第8話 バディ

「・・・ここがトレーニングルーム。ジェームズさんがトレーニングオタクだから大概の機器は揃ってる」





 ケイゴの案内を受けてトレーニングルームをキョロキョロと見回す後輩のエマ。やはりと言うべきか並んで歩くと明白に彼女の身長がケイゴのソレより高いという事実に気がつかされて軽く凹んでいるケイゴだった。





「うん、機器は最新とはいかないけど性能の良い物が揃っているようね。流石はミスターTと言ったところかしら。・・・・・・それでチビ助、施設の案内はこれで終わりなの?」





「・・・そうだけど。あのさエマさん、同い年だけど一応ボクの方がヒーローの先輩な訳だし、君は今ボクに色々教えて貰う立場だろう? 先輩と呼べとは言わないけどチビ助は止めてくれないかな」





「いやよ。だって私はアナタを認めていないもの」





 どうやら彼女は自己紹介の時ネコを被っていたようで、二人きりになったとたん本性を現して容赦なくケイゴを罵倒するのだ。





 ・・・初対面の彼女に嫌われるもクソも無いとは思うのだが。





「認めてないって・・・君とは初対面の筈だけどボク何か気にくわない事でもした?」





 ケイゴの言葉に振り返ったエマの視線は、彼女の人形のように整った容姿と相まってまさに絶対零度と表現するに相応しい冷たさを秘めていた。





「確かに初対面ね。そして別にアナタが私に失礼な事をした訳でも無い・・・ただ勝手に私がアナタの事をヒーローとして認めていないだけよ」





 あまりの言いぐさに流石にカチンときたケイゴは言い返そうと口を開きかけるが、それよりも早くエマが言葉を続けた。





「ヒーローとはこの超能力が跋扈した不安定な社会に溢れる強力な悪意、それに対する絶対的なアンチテーゼで無くてはなりません。超能力を有する犯罪者から一般市民を護りながら犯罪者達に制裁を加える役目、犯罪者と同等では駄目なのです。それを遙かに凌駕する超人で無くてはヒーローはつとまりません」





「・・・それで、君から見たボクはヒーローとして相応しく無いと?」





「まさにその通り。ヒーローニンジャボーイ、アナタが去年デビューしてから単独で捕まえた犯罪者は片手で数えられるほどしかいません。なぜならその活動のほとんどを他のヒーローのサポートをして過ごしてきたからです」





「何が言いたい?」





 ケイゴの言葉にエマはその端正な顔を憤怒で歪ませた。





 それはこの場所に来てから初めて彼女が表情を変化させた瞬間であった。





「その程度の活動なら私にだって容易にできると言っているのです。・・・いいえ、私ならもっと上手くやれる。他のお二方をサポートしつつ、さらに単独でも功績をあげることが可能です」





 それは明らかな嫉妬の感情だった。





 ケイゴとエマは同年代だ。そしてエマは幼き頃から自分の持つ特異な才能について考え、それを社会の役に立てたいと考えていた。





 即ちヒーローに憧れていたのだ。





 一年前、新たなヒーローを国が募集した時エマは真っ先に立候補した。憧れたヒーローと供に戦うべきはこんなにも正義について考えている自分しかいないと信じていたから。





 しかし選ばれたのは同世代の自分よりもチビな少年だった。





 彼が優秀だったならエマにもあきらめはついただろう。今回は自分より相応しいモノがヒーローになれたのだと納得することができたのだろう。





 しかし彼がヒーローになってから一年、ヒーローニンジャボーイに目立った功績は無く、その仕事も他のヒーローのサポートばかり。





 自分の方がもっと上手くやれる。





 そう感じたエマは居ても立ってもいられなかった。





 すでに押しも押されぬトップアイドルになっていたエマはそのコネクションをフルに活用して軍に自分を売り込んだ。





 ヒーローがもっと国民の人気を得るために話題性が必要では無いか、トップアイドルたる自分がヒーローになればみんなが食いつくのではないかと。





 そして念願は叶い、彼女は今日ヒーローとなった。





 ケイゴが直接彼女に何かしたわけでは無い。しかし、彼を見るエマの瞳に怒りが宿る事を止めることができないのだ。





 無言でにらみ合う二人。





 ぴりぴりとした一触即発の空気の中、二人の携帯端末が同時に着信音を発した。さっとポケットから取り出した端末を確認するケイゴ。





 ケイゴとエマの二人に出動命令だ。





 場所はここから近い都心の銀行。どうやらそこでチンピラの集団による銀行強盗が行われているらしい。





「行くわよチビ助。今回の仕事でわからせてあげる、私がいればアンタなんて必要ないって事をね」





 そう言い放ったエマの瞳には静かな闘志が燃えていた。









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