人が変わったようだ。
・・・こんな表情もするのか。
「アニメと小説でまた全然違って・・・あっ」
急に我に返り、また頬を赤くしながらスっと掃除へ戻っていく。
「・・・ごめんなさい」
さっきまでの勢いはどこに行ったのか、また俯いてしまった。
その変わりように、思わず笑みがこぼれる。
「謝らないで、もっとその話聞きたいな」
そう言うと、雨音さんは「うん」といって照れながらも続きを話してくれた。
結局、それから目を合わせてはくれなかったけれど、その時間はとても楽しくて、掃除はあっという間に終わってしまった。
「今度あの小説読んでみるよ、また明日も掃除よろしくね」
もう夕日も沈みかけている帰り際、最後にもう一度声をかけた。
「うん!」
雨音さんはニコッとかわいい笑顔で返事をした。
思わぬかわいいの不意打ちに、口角が上がりそうになるのを我慢する。
「じゃ、また明日ね雨音さん」
「・・・またね」
そう言って雨音さんは、またサササッと帰ってしまった。
今日は昨日よりもたくさんの会話が出来た。
さらには雨音さんの笑顔まで見ることが出来てしまった!
明日はどんな話をしようか、明日も雨音さんは笑ってくれるだろうか、頭の中はそれでいっぱいになっていた。
・・・それから約一ヶ月が経った。
担任の上田には掃除当番の交代を提案されたが、適当に流しながら掃除を続けていた。
クラスで話すことはなかったが、この一ヶ月たくさんの話をした。
小説の話、勉強のコツ、好きな食べ物の話、などなど。
最初は雨音さんが話しやすそうな話題を振るようにしていたが、今ではそんな気を使うことも無くなって、前よりも話す量は増えていた。
そして、日に日に雨音さんの笑顔も増えていくように感じて、それが嬉しかった。
また、クラスで「根暗」とか呼んでる奴らは知らない、雨音さんの表情を見るたび優越感すら感じていた。
掃除の回数が増えていくたびに、僕はどんどん雨音さんに惹かれていった。
もう既に、掃除初日の「あれ」のことは何かの間違いだったとしか思えなかった。
・・・そして、ある日の放課後。
いつものように、雨音さんは先に屋上へ向かう。
僕もそれを追うように屋上へ向かう。
それから、屋上の踊り場で掃除の準備をして、ドアを開ける。
・・・珍しい、今日は風が無いな。
「雨音さん、掃除・・・」
いつも通り、声をかけようとしたその時だった。
正門の方向を向いていた雨音さんが、結んでいた三つ編みをほどいた。
その瞬間、強い風が吹いた。
雨音さんの髪が、風の流れに乗ってなびく。
三つ編みじゃない、ロングの雨音さん。
いつも、夕日に照らされる雨音さんは綺麗だが、今日の雨音さんには心奪われる美しさがあった。
なぜか掃除初日のことを思い出す。
このまま柵から身を乗り出して、向こうに行ってしまうのではないか、そんな考えが脳裏をよぎってしまった。
「あ、雨音さん!ダメだ!」
咄嗟に体が動き、彼女の手を握ってしまった。
「え、えぇ・・・?」
雨音さんの頬が一気に赤くなる。
「僕は雨音さんともっと掃除したいし、会話もしたいからこんなことダメだ!」
こういう時の止め方なんて知らない、ただ自分の素直な気持ちを伝える。
「・・・ふふ」
「雨音さん?」
「あはは!」
・・・あの雨音さんが声を出して笑っている?
掃除初日の時のように、また僕は唖然としてしまう。
「ご、ごめん急に笑ったりして」
雨音さんが、まだ少し笑いながら謝る。
「やっぱり最初の靴脱いでたこと、変に誤解させちゃったかな・・・」
雨音さんは全て説明してくれた。
あの日、新しい靴のサイズを間違えて買ってしまったために、靴擦れを起こしてしまったそうだ。
それで、耐えきれずに靴を脱いでいたという訳らしい。
そして急に髪をほどいたのは、単純にゴムが切れてしまったからだという。
・・・要するに僕の勘違い、早とちりだったという事になる。
多分、今の僕は雨音さんに負けないくらい顔が赤いだろう。
「ごめん、俺勘違いしてた」
「いいよ・・・私もあの時、緊張してて話せなかったのも悪いから。」
・・・すごい恥ずかしい。
恥ずかしさの余り、つい雨音さんから目を背けてしまう。
「さ掃除しちゃお、一之瀬くん」
僕がうなだれていると、向こうから声をかけてくれた。
・・・これじゃあ初日と立場が逆じゃないか。
掃除を始めると、雨音さんから声をかけてきた。
「ねぇ・・・さっきの話さ・・・」
「うぅ・・・もう勘違いしてた話しは止めてくれ、恥ずかしいだろ」
「ち、違うの、そっちじゃなくて・・・」
頬を赤らめ急にもじもじする。
「私ともっと掃除したい、会話したい、ってほんと?」
僕が咄嗟に言ったことを、雨音さんは聞き逃していなかった。
しかし、思いを伝えるには今がチャンスなんじゃないか?
「あ、あれは、そ、その・・・」
伝えようとするのに、パニックと照れで上手く言葉が出ない。
「私、知ってるよ?入学式の挨拶の時から、ずっと私の事見てたでしょ?」
雨音さん、一体何を言って・・・?
「昔からこの性格で一人だったから、人の視線とかよく分かるの」
・・・最初からバレてたのか?
衝撃の事実に驚きが隠せない。
「ねぇ・・・一之瀬くんがしたいのは掃除と会話だけ?」
頬を真っ赤にしているが、目はしっかりと僕の方を見て話してくる。
「え、えっと・・・」
こんなにSっ気のある雨音さんは初めてだ。
雨音さんは僕の気持ちにとっくに気づいている上で、僕に言わせようとしてる。
ならば、それに応えるのが男か・・・!
「雨音さん、す・・・」
その時だった。
「おーい、まだ誰かいるのか!」
日も長くなり、気づかなかったがいつもより時間が経っていたらしい。
見回りに来た、上田だった。
「もう屋上閉めるぞ!早く帰れ!」
くそ上田!邪魔しやがって!!
「雨音さん!僕・・・」
急いで伝えようとすると、雨音さんが人差し指を僕の口元に当ててきた。
「また今度・・・聞かせてね?」
雨音さんが軽く微笑む。
「・・・わかった」
腑に落ちないがしょうが無い・・・
「じゃあ、雨音さんまた明日ね」
「・・・明日は土曜日だよ」
「あっそうか・・・」
次に会うのは来週なのか、せっかくあと一歩ってところまで来たのに・・・!
諦めかけていたその時、雨音さんが口を開いた。
「別に、明日でもいいんだよ?」
その一言で、僕の胸が一気に熱くなった。
「明日、十一時に駅で待ち合わせにしよう!それでお昼を食べて、それからそれから!!」
「わはは!」
また雨音さんが大きく笑う。
「一之瀬くんテンション上がりすぎだよ」
「ははっ!」
僕も釣られて笑ってしまう。
「何やってるだ!置いてくぞ!!」
さっきより大きい声で上田が怒鳴る。
「雨音!」
「えっ?・・・」
つい、思いが高ぶりすぎて呼び捨てにしてしまった。
「明日、約束だからな!」
「うん・・・分かった、音也くん」
・・・な、名前で呼んでくれた!
雨音さんには不意をつかれてばっかりだ。
つい口角が上がってしまう。
でもまぁ、今なら隠さなくても大丈夫かな。
また、屋上に強い風が吹く。
いつもなら鬱陶しいだけだが、今この瞬間だけは二人の背中を押してくれる、追い風に思えた。
屋上ランデブー かつどん @katsudon39
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