第18話 聞こえない叫び
「ふふふ、つかまえたっす!」
背中からは、不敵に笑う声が。
女の子特有の柔らかな感触と匂いが、身体を包んでくる。
「明石……さん?」
「油断したっすね。放課後にこんな都合よく教室が開いていて、しかも善意でアタシが助けるっなんて、都合よすぎとは思わなかったんすか?」
思い出した。始業式の時。
この子はこう言ったのだ
『みゆきと同じ放送部員っす』
「なるほど。最初から俺の敵だったってわけか」
「ぴんぽんっす。アタシは放送部の副部長、明石
俺の顔のすぐ近くで、得意げな顔を見せてくる。
くそう、すっかり気を抜いてしまっていた。これまで俺を狙ってきたのは運動部系のやつらばかりだったからか。文化部のやつが狙ってくるなんて初めてだし。
「あんまりにも作戦通りにいくんで、逆にビックリしちゃったっすよ」
俺を教室内におびき寄せて、捕まえる。そういう算段だったのか。
これはマズイ。なんとかして逃れないと。
彼女を振りほどいて逃げることは、できなくもない。だがそうなれば騒ぎになり、
「明石さん。俺、男なんだけど?」
「そうっすね?」
「君は女の子だよね?」
「当たり前じゃないっすか」
「今俺に抱きついている状態だけど……いいのか?」
明石さんの
「ふふふ、そりゃー恥ずかしいっすよ? だけど、背に腹は代えられないっす。ガマンっす」
少しだけ顔を赤くするだけで、明石さんは冷静そのものだった。というか俺を逃がすまいとさらに腕に力を加えてきた。
そういえば、今この子は『副部長』と言った。たしか『鍵』の争奪戦に参加できるのは部長と副部長だったはず。
「まさか……みゆきも?」
近くにいるのか? それともどこか別の場所で待機しているのか。
「みゆきはいないっすよ。今は……アタシだけっす」
どうやら明石さんだけの単独行動らしい。まあ俺を油断させるための嘘という可能性も捨てきれないけど。
「ということは……放送部も部費が必要ってことか」
しかし腑に落ちない。正直放送部のような、言ってしまえば規模の小さい部活で、必要以上の予算がいることになるとはあまり思えない。今年は新入部員が多かった、というような話もみゆきから聞いた覚えはないし。
「……みゆきが元気ないの、知ってるっすか?」
すると、明石さんが相変わらず俺が動けないようしっかりとロックしながら、小さく問うてきた。
「……ああ」
知らないはずがない。つい昨日彼女のそんな姿を見たばかりなのだから。
「実はっすね、放送部が全国大会に出られることになったんす」
小さく、独り言でも言うように明石さんは口を開いた。
「ホントは出られなかったけど、出場校のひとつで
「それは……まあいいことなんじゃないか?」
理由はどうあれ、全国への切符を手にしたのだ。素直に喜べないかもしれないが。
でも、それならどうしてみゆきには元気がないんだ? 普通ならうれしそうに俺や秋人に報告してきそうなものだが……。
「でもそれはあまりに急すぎたんす……。今年の放送部の予算じゃ、全国に行くのに必要な遠征費が人数分出せないっす」
「そういう理由なら、特別に部費が下りたりするんじゃ……。先生に相談したりして」
「下りないっすよ」
俺の言葉に重ねて、否定する明石さん。
「ウチはそういう学校っすから。そんなわけでアタシはこうして君の持つ『鍵』を奪いに来たってわけっす。部費を増やして、みゆきを大会に連れて行くために。みゆきと一緒に行くために」
腕に力を込めてくる。彼女の決意のようなものが腕を通して、痛いほど伝わってくる。
「みゆきは半分諦めてるっす。君から『鍵』を奪い取るなんてできないって言ってる。だったら……アタシが一人でもやってやるっす」
そうか。
そんなことがあって、みゆきは元気をなくしていたのか。
「だから、今ここで『鍵』を渡してくれてもいいっすよ」
「…………」
俺は思わず、ポケットに手を入れそうになる。
そこには、古手川さんや、昨日の柔道部員たち、それに明石さんが喉から手が出るほどほしがっている『鍵』が入っている。
これを今この子に渡せば、それでいいんじゃないだろうか。
彼女は困っている。それを俺なら、助けられる。
……でも。
ダメだ。
俺は
それを自分から放棄するのは、ダメだ。それがお金の問題だとしても。当事者が幼なじみだとしても。
「いや」
声に出す。
「俺は俺のやらなければいけないことをやるだけだ。だから、渡すことはできない」
「なっ」
彼女は声を上げて俺の言葉に驚きつつも、
「なら、力づくでいただくしかなさそうっすね」
明石さんは片手で俺を捕まえつつ、もう片方の手で腰のあたりへと手を伸ばしてくる。
「確か、このチェーンに『鍵』がついているはずっす」
「……それが
「悪いけど、そんな言葉には
俺の
「……」
はっきり言ってこの状況は俺にとって厳しい。
腕はしっかりロックされている。俺は今かがんだ状態なので、足を使おうにも動かせない。下手に暴れると尻餅をついて転んでしまって、さらに悪い状態になりかねない。
そうこうしているうちに、彼女の手はベルトにつながれたチェーンを掴む。
そして、その先をポケットから一気に引き抜こうとする。
……ここまでか。
口ではなんだかんだ言っていても、与えられた仕事もできないってことか。
「んしょ……っきゃっ!」
そう思っていた矢先、明石さんが驚いた声を上げる。そして、ポケットから目的のものをサルベージしようとしていた手を大きく上げた。
瞬間、どういうわけか明石さんが手を離し、俺から距離を取った。おかげで俺は自由になり、立ち上がる。
よくわからないけど、これを逃す手はない。
「しまったっす!」
その
「これは……」
ポケットから引き抜かれた『鍵』のすぐ隣に、先日会長からもらったお守り、てかてかと光るカエルのキーホルダーが。
「……お、おもちゃ?」
動揺しながら明石さんはそれを見る。
なるほど。お守りとはこういうことだったのか。
先代の会計サマもなかなか考えていらっしゃったみたいだ。
なんにせよ、これは思わぬチャンスが舞い込んできた。
チェーンを急いで手繰り寄せて『鍵』とお守りのキーホルダーを拾い上げて再びポケットに仕舞い込む。間髪を入れずに施錠を解いて扉を開けると、廊下を駆け出した。
「あっ、待つっす!」
制止の言葉がかけられるが、聞くわけにはいかない。
「ここにいたか! 『鍵』を渡せ!」
すると運の悪いことに、後方から古手川さんが現れ、追いかけてきた。
「くっ」
竹刀を持ち走ってくる彼女には目もくれず、俺は逃げる。
「待たんか……わっ」
「逃がさないっす……っきゃ」
小さな悲鳴が聞こえて首だけ後ろに向けると、同じく追おうとしていた明石さんと剣道少女がぶつかっていた。
今のうちに……!
急いで彼女たちから距離を取る。ぶつかった二人が何か言っていたが、俺はまともに聞かずに職員室へと急行した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます