第37話 彼らの選択

「あのね、2人とも。……聞いてほしいことがあるんだ」

「なんだよあらたまって」

「そうだよ。もし悩みとかがあったら変に隠したりせずに、僕らに話してよ」


『鍵』騒動のことを黙っていた俺たちが言えた義理ではないわけだが、今は気にせずみゆきに話してもらおうと促す。


「あのね……。これは、2人にも関係あるからきちんと話しておこうと思うの。私の……私たちの部活のこと」

「……」

「どうするんだ?」


 たしかに、結局そのことを聞いていなかった。

 昨日が遠征に行くためのお金の締切だったはずだけど……。秋人の企みも水泡に帰してしまったわけだし。俺のせいで。


「……カズくんにはもう言ったけど……今年は、全国に行くのは諦めようと思うの。まあ、今からじゃあ何をどうやっても無理なんだけどね」


 言って、小さく笑う。


「……」


 まあ、その選択肢以外には取りようもないだろう。


 これは成るべくして成った結果、いや。

 俺が導いた結果だ。

 こうなることは、あの時――明石あかしさんにみゆきの部のことを聞いて、自分で『鍵』を渡さずに守りきると決めた時からわかっていたことだ。


「みーちゃんは……それでいいの?」

「え?」

「せっかく得たチャンスなのに、棒にふることになっちゃって」

「秋人……」


 きっと、秋人も……秋人の方が罪悪感を覚えている。自分のせいでみゆきを助けられなかった、と。

 そんな風に唇を噛みしめる親友を見てみゆきは、


「そりゃあ悔しいとは思っているよ? そもそもちゃんとした予選で行けなかった時もすっごく悔しかったし。でもね……」


 一拍置いて、彼女は手元のお茶を口に含む。そしてほほ笑む。


「でも、私たちにはまだ来年があるから。この1年またがんばって、それで来年こそきちんと予選で全国行きを勝ち取ってくるよ」

「みーちゃん……」

「だから、秋ちゃんが気に病むようなことは、何もないよ? むしろ、秋ちゃんにはありがとうって言いたいくらいだよ」

「……ありがとう?」

「そう。秋ちゃんが諦めずに私たちの部をなんとかしようとしてくれてたのを見て、私も簡単に諦めちゃダメだなあって、実感したもん。だから……秋ちゃん、ありがとうね」


 そしてその晴れやかな笑みを、秋人に向けた。


「うん……ごめんね、みーちゃん」


 そう言って謝った秋人の顔は、どことなく寂しそうだった。


「それより秋ちゃんのことだよ!」


 急に話題を変えだすみゆき。秋人になにかあるのか?


「生徒会、やめるって言ってたけど本当なの?」


 なっ……。


「おい秋人! どういうことだよ! やめるって……」


 俺は驚いて食ってかかるが、コイツは冷静そのものだった。


「そのままの意味だよ。あんなことをしたんだ、何かしらの形で責任は取らないと」


 小さく、それでいて力強く、言う。

 もう自分の意思は固まっているんだ、と。


「大事な仲間である生徒会のみんなをだましていたんだ。これから一緒に活動するとなったら、気まずくなるに違いないよ。会長たちも、心の内ではきっと僕が副会長の職を退くことを望んでいるはずだ」

「そんなこと……」


 ない、とは言い切れなかった。なにせ俺自身、彼に騙され、彼を犯人としてつるし上げた張本人だからだ。実際に秋人が犯人だとわかったときにこみ上げてきた怒りも、偽りではなかったし。


「会長には明日、正式に伝えるつもりだよ」


 それをあの人は……素直に受け入れるのだろうか。


「きっと明日にでも、正式に解職の手続きをすると思う。だから、会長とも、貝塚かいづかさんとも、……和真かずまとも、お別れってことになるね」

「秋ちゃん……ごめんね、私のせいで」


 眉尻を下げて、しょんぼりした顔をするみゆき。


「みーちゃんのせいじゃないってば。悪いのは……全部、僕」

「秋人……」

「ごめんね二人とも! せっかくの仲直りのパーティなのに!」


 慌てて取りつくろおうとする秋人だったが、一度もやっとした空気はもうどうしようもなかった。

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