Plastic gene

水雲 悠

第0話 Anachronism - 時代錯誤

 祖父は、研究者だった。


 原因が曖昧なままの温暖化に、もはや通常を忘れるほど頻発する異常気象と大災害。ぼろぼろの地球上で人間は増え続け、感じずにはいられない危機感のせいか互いに攻撃し合い、あちこちでテロや紛争が勃発する時代。今も大して変わらないが、祖父はそんな時代を生きた。


 飽食の日本に住みながら、祖父は本気で、食糧問題を解決しようとしていたらしい。発展途上国ではなく、日本における食糧問題だ。輸入に頼れなくなる日がいつか来ると信じて、研究に勤しんだ、らしい。


 昔は遺伝子組換え自体が忌み嫌われていたおかげで、有用遺伝子を解明したとしても、実用化には長い時間が必要だったらしい。研究しても、その成果を活かした作物や家畜は、市場に出回らない。研究成果のまま、実用化の進まない技術。今でこそ評価されている祖父の実績も、生前は研究者の間くらいでしか、賞賛されなかったのだという。


 実用化されなければ意味がないと怒り、保守派はお頭(つむ)が弱いから新しい技術を理解できないのだと喚き、挙句の果てにドラえもんはいつ登場するのかと嘆く。普段温厚な祖父は、酒が入るとそんな調子だったそうだ。大学の研究室で彼と知り合ったという祖母は、惚気話でもするかのような調子でその話を聞かせてくれた。


 今では信じられないよね。祖母は少し、寂しげに笑う。


 私は祖父と会ったことがない。私が生まれる前に、祖父が亡くなったからだ。


 祖父の死因は、肺炎だったらしい。それも、細菌性の。


 原因が新興感染症であるとか、当人がよほど体力や免疫力の低下した人でなければ、当時でも時代錯誤な死因だろう。ところが祖父の場合は、そのどちらでもない。特別身体が弱かったとか、持病があったとかいうわけでもなく、祖母の健康管理のおかげで生活習慣病を患うこともなく、肺炎に罹るまで、祖父はいたって健康だった。肺炎を舐めているわけでは決してないのだが、まさか亡くなるとは思わなかったというのが、祖母や母の率直な感想だ。


 お前たちが時代遅れな風潮に惑わされているから、俺は時代錯誤な病をこじらせて死ぬのだ。


 会ったこともない祖父に、私はそんな気骨を感じている。


***


 私が生まれるまでに、遺伝子操作の技術は目覚ましい進歩を遂げたらしい。


 今や遺伝子組換えを拒んで生活するのは、菜食主義を貫くことより断然難しい。そもそもそんなことをする人間は、少なくとも日本国内では、けったいな宗教の信者なのだろうかと思われかねない。遺伝子組み換えは食べ物に限ったことではないので、いったいどこから気にすればよいのか見当もつかない。


 それに頼らなければ、もはや人間活動を存続できない未来が眼前にある。そんな窮地に立たされ、拒むことができなくなった途端に、祖父を苦しめた「保守派」とやらは、反発するのをやめたのだろう。


 そして人は何かを許すと、他の事案に対しても拒む意欲を失うのだ。まるで、ドミノ倒しのように。


 子どもの遺伝子を操れるようになったと聞いたら、半世紀前の人々はそろって顔を顰めるのだろう。


 出生前診断ですら物議を醸したという、頭の固い時代。今となっては古い考え。否定意見が出るのもわからなくはないが、今となってはもう当たり前で世界中で良しとされているのだから、善悪なんて考えたこともない。パラダイムシフトを経た後では、そういう認識に変貌する。倫理観なんてそんなものだ。


 とはいえ、誰も彼もが遺伝子操作を施されているわけではないので、当たり前というと語弊がある。しかし少なくとも、「お前GM人間なの? ラベル貼っとけよ」だとか、「うちの血筋、天然100%の血統書つきじゃないと結婚できないの」といった差別がないくらいには、世の中に馴染んでいる。そういう人は珍しくないけれど、自分がそうであったとしたら、進んでは公言しないよね、というレベルの話だ。


 もちろん、遺伝子を好き勝手に作り変えられるわけではない。制約はあるし、「倫理的に許される範疇」は議論され尽くしている。しかし、何でもかんでも白黒はっきりさせられるわけではない。優柔不断な日本は、かつてはどこの国も畏れを抱いていたという典型的な資本主義国家を参考に、グレーゾーンは価格を吊り上げるという手段をとった。なんだか無責任に思えるが、それでけっこう、うまくいっているように見える。そもそも遺伝子操作じたい値が張るので、下手なことができないというのも、曖昧な制度を補完する要素として大いに貢献している。


 倫理的な問題が片付けば、遺伝子操作は言うまでもなく画期的な技術だ。遺伝子疾患を回避したという新しい事例は今日でももてはやされ、メディアが大々的に取り上げる。


 その話題に関する新聞記事をわざわざ印刷し、該当部分を切り取って、祖父が大量に余らせたという時代遅れのノートに貼り付ける。研究に関連する新聞記事をノートに残す習慣は、祖父の趣味みたいなものだったそうだ。そして祖父が亡くなってからは、祖母が代わってその習慣を続けていた。齢で新聞を読むのが億劫になったと言って祖母がやめたのを、今度は私が引き継いだ。何せ私は昔から、この作業を手伝うのが好きだった。


 祖父が貼りつけたであろう昔の新聞紙に触れ、独特の感触を楽しむ。時代錯誤なこの習慣だけが、亡き祖父と対話する唯一の手段なのだ。


 完全ペーパーレスの時代も、印鑑文化の衰退も、タイムマシンの発明も、ドラえもんの登場も、まだまだ先になりそうだよ、おじいちゃん。

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