第70話 燃え騎士(物理)

砂塵舞う中、僅かに見えた錆色の光を目指してニカは爆走する。


大小様々な岩石が転がる悪地であろうと、臆する事なく力強く大地を駆ける姿はまさに一角獣ユニコーンそのものである。


「チィッ!」


視界およびマップを見る事ができない【失明 】状態でありながら、音で危険を感じ、愛剣であるソードブレイカーを構えたのは、さすが契約者えらばれしものといったところか。


だが、遅い。


既にニカはバーンスの眼前まで迫っていた。


いや、そもそも全速力の突撃槍ランスをソードブレイカーで押し止める事などできるはずもなく。


ー ズガガガガァアアアアア!!! ー


轟音と衝撃、そして槍がバーンスの身体を突き抜けた。


動きやすさに重点を置いた錆色の軽鎧では防御を期待できず、岩壁に打ち付けられた彼のHPバーは満タンからみるみるうちに減っていき、レッドゾーンへと突入する。


「クソが!騙しやがったなクソ女!」


視界と身体の自由を奪われながら、悪あがきでバーンスは騙したニカへと悪態をついた。


しかし


「黙りなさい。むっつりスケベ。」


ー ガンッ! ー


「あふぅっ。」


ニカは相手する事なく、反論不可能な一撃をピシャリと放ち、同時にバーンスの身体を蹴りつける。


僅かに残っていたバーが消え、彼は悩ましげな声と共に消えていった。


下心しっぱいを人のせいにするなんて最低だわ!もうっ。ユウ君を見習えば良いのに。」


ニカはぷりぷり怒りながら、突き刺さった愛槍を岩壁から引き抜く。


一方、その想い人はというとーー


ー ゴォオオオオオ! ー


燃え盛る炎の音と共に赤い煌めきが増した鎧を身に纏い、周囲を広く揺らめかせながらドリューと死闘を繰り広げていた。


『憤怒強化』


ドリューの攻撃が、ユウの逆鱗へと文字通り触れたのだ。




ー 遡ること数秒前 ー


「あ、メロ先輩!パンツ見えるよっ!」


(え!?パンッ!?いやいやいやっ!)


ドリューとの激しい戦いの中、やけにはっきり聞こえたニカの叫びにユウは思わず反応してしまっていた。


だがそれは仕方のない事である。


ユウは聖人君子ではなく、どこにでもいる青年、そして、そういうお年頃なのだ。


ただ、彼は未遂であった。


振り向く寸前、理性が警告音を発したので、本能を無理矢理押さえ付けてギリギリで押し留まったのだ。


その直後、一瞬だけ戦場がやけに明るくなり、ユウは先程のニカの叫びが何かしらの罠であった事に勘づいた。


たぶん、バーンスを見つける為か、目を眩ませる類の魔法だろう。


完全に振り向かなかった自分を、自分で褒めてあげたい。


そう思った矢先である。


ー ガガギィイイイン! ー


金属同士が打ち合う轟音が喉から発せられ、気付いた時には、激しい衝撃ノックバックと共に大きく仰け反っていた。


誘惑パンツには勝った。


ただ、致命的な隙は見せてしまった。


その結果、ドリューの大爪を前に、げきりんを晒す事となったのである。


そして、現在。


ー ジュォッ! ー


「グゥッ!」


強化されたステータスと熱量によって、剣と打ち合わせたドリューの大爪を容易く熔かし斬る。


与えるダメージは少ないものの、確実にドリューの生命力HPは削られていく。


ただ、ユウ側にも余裕の表情はみられない。


彼のHPバーも残り僅かしかないからだ。


逆鱗は強化のトリガーであると同時に弱点でもある為、被ダメージが増幅する。


もっとも並大抵の攻撃であれば、堅牢な黒鎧の防御力と、スキルの熱量によって、逆鱗まで届く事はない。


逆鱗に触れる権利を持つのは、それらの壁を突破できる威力を持つ攻撃だけである。


逆にいえば、それだけの威力を持つ攻撃を急所に受けるのだ。


大きな強化おんけいを受ける分、下手をすれば瀕死、最悪HPバー全損になる危険もある。


まさにハイリスクハイリターンの強化である。


スキルの効果切れまで残り1分と少し。


さすがに1人で倒せるとは思っていない。


ただ、何かしら状況が良い方向に変わるかもしれない。


そう願いながらユウは剣を振るう。

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