進路選択にて

川和真之

第1話 プロローグ

 西暦21××年、高校教員の福川は、職員室の椅子に深く座り、担当クラスの進路希望のデータを見て大きくため息をついた。ディスプレイには――3年2組進路希望調査結果、大学進学希望2名、留年希望5名、『しあわせ選択法』適応希望1名、計8名――とある。

「お、ついに来たね。現役ストレートで『しあわせ選択法』適応希望の子が。君にとって史上2人目か。福川先生おめでとう!」と、同僚の佐々木が皮肉たっぷりに福川の肩をたたいてきた。

 福川が黙っていると、佐々木は首を大げさに振り、続けてこう言った。

「ずいぶんと不満そうだけど、自分のやり方がおかしいって、そろそろ気づいたらどうなんだよ。単位を取得しているのに、留年なんて認めるべきじゃない。3年間何をしていたんだって話だよ」

 福川は佐々木を睨みつけるが、何も発することはない。そんな福川を見て、佐々木はさらに言葉を続けた。

「『しあわせ選択法』の何が悪いんだ。この法律のおかげで、世界中が落ち着いたのは事実だろう。通り魔、自殺、テロ行為、痴漢に窃盗、レイプ発生数、データが示している。俺のクラスは半分が現役ストレートの『しあわせ選択法』適応希望者さ。この法律はね、悩める人類を、世界を救ったんだよ」

「根本的な解決にはなっていない」と福川が言った。

「はいはい、そうですか。では、代案は?」

「……、ここで議論する気はないよ」

 福川の言葉をきいて、佐々木は大げさに笑ってみせた。

「これだから政府の反逆者、『しあわせ選択法』反対論者さまは困る。まったくの感情論で、論理を持ち合わせていない。君みたいな人は、もう“人”でいることを辞めた方がいいのさ」

 福川は佐々木を睨みつけた。

「おっと、わざわざこれを言う必要もなかった。どうせ、今日限りだったねえ」

 佐々木が言い終わると同時に、福川は立ち上がり佐々木の胸ぐらを掴んでいた。佐々木の勝ち誇った顔と、福川の悲痛な顔が並ぶ。勢いよく後ろの机にぶつかった椅子は大きな音をたてたが、職員室にいる教員たちは感心を示さず、視線を送る程度で各々の仕事を続けていた。佐々木は汚いものを触るような素振りで福川の手を払いのけ、職員室から出ていった。

 福川は深くため息をつき、時計を見た。

 このあと、彼には生徒との二者面談が待っている。いや、モニタリングされながらの面談は、二者面談とは言わないかもしれない。『しあわせ選択法』反対論者の教員は、極刑になりかねない。佐々木による内部告発で疑いをかけられた福川は、国家監視員から直接モニタリングを受けることになっていた。

 今日の面談は、卒業前最後の面談だ。

 一人目は大学進学希望のAさん、二人目は留年希望のBくん、そして、三人目は『しあわせ選択法』適用希望のCさんである。

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