第4話
カサンドラの髪が輝くような光の金色だとしたら、こちらは黄金。ともすれば価値を見せ付ける、押し付けると言わんばかりのその金髪は肩より少し下で切り揃えられ、左右にリボンのあしらわれたレースのカチューシで纏められていた。その瞳は紅く、切れ長なことも相まって受ける印象はカサンドラとはまるで対照的だ。服装は黒いゴシックドレス。フリルが多めについたそれは、少し小柄な彼女によく似合っていた。
そんな彼女は、その瞳を更に細め、クリストハルトを一瞥する。そのままつかつかと歩み寄ると、カサンドラから強引に引き剥がした。
「殿下。この国を後々背負うであろうお方が色狂いでしょうか?」
「……そんなわけがないだろう」
「では、今の惨状のご説明を」
「…………カサンドラが、可愛過ぎるから」
「三度ほど死んでは如何?」
はぁ、と溜息を吐いた少女は、そのまま視線を傍観者になっていたエミリーへと向ける。余計な手間のおかげで挨拶が遅れた。そんなことを言いながら、彼女へと淑女の礼を取った。
「お初にお目にかかりますわ聖女様。わたくし、この国で宰相を務めさせて頂いているベーレント公爵が娘、トルデリーゼ・ベーレントと申します」
「あ、はい、どうもご丁寧に。あたしはエミリー・フルーエです。……もし良かったら、気軽に名前で呼んで欲しいかなぁって」
「……あら、いいのですか?」
「勿論! というかかしこまるのも正直やめて欲しい感じ。あたしそういうの苦手で」
たはは、とエミリーが苦笑しながら彼女に、トルデリーゼに述べる。そう言われた方は暫し目を瞬かせると、ゆっくりと微笑んだ。それでいいのならば、遠慮なく、と返した。
「ではエミリーさん、でいいかしら」
「いいですいいです。……ついでに、カサンドラ様もそう呼んでくれていいんですけどぉ」
「え?」
急に話を振られたカサンドラがビクリと震える。目をパチパチとさせた後、いえいえそんなと手をブンブンと振った。自分なんかが恐れ多い、最初から今まで一貫してこれである。
「カサンドラにそういうのは少し難しいでしょうね」
「うぅ……。し、仕方ないじゃないですか。わたしはトルデリーゼのように頭も良くないですし、どんくさいですし、ここにいられるのだって公爵家だというだけだから……。無理ですよ、聖女様と対等に話すなんて」
むぅ、と少しむくれながらトルデリーゼへとそんな文句をのたまう。行き過ぎた謙遜は嫌味なだけだ、と彼女はそれをバッサリ切り捨てると、そうでしょうと視線を動かした。現在全自動カサンドラ肯定マシーンと化しているクリストハルトは、勿論だと力強く頷く。
「今の殿下は参考になりません!」
「だ、そうよ殿下。信用されていないのですね」
クスクスと笑い、そちらはどうだとエミリーを見やる。そうして、少しだけ怪訝な表情を浮かべた。
「どうかしたのかしら?」
「……名前、お互い呼び捨てしてた……」
「あら、羨ましい? そうなの、私とカサンドラは、お互いを呼び捨てにするくらいには親しい仲よ。いつまでも『殿下』呼びされているお方と違って、ね」
「くぅぅぅ、羨ましいぃぃぃ! あたしまだ王子と同レベルでしかないのに!」
「お前らまとめて不敬罪で罰してやろうか……」
苦虫を噛み潰したような顔で二人を睨んでいたクリストハルトであったが、気持ちを整えるように息を吐くと腕組みをしたまま指をトントンと動かした。明らかに整えきれていないが、これ以上余計な話をしないということは破らないらしい。それで一体何の用事だ、とトルデリーゼに問い掛けた。
「あら、友人に会いに来た、では駄目かしら?」
「ここは私の執務室だ。その程度の理由では直ちに退室をしてもらうが」
「……そう。ではこちらの用事を見せればよろしいのかしら」
ぴらりと一枚の紙を取り出す。何かの書類のようで、ひらひらとさせているそれを受け取ったクリストハルトは、その表情を先程とは違う意味で苦いものに変えた。その表情のまま、いいなぁ、といまだに羨ましがっているエミリーへと視線を向ける。
「聖女殿」
「どうやったらドラ様にあたしの名前呼んでもらえ――って、ん? 王子、どうしました?」
「聖女殿への依頼、といっていいのか分からんが」
トルデリーゼから手渡された書類をエミリーへと手渡す。書いてある文面を目で追った彼女は、ふむふむと頷き視線を戻した。何か問題でもあったのか、と彼に尋ねた。
「戦闘訓練でしょ? よゆーよゆー」
「……実戦よりましとはいえ、模擬戦すらしていないお前がまともに戦えるとでも思っているのか?」
「そりゃあ……まあ、やってみれば分かるんじゃない?」
「口では何とでも言える」
あの部屋での作戦会議を経験しているクリストハルトにとって、聖女エミリーは所詮大学生英美里であり、実際にそういうことをやれるような人間ではないという認識だ。だから当の本人がいくら何を言おうとも、聖女の体になったから勘違いをしているだけだとしか思えない。
ふうん、という声が聞こえた。視線をそこにやると、何やら面白そうだ、と口元に手を当てて微笑んでいるトルデリーゼが。彼女はクリストハルトに向き直ると、そういうことなら試してはどうだろうかと彼に述べた。
「どういう意味だ?」
「そのままですわ。つまりは、エミリーさんと殿下、お二人で模擬戦をすればいいのでは?」
「……それは」
「あたしは別にいいけど」
何かを言おうとした彼より先に、エミリーが肯定を返してしまった。そうなるとクリストハルトは否定をしづらくなる。大した権限をもらっていないとはいえ、彼女の肩書は聖女、それが是なのにこちらが否では、後々に何か響いてくる可能性がある。
具体的にはそこにいるトルデリーゼの根回しとか。
「……分かった、そうしよう」
溜息とともにそう述べる。そうと決まれば話は早い、早速練兵場へと向かおうとトルデリーゼは立ち上がり、そのままカサンドラへと手を差し伸べた。ついていってもいいのだろうか、と疑問符を浮かべる彼女に大丈夫だと返し、その手を取って立ち上がらせる。
「聖女のお手並みを、拝見させてもらいましょうか」
「お手やわらかにー」
「……はぁ」
こんなことなら書類の山に埋もれていたほうがいくらかマシかもしれない。クリストハルトはこっそりとそう思った。
道すがら、クリストハルトはトルデリーゼへと問い掛ける。この書類を何故お前が持ってきたのか、と。対する彼女は、その言葉を受けて呆れたように肩を竦めた。
「殿下、あなたご自分で何と言っていたかお忘れになったの?」
「何がだ?」
「執務室。三人でのお茶会の際はそちらが呼ぶまで入室を一切禁じていたでしょうに」
「……」
そうであった。エミリーの痴態を王宮の者から隠すためにクリストハルトはそう伝えていたのだ。実際はエミリーと組み合わさった結果案外彼も暴走するので入室禁止の意味合いは多少変わっていたのだが。
ともあれ、そんなわけで部下も使用人もこちらから入室許可を得るということが出来ず、どうしたものかと立ち往生をしていた矢先にトルデリーゼがやってきた、というわけである。
「なら何故入ってきた」
「カサンドラが呼んでくれたのよ。よければどうか、と」
え、と視線をカサンドラへ向ける。こくりと頷いた彼女は、いけなかったでしょうかと眉尻を下げた。勿論そんなことはない、とクリストハルトは返すわけで。
ならば何の問題もないだろう、とトルデリーゼは平然と述べた。
「私は入室しても何ら問題がない。だから、ついでに困っていた王宮の伝令の仕事を受け取ってあげたのよ。何かご不満があったでしょうか? クリストハルト殿下」
「ぐっ……」
「もっとも、殿下自身がお忘れになっていた程度ですから、このやり取りにはあまり意味が無かったかもしれませんが」
クスクスと笑う彼女を、クリストハルトは非常に苦い顔で睨む。顔を知っている程度の間柄であったならば間違いなく気分を害し何らかの処罰すら考えたであろうトルデリーゼの態度は、しかし曲がりなりにも友人というカテゴリになった今はそんなことなど考えない。気分は害するし腹も立つ、が、それ以上はない。
向こうもそれが分かっているからこその気安さ、というものなのだろう。畏まられることの多い王族という立場では、こういう相手は貴重でもある。始まりは英美里との作戦会議で決めた、カサンドラを殺されないようにという手段の一端であったが、ことこれに関してはそれに関係なくやってよかったと思えた。
「トルデリーゼ」
「どうしたの?」
「あまり殿下を困らせては駄目です」
「……はいはい。仲がよろしくて結構なこと」
そう言って頭を振り、しかし表情は笑みを浮かべたまま。そんなやり取りを見ているだけであったエミリーへと視線を向けた。置いてきぼりにしてしまってごめんなさい、と微笑んだ。
「え? 何が? めっちゃ堪能したけど」
「……特殊な性癖の持ち主なのかしら」
「誤解されてる!? そうじゃなくて、みんなのやり取りにほっこりしたっていう意味なんですけどぉ!」
「それはそれで一風変わっているのではなくて?」
「えー……」
そうかな、と残り二人に視線を向ける。クリストハルトは目を細めた後そっと視線を逸らした。今更だ、という呟きは聞かなかったことにした。
一方のカサンドラは、そこまで変わっているとは思えませんけどと頬に手を当てながら小首を傾げる。
「わたしも殿下やクラウディアやトルデリーゼ達のやり取りを見ているの好きだもの」
「そうね。あなたは確かにそういう人よね」
「何かあたしがそういうのだと駄目みたいなニュアンス!? いや分かるけど」
あっという間に容赦なさすぎないか、とエミリーはジト目でトルデリーゼを見やる。彼女はそんな視線を受け、かしこまられるのは嫌なのでしょうと述べた。自分から言ったことで、容赦ないということはそれだけ気安いということでもあるので反論は出来ない。ぐうの音も出なくなったエミリーは、しかしせめてもの抵抗でぐぅと唸った。
「あ、ところでカサンドラ様」
「どうしました?」
「クラウディアさんっていうのは」
《剣聖の乙女アルカンシェル》のデータは古上英美里の魂にしっかりきっちり刻んであるので知ってはいる。が、ならば知っている前提で話を進めていいかといえば勿論否。流石にそれくらいは頭が回る。
「わたしの妹です。今は王立学院に通っていますから、王宮には中々来られませんが」
「へー」
カサンドラの妹が学生であるというのは資料集とビジュアルファンブックで少し触れられていた。ゲーム本編ではほぼ出番のない割には専用の3Dモデルと立ち絵が用意されていた彼女は、当然ながら正体は魔物なので仲間にもならず、後々フリーダンジョンでボスモンスターとしてイベントもなく倒される程度の扱いだ。そのため名前以外の設定を知らない者も意外と多い。
という説明までを即座に言えるから彼女は古上英美里なのだ。ちなみにそのままボスモンスター時のステータスと使用スキル、ドロップアイテムのドロップ率までそらで語った後二次創作での扱いと傾向まで言い続けるので決して彼女に尋ねないほうがいい。
「やっぱり可愛いんですか?」
ちらりとクリストハルトを見る。ここは姉であるカサンドラより他人の、それも男性の意見を聞くべきだろう。そんなことを思ったのだ。ちなみに英美里は立ち絵も3Dモデルも結構お気に入りだ。
「そうだな。カサンドラに似て……は、いないか? だが、まあ、可愛らしいとは思うぞ」
「あら殿下、婚約者の前で堂々と浮気かしら?」
「何故そうなる。そもそも、カサンドラの妹なのだから、私にとっても義妹だろう。可愛がって何が悪い」
余計な茶々を入れるな、と彼はトルデリーゼを睨む。クスクスと笑った彼女は分かりましたと引き下がった。
そうこうしているうちに、練兵場へと辿り着く。ついこないだはこの隣の訓練場で全ルートのスキルを習得したんだったっけかとそちらの方向を見ながら突っ立っていたエミリーは、ぼさっとするなという声で我に返った。クリストハルト達が足を進めている先、模擬戦用の区切りがされている場所へと早足で向かう。
「一応念の為聞いておくぞ。大丈夫か?」
振り向き、彼は彼女へと再度問う。だから大丈夫だって言ってるじゃん、と不満げに唇を尖らせたエミリーは、とりあえず動けば分かるとばかりにその中心へと移動していった。
待て、とクリストハルトが呼び止める。訓練なのだから、きちんとそれ用の武器を使え。そう言いながら、自身の背後にある武器棚を指差した。
「あ、そうなんだ。ごめんなさい」
「その反応からすると、聖剣を使おうとしていたなお前……」
あははは、と笑って誤魔化す。言われてみれば、模擬戦でぶった切ってしまったら大問題だろうとすぐ気付く。ましてや相手は王太子、この国のお偉いさん最上級である。聖女とかそういう肩書などそんな愚行の前には紙くず同然だ。
気を取り直して、とエミリーは訓練用の武器をぐるりと眺めた。《剣聖の乙女アルカンシェル》の主人公は、剣の聖女と呼ばれるだけあってウェポンマスタリーは剣類に特化している。現在のボディがそれである以上、恐らくしっくりくるのは剣なのであろうが、しかし。
剣にも色々ある。そして困ったことにゲーム中では剣ならどれも同じくらいステータスが伸びる。ルートごとに別の種類の剣を選んだほうがいいくらいには同じくらい成長する。
「ま、無難なの選んどこ」
平均的なロングソードを手に掴む。初期聖剣より少しだけ短いが、あれと同じ中途半端な長さの剣がないので仕方ないと割り切った。
そんな彼女を横目で見ながら、クリストハルトも同じように剣を選ぶ。彼の装備は片手剣。取り回しを重視したらしく、剣を持っていない方にはバックラーを構えていた。
「王子やる気満々じゃん……」
「自惚れるな。俺はもう少し大振りな剣と盾を使った立ち回りのほうが得意だ」
「へーへー」
得意不得意はともかく、とりあえずこちらを全力でボコしにきていることはなんとなく分かった。ならばこちらも、それ相応の気合を入れなければならない。持っているロングソードを正眼に構え、目の前の相手を真っ直ぐに睨み付けた。
「行くぞ」
「おっしゃ、こぉい!」
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