2:学園聖女と七不思議

第1話

 王宮の廊下を歩く一人の少女。普段見かけないそんな少女がいるのを見て、今日も今日とて好き勝手に生きているエミリーは声を掛けた。少女も急に声を掛けられたことでビクリと震えたものの、すぐに気を取り直して振り返る。

 どこか見覚えのある綺麗な金髪を左右で結んだツインテールも、少しツリ目気味の瞳も、そしてエミリーよりも少し小柄なその姿も。ぱっと見の印象で述べるのならば一言で表せた。


「ツンデレキャラだ……」

「はい?」


 突如訳の分からないことを言い始めたエミリーへと、少女は怪訝な表情を向ける。呼び止めておいてその態度は一体なんなのか、そんなことを思っているのだろうというのが伺えた。

 当然それは彼女にも伝わる。ごめんなさいと素直に謝ると、エミリーは少女へと問い掛けた。一体王宮に何の御用ですか、と。


「え? えっと、わたしのこと、知らない?」

「ん? ひょっとして王宮を顔パスで行ける人? にしては見覚えが――」


 エミリーの質問に首を傾げた少女を見て、彼女も何かを考え込むように顎に手を当てた。そうしてしっかりと少女の顔を見たエミリーは、気付いた。目の前にいるのが誰なのか、理解した。

 最近聖女の記録に頼らないようにと意識していたのが災いしたのだ。瞬時に英美里データベースは答えを弾き出し、余計な知識まで芋蔓式に引っ張り出す。口にはしなかった。したら完全なる不審者である。


「まあ、いいわ。わたしはクラウディア。クラウディア・アイレンベルク。ここの王太子であるクリストハルト殿下の婚約者カサンドラの妹で」


 そこで彼女は言葉を止めた。目の前のエミリーがなにやら感極まった表情をしていたからだ。一体どうしたのかと再度首を傾げる。

 一方のエミリーは必死で耐えた。最推しは勿論カサンドラとクリストハルトのカップリングだが、そこに妹であるクラウディアが加わるのも割と好きなのだ。クラウディア自体のイラストや3Dモデルもお気に入りであることも拍車をかける。つまり何が言いたいかというと。

 久々に弾けた。内心では既にひゃっほーい状態である。


「どうしたの?」

「だ、大丈夫です。気にしないで」


 大きく深呼吸して、垂れそうになっていた鼻血を押し込んだ。そして、いかんいかんと首を振った。聖女の記録に頼り切らない宣言を一ヶ月経たないうちから破るとかそんなことをしたらただの馬鹿だ。具体的には一週間である。三日坊主よりはマシかな、程度だ。ちなみに宣言自体はカサンドラの騒動後一ヶ月半で三回目である。ただの馬鹿確定だ。


「ふう。すいませんでした。あたしはエミリー、エミリー・フルーエと申します」

「……エミリー、さん? 姉さまからその名前を聞いていたような」


 むむむ、と何かを考え込むような仕草で腕組みをする。そんなクラウディアを見ていたエミリーは、気付いた。重大なことに気付いてしまった。


「うお、でかっ……」


 もにゅりと押し上げられた山脈がこれ以上ないほどに自己主張していた。エミリー自身もそれなりにあるし、カサンドラもスタイルはいいが、クラウディアの胸はそれ以上だ。巨乳山脈である。トルデリーゼとジゼルは、無くはないが勝負にはならない。アルマは可変式なので論外である。

 それはさておき、どうやらカサンドラは妹との会話の中で自分の名前を出していたらしい。そのことを知ったエミリーは、思わず拳を握っていえいと天に突き上げた。


「あ、それでえっと、クラウディアさん。今日は何の御用で?」

「ああ、すっかり忘れてた。姉さまに会いに来たのだけれど、聖女の執務室ってどこなの? この間来た時はそんな場所なかったから」

「……案内頼めば良かったんじゃ」

「勢いで分かったって言っちゃったから……」


 しょぼん、と項垂れるクラウディアは小動物的な可愛らしさがあった。見た目とは裏腹に、どうやら中身はカサンドラ似らしい。聖女の記録だけでは分からないそれを魂にしっかりと刻み付け、エミリーはこほんと咳払いを一つ。そういうことなら任せなさいと胸を張った。


「今からそこ行くから、あたしが案内しますよ!」

「本当!?」


 ぱぁ、と明るくなるクラウディアの顔を眩しいと堪能しつつ、エミリーはではこっちですと彼女の手をとった。






 そうして辿り着いた聖女の執務室の扉を開けると、待っていたのはクリストハルトのお説教であった。どこかに行くならきちんと報告しておけ。そう言ってエミリーの頭にチョップを叩き込む。


「まあまあ。エミリーもずっと勉強漬けだと疲れちゃいますし」

「む、そうか。カサンドラがそう言うのなら」

「王子、ドラ様によえー」


 チョップの二発目が飛んだ。ぐえ、とカエルの引き潰れた声を出しながら蹲ったエミリーであったが、しかし目の前のラブラブな二人を見られたので心はご満悦である。ちなみに最近はほぼ日替わりメニューばりに見ることが出来るので彼女の生活はとても充実していた。

 そうしたやり取りを終えた後、時間を取らせたなとクリストハルトはクラウディアに向き直る。いえいえそんな、と手をブンブンさせる仕草はカサンドラそっくりであった。ただしその拍子にばるんばるんする胸は大分違う。


「と、ところで。こちらの人は?」


 頭を擦りながら復活したエミリーを指しながら問い掛ける。姉が話題に出しているのは思い出したし、今のやり取りで友人関係なのだろうということも分かったが、しかし。

 何故こんな場所で一緒にいるのか。それが不明なのだ。


「ああ、そうか。お前は一度も会ってなかったのか」

「へ?」

「クラウディア。こちらの方は、この間の召喚の儀で喚び出された《剣の聖女》よ」

「……へ?」

「あ、ども。聖女です」

「…………へ?」


 突如理解出来ない情報が飛び込んできたのでフリーズしたらしい。エミリーを見て、カサンドラを見て、そしてクリストハルトを見て。誰一人として冗談を言っているようには見えないことを確認し、つまり本当のことだと結論付け。


「これが、聖女……?」

「これて」

「いやお前はこれ扱いされても仕方ないだろう」


 はぁ、と溜息を吐くクリストハルトを他所に、カサンドラは失礼よと妹を諌めていた。そうは言うものの、彼女自身も正直聖女としては失格だと思っているので内心では同意していた。普通聖女は魔物と友人にならない。

 そうして暫し説明を行った後、エミリーは改めてクラウディアに挨拶をする。剣の聖女エミリー・フルーエである、と。


「姉さまが言っていた例の聖女がこの人だったのね」

「ええ」

「何を言われたかすげぇ気になる」

「それは、その……恥ずかしいので」

「公爵家で集まった時に言っていたの。自分を受け入れてくれた聖女で、大事な友人だって」

「クラウディア!」


 はふぅ、とエミリーが倒れた。いつものことなのでクリストハルトは受け止めることすらしない。床にビタンと音を立てて動かなくなる彼女を見ながら、人のことを言えないなお前もと呟いていた。


「それで、どうしたんだ? 学院は今、連休中だったか」

「あ、はい。魔法師の定例発表の準備で一週間ほど。って、この人ほっといてもいいんですか!?」

「ん? ああ、邪魔なら隅に転がしておいてくれ」

「聖女ですよね!? 扱い大丈夫なんですか!?」

「そうですよクリス様、せめてソファーに寝かせないと」

「そういう問題なの!?」


 少なくともカサンドラとクリストハルトにとってはいつものことなので、別段動じない。が、初見のクラウディアには大層ショックであったらしい。まるで自分が異空間に迷い込んだような錯覚に陥ってしまうほどだ。

 ゼーハーとツッコミ疲れか肩で息をしていたクラウディアを見て、二人はようやくああそうかと気が付いた。慣れ切っていたから失念していたが、割とアレな光景であった、と。


「ええっと、クラウディア」

「な、何? 姉さま」

「エミリーのこれはいつものことなので、別に気にすることはないの」

「気にするよ!? 何で聖女が突然倒れて平然としてるの!? おかしいよ!」

「ただの発作だ」

「病気なんですか?」

「……そうだな、ある意味病気だ」


 頭の、という言葉は心の中に留めた。どこが悪いのかと聞かれると頭が悪いと即答してしまうので、この話はここまでにしようとクリストハルトは半ば強引に打ち切った。クラウディアは勿論納得していないが、とりあえず気にすることはないという姉達の言葉を信じてエミリーをソファーへと移動させる。


「それで、一体どうした?」

「あ、はい。ええっと……」


 正直これまでのショッキングな光景で当初の目的が吹き飛びかけたが、なんとか気合で持ち直す。こほんと咳払いをすると、実は学院についてなんですと言葉を紡いだ。

 クラウディア曰く、ここのところ学院で不穏な噂が流れている。決して存在しないはずの研究室や、誰もいないはずの部屋から聞こえる笑い声。そんな平時であれば一笑に付す噂話が何故かまことしやかに広がり始めているのだとか。


「学校の怪談かぁ」

「あ、エミリー。起きたんですね」

「それでフルーエ、何だそれは。階段? 建物の階層と階層を繋ぐあれのことか?」


 どうやら少し前に我に返ってクラウディアの話を聞いていたらしく、よ、とソファーから起き上がるとそんなことを言い出した。クリストハルトとカサンドラにはよく分からなかったらしく、なんのこっちゃと首を傾げる。

 が、もう一人は違った。知ってるの、と目を見開き彼女を見やる。


「おおぅ。めっちゃ食い付いてきた」

「あ、ごめんなさい。でもその言葉がまさか出てくるなんて」

「学校の怪談?」

「そう。その噂話は、誰が名付けたか知らないけれど、怪談って学院では呼ばれているの。怪しい話って意味らしいのだけれど」

「怪談、か。……それは聖女の記録か?」


 クリストハルトの反応からすると、こちらではあまり馴染みのない単語らしい。エミリーを見るとそう尋ねた。が、当の彼女はその質問には答えられない。それは古上英美里の、転生前の日本人としての知識であって、聖女の記録とは異なるものだからだ。

 それを彼も察したのだろう。成程と頷くと、とりあえず聖女の記録の一部ということにしておこうと話を進めた。


「それで、その怪談がどうしたんだ?」

「あ、はい。ええっと、学院で結構広まってしまったから、それを確かめようとする生徒達も出てきて」

「……まさか」

「うん。数人が行方不明になった」


 それは一大事だろう、とクリストハルトが詰め寄ったが、クラウディアはそうなんですけどと言葉を濁すのみ。行方不明者に何か問題でもあったのだろうかと考えたカサンドラは、クリストハルトを宥めつつそう問い掛けた。

 が、その問い掛けには彼女は俯いて口を開かない。


「……あー、成程ね」

「エミリー、分かったのですか?」

「聖女の記録のおかげだけど」


 資料集やビジュアルファンブックのボツ設定や二次ネタで使われるそれらを統合し予測を立てて答えを出しただけだ。妄想の産物ともいう。

 とりあえずその答えを口にする前に、と彼女はクリストハルトに向き直る。この間の騒動の後、王国の人らって今どうなっている、と問い掛けた。


「ん? まあ、事情を知っても変わらずにいるものが大半だが、中には『魔物令嬢』と呼んで反発し続けているものも――」

「まさか」


 カサンドラも気が付いた。クラウディアに向き直ると、暗い表情でコクリと頷く。行方不明者は五人で、その内訳は貴族の生徒が二人、残りが平民出身の学院生。

 そしてその全員が、魔物令嬢排斥派の子女だ。


「……成程な。事を大きくすれば間違いなく魔物の、カサンドラ達の仕業にされる」

「とはいっても、既に十分大事にはなっているんですけどね……」


 今のところは押し留めていられるが、これ以上行方不明者が出るともうどうしようもない。そしてこの件で学院を全面的に信頼出来るかどうかも分からない。だから彼女はこうして直接頼みに来たのだ。


「別に、わたしが魔物なのは本当のことだからそれは仕方ないけれど」


 それでも、謂われのないことで中傷されるのは認められない。そう言ってクラウディアは真っ直ぐに二人を見やる。周りがそんな風に自分を見るのならば、己でそれを払拭してやる。そんなことを胸に抱きながら、彼女は述べる。


「分かった。ではこの件は」

「聖女チームで担当しましょう」

「おわぁ!」


 ぬ、と会話に一人の少女が割り込んでくる。思わずのけぞったエミリーはソファーの丁度硬いところに後頭部をぶつけて悶絶した。そしてクリストハルトとカサンドラは思わずお互いに抱きついてしまいそのまま密着している。動じていないのは最初から徹頭徹尾傍観者を貫いているアルマくらいだ。


「移動魔法陣を仕込んだ装置の実験も兼ねてやってきましたが、相変わらずラブラブのようですね。ジゼルはとても微笑ましいと思います。いいですね、イチャイチャ」


 うんうんと変わらない表情で頷く乱入者――ジゼル・ラ・トゥールは、ぐるりとクラウディアに向き直った。王国に属する魔物の監視という名目でここにいる彼女は、当然ながら顔見知りでもある。

 が、クラウディアはこの何考えているか分からない執政官が苦手であった。それでいいですか、と言われても、一体何がいいのか欠片も理解出来ない。


「そのナゾナゾな噂の調査、聖女チームが解決します。ズバっとババっと一件落着ですよ」

「ほ、本当に……?」

「どうでしょう。ジゼルはちょっと言ってみただけなので」


 その辺りは当の本人次第ですね、とジゼルはエミリーへと向き直った。急に話を振られた彼女は素っ頓狂な声を上げ、しかし事情は聞いていたので表情を戻すと首を縦に振る。


「そだね。どこまでやれるかどうか分かんないけど、あたしの全力で、精一杯、頑張る」

「……ありがとう、聖女様」

「あ、その聖女様ってやめてね。名前で行こうよ名前で」


 あはは、と苦笑するエミリーを見て目をパチクリとさせたクラウディアは、ならば自分も名前で呼んで欲しいと告げた。オッケーと軽い返事をした聖女に思わず吹き出した彼女は、ではお願いしますと頭を下げる。


「任された。で、どうしよう?」

「それは勿論、調査の基本は潜入です。堂々とコソコソしましょう」

「何か矛盾の塊みたいな言葉聞こえた」


 それでどうするの、とエミリーはジゼルに問い掛ける。聞かれた方はその無表情の口角を少しだけ上げ、眠たげな目を僅かに上げた。そうしながら、決まっているではないですかと脇に置いてあった荷物からそれを取り出す。


「丁度よく短期留学の手続きをしてあります」

「は?」

「流石はトルデリーゼさんですね。ジゼルは脱帽でペコペコですよ」

「ちょっと何言ってるか分からない」

「分かりませんか?」


 そう言ってジゼルはそれをエミリーへと手渡した。王立学院の制服を、彼女のサイズに誂えられたそれを押し付けた。そうしながら、もう一つ同じものを、自分用の制服も取り出し体に当てる。


「潜入捜査です」

「ですよねー!」

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