魔法時間に花束を。 短編徒然

悠紀

第1話


「...ちょっと待ってて、ロッド部屋に置いてきちゃった。とってくるね」


そう言い残し自室に向かう。仮にも敵対しているクロムとリムイを残していくのはどうかと思ったが、2人なら別に大丈夫だろう。あまりに頻繁に家に来るので他人という意識が既にどこかに行きかけていた。

もしも、もしも別の形で出会うことができたなら。こんな権力にがんじがらめにされた立場ではなく、ただの一人の人間として出会えていたら。そんな絵空事を描きながら道を進む。


自室に近づいた時、 パキン と小さな音がした。小さな小さなそれは、聞き覚えのある、どこまでも不吉な音。

慌てて部屋に入っていく、大きな音をたてて跳ね返ってくるドアが鬱陶しかった。


部屋の中に見えたのは____


「ココノ...?」


紛れもない、ボクの大嫌いな妹がそこにいた。なんでここに。それより、今、何を...


「兄さん!あのね、今ココね!」


ボクの顔を見たとたんに顔をほころばせたココノに苛立ちさえ感じる。だが次の瞬間には、そんな感情さえも色を失っていた。

____彼女の手の中で輝く黄色のソレ。球体だったはずのソレは、粉々になって光を反射して煌めいていた。まさかそれは、駄目だ、だって、それを割ってしまったら


「あの人たちの思い出、全部ココが壊してあげる!兄さんは優しいから、ココが代わりにやってあげるよ!」


どう、嬉しい? と、褒めてと言わんばかりに笑いかけてくる彼女にもはやなんの感情も湧かなかった。だってソレを壊されたらもうボクの手で元には戻せない。

何をしたって、彼らには許してもらえない。だってボクは、彼らにとっての悪役だから。


「......っ」

「? どうしたの兄さん?」

「っ出ていけ!勝手な事しないでよっボクは...これ以上ボクの人生に関わらないで!ボクの大切なものを壊さないで!!」


思わず声を荒らげてしまった、ここは音が響くから彼らにまで聞こえてしまったかもしれない。ボクの気持ちなんか知らず、ココノは不思議そうに首をかしげた。


「でも、ココは兄さんのために...」


ボクのため?

違う、だってボクはこんなこと望んでいなかった。今だって後悔している、もっとボクに力があれば。父さんに逆らうだけの勇気があれば。

父さん権力を望まなければ皆は家族の愛の中で優しく生きられた。父さんがあんな事しなければユメやレオの思い出なんて奪わなくてもよかった、彼らに嫌われることもなかった。だからココノのやることも父さんにやることもボクのためなんかじゃない、全部ぜんぶ自分のためだろう。

ボクは...彼らの友人の一人として、ただ平凡に生きてみたかった。そんな小さな願いすら叶わない幻想にしたのは、間違いなくお前達だ。


「いいから...早く出ていってよ」


叫ぶ気力すら無くしポツリと呟く。

ああ、また駄目になる。少しはリムイ達に信用してもらえたと思ったのに、全部また最初からだ。納得していない様子でココノはどこかに帰って行った。


部屋に入り、ココノが壊した物をあらためて見る。予想していたとおり、ユメとレオの思石。それも黄色...という事は


(......楽しかった、記憶)


ここまで粉々にされるとボクの力では操ることは出来ない。だから...何かに混ぜて直接体内に戻すくらいしか方法がない。それなのに敵であるボクが、存在すら認識されていないボクが。そんなこと出来るはず、ないだろう。

最悪だ、記憶が戻った時に欠けているところなんてあってはいけないのに。


グルグルと同じような思考を繰り返し辿っていると、トタトタと控えめな足音が近づいてきた。


「リョウキ?妹さん、行ってしまいましたがいいんですか?」

「オレ達邪魔だったかな?帰った方がいい?」


心配そうにこちらを伺う声が背後から降ってくる。敵であるボクに、全ての元凶にすら優しい視線を向けてくれる二人に、ボクは何を返せるだろう。

大切な幼馴染の記憶を奪っておいて、欠けさせて、戻すことができないなんて。

誰だって、そんな奴許したくはない。


...限界まで嫌われたら、殺してもらえるのかな。


その考えだけが、今のボクには光に思えた。

そうだ、どうせ悪役をするならとことん極めてやろう。そうして皆がボクを殺すまで、ずっとずっと、悪役を貫き通そう。


そうすればきっと、ボクの焦がれた光達がボクを殺してくれるから。

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