第1話 新学期と3人の通学路
「ほしいものは、勝って得よっ!!」
今でも頭に残っている。
入学式の時に理事長が挨拶で言ったセリフだ。
眩い光を放ち、芸術作品のようなつるつる頭にたっぷりとたくわえられた白いひげはまるでどこかの異世界の魔法使いのように思えた。
拳を握りながら高らかに壇上で話すその姿に、入学したてで右も左もわからなかった俺は衝撃を受けた。周りには、新入生が示し合わせたかのように口をぽかんと開けている光景が広がっていて、異様だったことを覚えている。
この言葉を聞いたとき俺は周囲と同様、驚くことしかできなかった。しかし今ではこの言葉に同意している。ほしいものを手にするためには、勝たなければ。勝つためには力がなければ。
じゃあその力とはなんだ?
俺にとっての、力は。
金だ。
¥
「カズくーん。はーやーくー」
玄関の扉を挟んだ向こうから、間延びした声が聞こえてくる。
「はいはい、今行くよ」
俺は玄関で靴を履きながら、その声に答える。
「おはよーカズくん」
扉を開けたその先には、ほんわかした表情の女の子。それは何年も続いている、毎朝の恒例行事。
「よう。
「秋ちゃんならほら、そこ」
彼女の指の先――家の外の道には、制服をきっちりと着込んだ男の姿が。
「やあ
「おっす」
「じゃあ行こ行こ」
彼女の声とともに俺たちは3人並ぶと、学校へと歩きだした。
1年間、歩き慣れた道を進む。東の空に浮かぶ太陽が、目覚めて間もない俺の目に光を差し込んでくる。
「私たちも今日から2年生だねー」
右隣を歩く背の低い少女、
「そうだなー。まあ、みゆきの見た目は1年生のままだけどな」
「えぇぇ……カズくんひどいよー」
みゆきは唇を尖らせる。その不平不満とは裏腹に、実際彼女の身長は俺の肩くらいまでしかない。それに、その他いろいろの部分の発育も……お子様だからなあ。制服を着ていなかったら、中学生……下手すれば小学生と間違われそうだ。
ショートカットに切りそろえられた髪もその印象をより一層を強くしている。
「制服のサイズも合ってないんじゃないか?」
「これから大きくなるからいーの!」
手のひらが袖に半分くらい隠れた腕を振り回し、みゆきは抗議する。去年も同じセリフを言っていた気がする。歴史は繰り返すというやつか。
「みーちゃん、中々背が伸びないもんね」
左隣の男、
「秋ちゃんまで……うーん、もうちょっと大人っぽくなりたいんだけどなあ……」
みゆきはため息をつく。これもいつものやりとりだ。
「でもでもっ! 私これでも4月から部長なんだよ!」
名誉挽回と言わんばかりに、がばっと顔を上げる。
「部長?……ああ、放送部の」
「へええ、みーちゃんすごいね」
その言葉にみゆきはえっへん、と胸を反らした。しかしそこには残念ながら緩やかなカーブがあるだけだ。
「3年生は引退しちゃったし、新入生も入ってくるからがんばらないと」
「僕ら、今日から先輩だしね」
みーちゃんに対抗するわけじゃないけど、と秋人は前置きしてから、
「僕も今年度は副会長になるんだよ」
「副会長っていうと、生徒会のか?」
「おおー、秋ちゃんすごい……」
生徒会に入っていたことは知っていたが、まさかここまでの地位を築き上げていたなんて。油断のならないやつだ。しかしこのシワひとつない制服といい、こいつのマジメな性格といい、いかにもそういう役職が似合う。
「あ、でもこれまだオフレコだからね。ほかの人に言っちゃだめだよ?」
秋人は笑って念を押してくる。
「ふくかいちょーかあ……すごいなあ」
みゆきは目を輝かせている。
「……コイツ誰かに言いそうだな」
「そうかもね」
俺と秋人は笑いあう。
俺――
今では通う高校まで同じになり、並んで毎日のように登校している。
「でも高校が歩いて行けるところにあるっていうのは楽だよね」
「そうだよなあ」
「カズくん、遅刻しそうになっても大丈夫だももんねー」
「そういえばこの間寝坊した誰かを迎えに行ったのは誰だったかな」
「う……ごめんなさい」
そんな風に、他愛のない会話をしながら、学校までの道を歩いていく。
俺たちが通う私立
「あ、そうだ」
俺はふと思い出し、カバンの中から財布を探し出す。
「秋人、この間ジュース代借りただろ? 今返しとくよ」
「え? それくらい、別にかまわないよ。僕のおごりってことでいいよ」
「いや、お金のことはどれだけ少額でもきちんとしておかないと。だからほら」
半ば強引に秋人の手のひらに100円玉と50円玉を乗せ、握らせる。
「まあ和真がそう言うなら……わかったよ、ありがとう」
「何言ってんだ。お礼を言うのはお金借りた俺の方だよ」
そうだね、そういうことにしておくよ、と笑いながら秋人は自分の財布にそれをしまった。
「それにしても今日から新しいクラスだよ? 楽しみだなー」
「相変わらず能天気なやつだなお前」
「何言ってるのカズくん! クラス分けというのは超重要イベントなんだよ!」
「へいへい」
息巻く彼女に適当に相槌を打ちながら、学校へと向かった。
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