マイルストーン

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俺は、ダーティーハリーが好きだ。


いや、こう言い切っちまうと、多分、みんなから誤解されちまうかもしれないな。

決してあの映画の中の44マグナムぶっ放しのシーンだとか、狂ったバスジャックが歌を唄うシーンなんかにグッときてるわけじゃないんだぜ。ダーティーハリーっていうと、どうもデカい拳銃の方ばかり注目されちまっていけねえや。


俺は、正確に言い直すならば、ダーティーハリーの主人公であるハリー・キャラハンの立ち位置が好きだ。

「汚れ仕事の担当者」だとか、「出世を諦めた現場主義者」だとか、「豊富な経験に裏打ちされた自信」とか、そっちの方ね。


俺の記憶が正しければ、ハリー・キャラハンはいつもシャツの第1ボタンを外して、細っい細っいネクタイを緩めに締めていた。

だから俺も、シャツの第1ボタンを外して、細っい細っいネクタイを緩めに締めてるのさ。

これはさ、誰も気づいてくれないし、誰にも聞かれる事は無いんだけれど、実はハリー・キャラハンの影響なんだ。そんな自分だけにしか分からないこだわりに、こだわりたいんだよ。




昔、世話になった方が、3月末で定年退職するという噂を聞いた。なんとか時間を作って、会いに行った。

せっかく訪ねて行ったってのに、相変わらず無愛想でゆっくり相手をしてくれそうもない。いつもは大人しくスゴスゴと退散する俺だけど、今日に限っては、この人に会えるのは最後かもしれねえと、しつこく粘って、ようやく奥に通された。


「この後、どうするんですか?」


「ああ、まだ働くよ」


「意外ですね。趣味のレコード聴き倒すのかと思ったんですけど」


「いやあ、嬉しい事に、こんな俺でも声かけてくれる人がいてね」


「そうすか」


「あ、そうだ。お前が会社で作ってる社内報、あれもう送ってこなくていいからな」


「なんでですか?」


「いや、見てると羨ましくて、お前の会社に帰りたくなっちまうからさ」


「そんな事、言わないでくださいよ」


「いや、本当なんだ。それだけはさ、辞める前にお前に言わなくちゃ、言わなくちゃ、ってずっと思ってたんだよ。今日、来てくれて本当によかったよ」


「そうすか。最後に俺に伝えたい事がそんな寂しいメッセージって、なんか悲しいですね」


「まあ、今後もどこかで出くわすだろうよ」


「ヨシイさんって、ダーティーハリーって知ってます?」


「ああ。イーストウッドだろ」


「あ、やっぱり知ってますか」


「スクリーンで見た事は無いけどね。昔は、よくテレビでやってたんだよ。声がルパン三世と一緒でさ」


「山田康雄ですね」


「そうそう。よく知ってるね。で、ダーティーハリーがどうした?」


「いや・・・。やっぱりなんでも無いです」


「なんだよ、それ」


「あ〜、ジャズの話ができる上司、俺の人生でヨシイさんだけでしたわ」


「そんな奴、ロクなもんじゃねえよ」


「では、帰ります。会えてよかったっす」


「あー、ちょっと待て。最後に偉そうな感じになっちまうけど、これだけは言わせてくれ。・・・妥協すんなよ」

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