日燃ゆる様、沈むは暁光

双葉使用

第1話

車が、崖を切ってコンクリート舗装で押さえつけ通した静かな山道を進む。辺りは夜で、空には遠く星々が瞬いている。普段なら清涼な空気を肺腑に取り入れるために路肩にでも止めてまったりするのだが、今日はそうはいかない。

定期的な振動と、喧騒のない闇に繰り出すことによってどうにか集中しているのだ。季節は冬。ロケーションは最高。締め切りはおとといです。

私は作家の双葉。閥族の末裔に生まれたりしたけど作家の双葉。印税だけではまるでローンが足りないキャンピングカーという高級車で暮らす住所不定の天才小説家だ。娘にみこという子もいる。血縁はないのだが、まあその話は後々。

なんでこうも締め切りに追われているのか、のが今は大切だ。あれは暑い夏の日から雪の降るつい先日までの幅広い期間だった。まあつまりは半年間ずっとだ。ずっとネタが出なかった。もうこうなったら他人の作品をミキサーにかけるしかないかと4度は考えた。まあ私の幸の薄そうな担当が4度とも止めてくれたのだが。ありがとうね。

「あ~、書けない……」

数えるのも憚られるほどに吐いた弱音を最後に、私は車の壁に打ち付けられた。不思議な浮遊感があった。それは意識が落ちるときのものなのか、それとも本当に落ちているのかはわからない。確認する前に、私の意識は消えた。


「……う、あれ、みこ、生きてる~?」

寒い。鋭い寒さは外の気温のもので、鈍い寒さは失血かな。頭が切れているらしく、顔の左側だけがぬるい。車内は暗く、そして歪んでいた。はじめにみこの安否を心配し、次に保険適用外ではなかろうなと心配し、最後に【作者急病のため】で休めると思った。3徹目、精神は限界だった。何よりも進捗がないことに。

そこでふとまた切れた。眠ったらヤバいやつだ。いままで数多くのピンチは切り抜けて来たが、いい加減ダメか……眠い……。


そして、車の影。そこに這いつくばる、一人の少女。闇に光る白い髪に、炎を融かした水晶のような赤い目。厚い服から砂を払い、よろよろ起き上がる。

みこと呼ばれていた女の子だ。

「いててててて、なんだったんだ、あの、あれ……」

思い出す。いましがた、道に飛び出した影があった。私は免許を持っていないから、お母さんの教え通りとりあえず轢くことにした。飛び出した方が悪いし。それで……

見上げる。冷たい青い月が、さっきより少し離れて輝いている。

「なんで崖を落ちているんだ?」

ガードレールを破った記憶もない。だが視界には記憶にない土の肌が見える。と、そこでお母さんの声が聞こえた。私の無事を問う声だ。まったく仕方がない……。家事も仕事も出来ないダメ人間なくせして、一丁前に私を気遣ったりして……やれやれ。私はちゃんと対策として厚着していたから、軽い打撲で済んでいる。やはり私のが有能だ。


そして、崖上から覗く影。誰にも見られずに、しかしじっと見つめていた。


「うーん……みこ、心配かけてごめん……」

お母さんはまだぶつぶつと言っている。謝るくらいならはやく原稿料を貰って欲しい。とりあえず倒れたキャンピングカーから引きずり出して、巻いていたマフラーで傷口を圧迫する。安全を見て、羽織るように肩で担ぐ。……念のため、も用意して。こういう時は、まずは川を探さなきゃ。でもお母さんを置いていってヘビにでもやられたら嫌だな。車内も安全ではない。お母さんの家は血縁をそこそこ重んじるらしいから、私が生きていくにはお母さんが必要だ。

打算的に、助けないと。あくまでも打算的に。心の中で言い訳をして、崖沿いに森を歩きだした。見渡す限りの森である。

「お母さん、軽いな……」


数時間ほど歩いた。地面は硬く、乾いている。草の少ない、木だけの森。こういうところは確か……

「下草の多いところに、きっと水辺がある……!」

ふと、水のにおいがした気がした。木々の作り出す柔らかな涼しい空気ではない。凛と澄んだ気配。こっちだ。


「あった……!」

開けた河原だ。広い川にも面していて、細く鋭い草がざくざくに生えているもののスペース十分。よし。

楽な姿勢で寝かせる。あちこちを擦りむき、軽い裂傷と全身の打撲が主な怪我。命に別状はないだろう。

──!

「誰だ!」

ざわりとした。なんというか、死の気配だ。放っておいたら、お母さんが死ぬ気がした。……いったいどこから?いつ?

とにかく私は、銃を握りしめた。私の死んだ本物の親との、唯一の絆。コレで知らない"敵"を殺すのが親との唯一のコミュニケーションだった。彼と、お母さんに助けられるまでは。あの時と同じだ。違うのは守るべきヒトがお母さんで、銃には弾が込められていないことだ。

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