Summer Solstice.

 息を深く吸い込むと雨上がりの緑の匂いがぐっと肺の奥まで染み込んで心地よい。そのまま深く、深く眠ってしまい目が覚めたら真夜中。急に部屋の片隅で回り続ける扇風機が、いつか壊れてしまう気がして不安で仕方がない蒸し暑い夜。僕は独りぼっちになってしまった

 仕事も対人関係も上手くいかないどころか、不味いことばかり。お金はちっとも貯まらないし、だから全然使えない。好きな人はいるけれど、好きですと伝えるどころか、その人の事を好きなまま生きてくことすらままならない蒸し暑い夜。僕は独り善がりを続けていた

 行きたくない学校を逃げるように出て、行きたくない仕事に行って、生きたくない明日を今日も生きてる。誰も彼も空っぽに見えるのに、みんなちゃんと地に足が着いてる。僕だけが根腐れを起こした植木鉢の観葉植物のように、なんの足しにも損にもならないように生きてきたつもりで、何もかも見失って命だけを抱えている

 扇風機が壊れたら、きっと冷凍庫も壊れてしまう。冷凍庫が壊れたら、アイスも溶けて流れてしまう。袋の中では溶けてもアイスだけど、封を切ってしまえばベタつく汚れになってしまう。褒め言葉と下心の境界線のように、アイスクリームと床のシミも紙一重に違いない


 暗い部屋で目を閉じて草臥れたマットレスに横たわっていると、救急車が近づいて来るのがわかる。雨上がりだから遠くの音がよく聞こえる。静かな夜を切り裂いて走る赤いサイレン。家の前まで来て、今度は遠ざかってゆく。何処かであのサイレンを待っている人が居る。誰かが傷つき病に伏して、いつか自分もお迎えがくる。骸骨人夫の人力車か、死神の漕ぐ船か、地獄ゆきの夜行列車か

 一瞬、静けさを取り戻した夜を駆け抜けてゆく貨物列車の走る音。短く吐き捨てるような警笛を残し電気機関車が去ってゆく。物言わぬ貨物とコンテナが沈黙の行脚を続けてゆく。

 赤く震えながら脈動するコンテナとタンクの中には血と肉と骨が詰まっていて、線路と電気機関車と貨物同士を結ぶニューロンが軋みながらそれを運ばせる

 濃紺とクリーム色のツートンカラーで塗られたお馴染みの電気機関車の中身はタンパク質で練り固めた頭脳が詰まっていて、定刻通りの旅路を続ける。延髄の当直番が制御盤を踏みしめて常軌を逸した蒸気を吐き出すエレクトリックロコモーション

 弾け飛ぶ頭だけの人体模型、吹き飛んでゆく剥き出しの目玉と脳味噌、造り物の骨と肉を組み合わせて立ち上がるヒトに名前を付ければマーガレットが歌い出す

 五色の糸が乱れ飛ぶ脳髄特設アリーナA席。繋いだシナプス、震えるニューロン、凍えた玩具がシャンシャン歌う

 五感を糸で繋ぎとめてるつもりでも積もり積もった憂鬱は無視してるだけ。共感も共鳴も感動も落涙も痙攣も要らない、そっとしておいてほしい、それだけが聞き入れられない被差別加害者絶叫界隈地獄のソーシャルネットワーク


 この腐れ三千世界は何処もかしこも曇り空。どんよりしたまま沈む空と海も波も境目を失くして、ただぼんやりと流れてる

 この腐れ三千世界に溶けてゆく溶けてゆく。宛先不明の手紙みたいに、誰にも届かなくてもいい。行先不明の旅路みたいに、何処にも辿り着かなくていい。持主不明の落とし物なら、帰りに拾っていけばいい

この腐れ三千世界の曇天の空と海を見ながら消えてゆくためのSummer Solstice.

 

 ぼってりと浮腫んだ濃紅色の舌の表面に糸を引く白く汚らわしい物体。合成繊維を束ねて整え、ブラシにしてかき集め水で流す快感。真夏を貪る歯茎と死刑になった私刑の主犯。何処に行っても何を叫んでも全部全部全部ムダ

 わざとやってる奴等ばかりで、ホントはわかってても自分の我儘と損得だけで動いてる。わざとやってる奴に人の道を説いても情緒に訴えても法律でさえも聞く耳などない

 ただその浮腫んで悪臭を放つ舌でグラスに垂れた水滴を舐めて狒々と笑うことだけを夢見て生きてる屍みたいな減少性老害人物の群れ

 いつか自分たちも老いて、自分の事は棚に置いて、世間からは置いて行かれて、自分で自分の舌をかみ切ることも出来ず壊血病のように生きるしかなくなる

 どんなに美しい人も、そのタトゥーも金髪も素肌も性器も乳房も筋肉も

 すべからくひとひらのさだめにべもなし

 だから今は君を讃えて全てを受け止めていたい。無上の快楽は無情の制約によって無常の形を残像にして消え去ってゆくのみ

 だから今は君を讃えて全てを受け止めていたい。排泄物も老廃物も分泌物も美人が出せばそれは資源だ

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