一輪目

「本日のニュースはお隣、四国での出来事です。戦後七十四年が経った四国では、中国政府により占領されています。未だに明確な情報を与えておらず、国民達は混乱しているようです。しかし…」


標準語にも近い言葉で淡々と話している女性の声が私の部屋に響いている。それを軽く聞き流しながら支度をしていると、下の階から私のお母さんの声が聞こえて来た。


「夏輝〜?あんた、今日学校でしょ〜?早く行きなさい!遅刻するわよ!」


「もー! 分かってるってば! しつこい!」


負けじと大きな声で叫ぶ私は急いで制服に着替えていた。


私の小学校は、西日本の中でも選りすぐりのお金持ち小学校で、天才達が集まると言われている。その制服を身に纏って、急いで一階に降りて行った。


しかし、そこにはすでにお母さんの姿はなく、玄関の上に「先に行くから鍵閉めてね!」と書かれた紙切れだけが残っていた。


「待ってって言ったのにぃ〜…」


小さく呟いた声は誰の耳にも届かず、私はリビングに戻って鍵を取りに行った。最近流行りだと言われている小さなキャラクターが付いている鍵を持って玄関に向かった。


「行ってきまーす」


誰もいない家の中に向かって言ってから、玄関のドアを重々しく開けた。




「代表生徒の皆さん、今日は暑い中集まって頂きありがとうございます。本日は、大変重要なイベントがありますので、くれぐれも変な真似はしないようにお願いします。また、他国の生徒が…」


あー暇だ。暇暇暇暇暇。私たちの目の前で話しているのは私達の校長先生。夏休みにも関わらず、スーツを着ている姿は暑苦しい。


見てるだけでもイライラする。


あー早く終わんないかなぁ。何でせっかくの夏休みなのに、わざわざ学校に来ないといけないんだよ〜


「…さん。ひゅう…さん。日向さん! 話、聞いていましたか⁉︎」


全く違うことを考えていた私はいきなり現実に引き戻された。


「へ? 何ですか?」


間抜けな声と共にとぼけたような顔をしていたからなのか、校長先生はこちらを見て深いため息をついた。


「何ですか? じゃ、ありません! 今日は、四国から交流団体がいらっしゃいます! この交流はお互いの国のためになる物です! 失礼のないようにしてください! 特に、日向さん! あなたは我が校が誇る天才なのですから、しっかりとしてください!」


ただでさえ高い声を更に高くして叫ばれると頭が痛くなるじゃん。本当、やめて欲しいよ。


「はーい。すみませーん。」


違う方向を見て返事をすると、もう一度溜息をついた校長先生はまた話し始めた。すると、さっきまで誰も喋っていなかったのに、コソコソと私を見て話し始めた。


「ほら、あれが天才の日向夏輝だよ。」


「え? あの西日本全国模試で1位を取った人?」


「そうそう! なんでも、全ての教科がパーフェクトで、他の国の天才達にも勝てるんじゃないかって噂だよ。」


「でも、変人なんでしょ?」


「あぁ、その噂ね。何でも人と話すわりには全く心を開かないとか、いつも一人で空を見つめているとか、他国へのスパイかもしれない、とか… どの噂も本当っぽくて怖いよ…」


あーあ。また、私の噂か。何でそんなにも私の噂が皆好きなのかねぇ。確かに同級生が興味あることは大体興味ないし、最近の流行りとかもさっぱり分かんない。だって、面白くないもん。でも…


「君達の話には、興味があるかなぁ。」


「うわぁ⁉︎ い、いつの間に⁉︎」


さっきまで小声で話していたのは一体どこへ行ったのか、大きな声で叫んだ。


「こら! そこうるさいぞ…ってまた日向か! お前は大人しくすることが出来ないのか!」


あ、しまった。これは説教が長くなるやつだ。そんな時は…


「逃げるが勝ち!」


そう言って私は体育館から全力で走った。後ろから何か叫んでいる声が聞こえるけど、そんなの聞く必要もないから無視無視!


せっかく逃げたんだから、あの秘密の場所へ行こうかなぁ。全力ダッシュした後、先生達に見つからない所まで来た。そこからはゆっくり歩いて私の秘密の場所へ向かった。


秘密の場所、と言っても学校内の片隅にある小さい抜け穴から出てすぐの所にあるひまわり畑なんだけどね!

誰が植えたかは知らないけど、綺麗に整備されているんだよね。


先生達に見つからないように普段はカモフラージュをしているんだけど、ちょっと嫌なことがあったり、サボりたい時にそのカモフラージュを外して一人で入って行くんだよね。


「…あれ? おかしいな、板が取れてる…?」


ツタと板で隠していた私お手製のカモフラがなくなってる。外から見たら誰にも分からないようにしていたのに。これ、バレたら怒られるじゃ済まないと思うんだけど…。


「ま、入ってみよっと!」


四つん這いになって小学生がギリギリ一人入れるような穴を潜った。


そこには、いつも通り綺麗に咲いているひまわりがたくさんあった。夏の日差しが鮮やかな黄色を更に綺麗に映えさせている。しかし、たくさん咲いているひまわりの近くに人影が見えた。


(もしかして、あの子? 同い年ぐらいに見えるけど…)


ひまわりを見上げるようにして小さく丸まるように体操座りしている女の子がいた。私は何も考えず、ただいつもの好奇心で後ろから声をかけた。


「ねーえ! ここで、何してる、の…」


両肩を軽く叩き、彼女の顔を覗き込んだら大きな目に涙をいっぱい溜めている女の子だった。失礼かもしれないけど、思わず見惚れてしまう程綺麗な顔をしている彼女は私の制服を見るなり突き飛ばした。


「ちょ、いった! な、何すんの! 痛いじゃん!」


思わず叫んでしまったからなのか、肩をビクッと震わせた彼女は少し挙動不審だ。よく見ると、ここら辺では見かけない制服だということに気づいた。


「あれ、あなたどこの小学校?」


突き飛ばされたことよりも、そっちに興味が移ったので聞いてみるが私を見てオロオロするだけで何も言わない。「あ…う…」とたどたどしく言うが、それ以上は何も言わないことを繰り返している。


「ねえ、何で話さないの? あ、もしかして私のこと、怖い?」


少し俯いているので彼女の顔を見ようと覗き込もうとするが、すぐに目を逸らされる。


(何だか、怪しいなぁ…)


ここまで挙動不審にしてるのを見ると、不審者なのかと疑いたくなる。どうしようかなぁ、と思っていると彼女は口を開いて言葉を発した。


「わ、私、英語、分からない…」


私の目をチラリと見てすぐに目を逸らした。彼女の英語の発音からすると、ここら辺の人ではなさそう。一体、どこの人だろう、そう思った時にはすでに彼女は私の前からいなくなっていた。私が入って来た穴の方を見るとすでにそこは例のカモフラージュが被されていた。


「に、逃げられた…」


勝手に置いていかれた私はどうすることもなく、一人で呟いてそのままストンと座ってしまった。





「え? 明日も学校あるんですか?」


「そうだ。今朝言ったじゃないか…ってお前、勝手に逃げ出してたもんな。そん

なこと知らないよなぁ。」


「そうですよ〜せんせぇ〜ってことで、今日はもう帰りまー…」


「はい、お前は居残りね。この課題、終わらないと帰れないから。」


どさっと目の前に置かれた量は尋常じゃない。一体何冊積まれてるかも分からない本達を見て私はため息が出た。


「ため息したいのはこっちだ。早く終わらせて持って来いよ。お前なら一時間で終わるだろ。」


この会話から分かると思うが、私は今朝の校長のながーーーーーーいお話をサボったことによる説教を担任からくらっていました。


あんな長い話をしたら誰か倒れるじゃん。


そして今知った事実。「隣の四国から交流団が来ている」と言うこと。


てことは、もしかしたらあの子、中国語しか分かんないのかな? それだったら申し訳ないことしたなぁ。更に担任から釘刺されたことがもう一つ。


「好奇心で彼女達に近づかないこと」


先生が言うには、私が関わるとロクなことがないらしい。担任なのに失礼なことを言う人だなって思ってたら顔に出てたみたいで「お前も十分失礼だろ。」と言われて説教が延長された。


でも、理由はそれだけではないらしい。四国は今中国に占領されているので、ほぼ中国と同じような情勢になっていると聞いた。


中国は社会主義を掲げているので不用意に首を突っ込むことが出来ないらしい。私が住んでいる地域はイギリスによって占領されているのだが、あまり仲が良くないだとか。


今朝の話でも何と無く察してはいるけど、情報規制されている中国はあまり良いイメージはない。他にも色々聞くが、お互いの関係を悪化させない為にもあまり問題を起こして欲しくないとか。


(じゃあ、あの子のことは絶対言わない方がいいよね。)


そんなことを考えながら大量の課題を持って教室へ向かう。途中で下校する他の生徒達とすれ違うが誰も私に話しかけない。むしろ、私を避けてる人がほとんど。


私に友達はいない、らしい。


朝礼を見ていれば分かるけど、私はどうやら天才らしい。自分ではそうは思わないけど、テストの度に先生達がやたら声をかけてくる。


「期待してるぞ」とか「お前は天才だ!」とか言われても良く分からない。私にとってこれが当たり前であって、勝手に期待されても困る。


それでも、天才だからって言うしょーもない理由で特別扱いをされる。


今回の抜け出した事についても、居残りで済まされるのは私だけ。それに、どうやらイギリスのお偉いさん達は私に対してかなり期待してるみたい。


だって、他国にも勝つことが出来る才能を持っていたら喜ぶよね。何でもかんでも政府にとって特になることばかり。


他の皆は何も疑問を持つことなく過ごしているけど、私はそれにすら違和感があるように思える。


「…いつか、今より平和な時代が来るのかなぁ」


静かな教室で一人呟いても誰も答えてくれない。


こんなつまらない世界、誰かが壊してくれないのだろうか。


そう考えてふと中庭を見ていると、一人見慣れない制服を着た女の子がいた。いや、私はあの制服を知っている。今日、あの秘密の場所で見た子だ。


これは、また話しかけられるチャンスでは?そう思うと居ても立っても居られない。私は急いで課題を終わらせて教室を出た。廊下を走っている時にさっきの担任とすれ違った。


「おい、日向! お前、課題は終わったのか⁉︎」


「終わりました〜! 机の上にあるんで、勝手に持って行ってくださーい!」


私に向かって叫んでいる先生に向かって私も同じように叫んだ。しかも、走りながら。後ろで他にも何か言ってるのが聞こえた気がするが、そんなことを気にしている場合ではない。私はそのまま一生懸命足を走らせてあの場所へ向かった。





「はぁ、はぁ…」


こんなにも走ったのは久しぶりかもしれない。ヒューッヒューッと喉が鳴っているけど、そんなことを気にしていられないくらい胸が高鳴っている。


今朝と同じようにカモフラージュが外されている。きっと、あの子が来たのだろう。何を話そうか、中国語分からないけど大丈夫かな、とか色々考えたけど、とにかく入ってみようと思い小さな穴を潜った。


「…やっぱり、ここにいた。」


彼女は今朝とは違いひまわりの前に立っていた。私からの位置だと彼女の顔は見えない。もう一度、後ろから今朝と同じように話しかけた。


「こんにちは。この花、綺麗だよね。」


すると、ビクッと肩が跳ねてこちらへゆっくり振り返った。そして、そのまま逃げようとするので私は思わず彼女の手首を掴んでしまった。思った以上に細かったので少し戸惑ってしまった。


「待って! 私、あなたと、友達になりたいの。」


一瞬止まった彼女はゆっくりと私の目を見るように俯いていた顔を上げた。そして、小さな声で言った。


「…私、中国の人。あなたの国、嫌い。」


そして、また同じように下を向いてしまった。私は、彼女の言葉に少し驚いたが、元々四国の人が私達のことをどう思っていたのかは知っていた。


中国政府は四国の日本人達にほぼ洗脳に近い教育方法を行なっていると聞いたことがある。

日本を占領している他の三ヶ国は敵であると幼少期に教え込まれるらしい。そのため、四国から出て来た人達は外の世界に出る度に驚く事がたくさんあるとかないとか。


きっと、彼女もそのうちの一人なのだろう。何の疑いも無く、教えられたことをそのまま信じているのだろう。だから、この国の小学生だと分かった時に突き飛ばした。


普通だったら、ここで彼女に怒ってお終いなのかもしれないが、私はそんな子ではない。どうしても、彼女と友達になりたい。理由なんて分からない。けど、私の心の中にいる私がそう叫んでいるのが分かる。


「…私は、あなたが好きだよ。」


少し声が震えているのが自分でも分かった。「嫌い」なんて面と向かって言われれば誰だって傷つく。友達になりたいと強く思うと同時に、嫌われたくないと言う気持ちも強かった。私は思わず掴んだ手を離して目線をそらすように下を向く。


「…あなた、変。私の知ってる、イギリス。もっと、悪い国。」


黙って俯いていた彼女はそう言った。その反応に思わず顔を上げた。そこには、

「よく分からない」と顔に書いてある彼女がいた。敵意はないが、心底不思議そうに私を見つめている。


「私、あなたの国、嫌い。でも、私、友達に、なりたい。」


たどたどしい英語を使って私に伝えてくれたその言葉に思わず「本当⁉︎」と大きな声で聞いてしまった。彼女は少し驚いた顔をしてから、はにかむように微笑んで首を縦に振った。


「私、月村星羅(つきむら せいら)。よろしく。」


「星羅、ちゃん?」


「そう。あなたの、名前は?」


「私は日向夏輝(ひゅうが なつき)。夏輝って呼んで!」


「夏輝…よろしく、ね。」


「…! うん!」


おずおずと手を差し出してくれた彼女は少し恥ずかしそうだった。私と握手をした時には頬を赤らめていた。「友達」と言う単語に浮かれていた私は、私達がどれだけ重大なことを犯したかをまだ知らなかった。

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