失ったものと、失わずにすんだものと

 大粒の涙をこぼしながら彼女は砕けた青い石を集める。

 その手は砂だらけで、血が滲んでいた。

 欠けた石の破片が刺さってしまったのだろう。

 彼女の傍にいた彼はやめさせようと彼女の手を掴むが、彼女はそれを拒む。

「……やめなよ。手が」

 彼女はブンブンと首を横に振る。

「……だって、これはあの子が作って……あなたがくれたものだった……とても、大切なものだったのに……!」

 砕けたその石が付いていたそのネックレスは、初めて彼女の価値を認めた女が作り、彼女の存在を求めた彼が彼女に買い与えたものだった。

 自分の価値と存在を認めた二人の思いが込められていたその石を彼女はとても大事にしていたのだ。

 砕けたその石は護符だった。

 身につけているものを悪いものから守る呪力が込められていたもの。

 彼がそれを買った時に作り手である女はこう言っていた。

 重い負荷が掛かれば壊れる、と。

 だがそれで持ち主を守れたのならそれは幸いなことであるのだと。

 そしてその言葉の通り、彼女を守って石は砕けた。

 もしもその石がなかったら、彼はおそらく間に合わなかっただろう。

 石の守りがなければ彼は間に合わず、彼女はひどい目にあわされていた。

「元々、それはそういうものだった」

「……わかってる、わかってた」

 だからこそ不甲斐ない、と彼女は呟いた。

 砕けた石のかけらを拾い集めた彼女は掛けた欠片に付着している砂埃を払おうと、指先で欠片を擦る。

 指先に傷が増える、それでも彼女はそれをやめなかった。

 不意に彼が彼女の手のひらから砕けた石の欠片を奪い取った。

「……返して」

「これ以上は駄目。守る為のものでお前が傷つくのは、あいつだって嫌だろうから」

 それに、その指じゃかえって汚すだけだと彼は指摘する。

 彼女は血塗れになった自分の指先を見た。

「……あ」

 呆然と彼女は手のひらを見下ろす。

 彼は砕けた石の欠片達をたまたま持っていた触媒を保存するための瓶に入れたあと彼女の体を抱きすくめた。

「君が、無事でいてくれてよかった」

 彼女の温もりに触れて、彼はそれを失いかけていた恐怖を今更のように感じた。

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