ハイライト

乃木ヨシロー

仏滅     ―金子―

 学習とは違和感を自然化することだ。

「なんでここを歩いてんだ?」俺は独り呟く。今の俺はまだ知らないだけ。だからこの状況、この感情、全てがおかしく感じる。知れ、学べ。この不自然な状態こそが自然なんだ。科学を知らなかった古代の人間が、自然現象を神の所業と見做したように。今は黙ってそれを受け容れろ。きっといつかは理解するだろう。それによって俺はきっと成長できるさ。

「俺は何故、ここにいるんだ。俺は何故、俺なんだ?」

 十二月の大通り。曇り空、日没前。トムフォードのサングラスとルイスレザーの革の鎧に身を包んだ今の俺の心境は、ジェームス・ディーンではなくソクラテスだ。

 天気予報が言うにはこの冬一番の冷え込みらしい。街路は落ち葉だらけになり、鼻につく銀杏の香りがいよいよ本格的な真冬の到来を思わせる。どういうわけかこの季節は街全体が無色に見える。例えば夏の海は青く、冬の海は灰色に見えるような気がするように、そういうイメージが視覚にも作用してしまうのだろうか。目に見える風景が自分の心を映す鏡なのだとしたら、俺の心はまさに雨模様の重苦しい灰色の空のようだ。ちょうど今日の空色のような、さながら空きチャンネルに合わせたアナログテレビの砂嵐。

 多くの人は買い物、食事、待ち合わせか仕事、それとも家へと足を進めて行くのだろう。刹那ごとに移り変わる街の模様は忙しく、騒がしくも、まるで昔の無声映画の中にある波間か、あるいは雨上がりの水溜りの波紋のように穏やかにも感じられる。静と動、生々流転。だがまるで何もかもが生きてはいない無機物のようだ。俺はミステリー小説の主人公みたいな心境で、そんなことを思った。

 風の強い日だ。言葉通り身を切るような寒さのなか、乱れた髪を気にしながら険しい顔をしている、長いコートに身を包んで足早に過ぎ去って行く女性を目で追った。寄り添って歩く男女、白い息を吐きながら立ち話をしている人達や家族連れ、暖房の効いたガラス張りの店の中でにこやかに食事をしている人たち、いたる所で携帯電話を操作する奴らなんかにも一瞬、時間にしたらほんのすぐ目を留めた。街は生き、人も生きてゆく。一見、役割が分からないような部品なんだとしても、恐らくは俺も欠ける事の無いその歯車の一部なんだろう。

 人混みを進んで行き、俺はなんとなく切ないような、言い表しにくい、なにか度忘れでもしたような奇妙な感覚に浸りながら仕事場へと向かった。まるで寒さが有り難いことであるかのように、笑顔で身を寄せ合う男女を見て自然と舌打ちが出た時、俺は悟った。灰色に見えるのは季節だけの問題じゃない。俺の心が荒んでいるのだと。心にかかっているフィルターの違いだ。同じ冬の景色でも、奴らと俺とでは見えているもの、見え方が全く違っているはずだ。金、銀、赤、緑。さぞかし煌びやかな色彩が目に映っているんだろう。

 俺みたいな奴にとっては、冬の街はなにもかも寒い。ここに住んでもう随分になるが、未だにこの土地に馴染めない。品性下劣な人種や、雑多な街の雰囲気も好きになれないし、寝て起きて仕事なんていうパターン化された毎日を送っている。地元に居た頃と何も変わりはしない。目的のない人間が都会に出れば何かが見つかるなんてのは甘ったれた淡い幻想だ。田舎と違うのは、ただ単に人や店が多いってだけだ。チャンスやハプニングなんかどこにも転がってなんかいない。むしろ鈍い奴は余計に置き去りにされていく。取り残された者たち同士で慰め合い、毎日が同じ事の繰り返し。悲しきルーティーン。金がありゃあ話は別なんだろうが、不毛だし虚しくなるから、そんな事はあまり考えないようにしている。それでもこんなクリスマスシーズンや、ハロウィンのバカ騒ぎを見ると、否応無しにそういう事を考えさせられてしまう。本当なら家で寝ていたいところだが、こんな繁忙期には俺みたいに予定も無いヒマそうな奴は始めっからシフト上だ。他の奴らはデートでもしているんだろう。まぁいい。俺にはお似合いかもしれないな。俺は自嘲気味にそう考えて、時折小声で悪態を吐きながら歩き続けた。ジョージ・マイケル、ポール・マッカートニー、山下達郎それともマライアキャリーか、俺の鼓膜をレイプし続けるのは。くそ、イヤホンを忘れたな。

 通りに見えるのは買い物客、騒がしい酔っ払いども、客待ちのタクシー。大渋滞の車。何かの行列。信号の前の角のところでは数人がメガホンを持って立って何かを叫んでいる。政治家か、募金活動か、何らかのデモか。『良心は厳粛な趣味である』と芥川龍之介は言った。別に知らない世界で何が起こっていようと俺の知ったことじゃない。政治、宗教、貧困、差別、人権、虐待、高齢化に温暖化に戦争。俺は右でも左でもない。どうでもいい事ばっかりだ。だから巻き込もうとするな。自分の意見や常識を人に押し付けるな。皆の価値観が同じだと思うな。まったくこんな寒い日によくやるぜ。人が多いからってのもあるだろうが、とにかく同情を誘ってんだろう。 選挙が近くなると朝っぱらから街頭で手を振りだす政治屋と同じだ。あざとい、見え透いた下手糞なアピールさ。逆効果だぜ。

 どこまでも続く、道路を塞ぐタクシーの群れとクラクション。違法駐車をしている高級車。監視員に切符を切られるのを見て心の中でほくそ笑む。人の不幸は大好きさ。仕事先へと向かうべく進む。道中は喧噪がやまない。クソ寒いのに肌を露出させた水商売の女達、赤ら顔のスーツの男達。黒人、白人、性別不詳の黄色人。迂回するのも手間なので、俺はモッシュピットを突き抜けて最前列までいく勢いで、体をぶつけながら、隙間をすり抜けて前に進んだ。

 ガールズバーの呼び込みが立ち並ぶ角でまた曲がり、少し暗めの路地に入ると人は少なくなるが、その分ヤバい奴が多くなる。俺は下向き加減に歩き続けたが、さすがに無意識に目が行ってしまったようだ。俺はその、なにか独り言を呟いていて、いきなり大声を出していた恐らくはホームレスを無視しようとしたが…こっちに近づいてくる。明らかにパンチドランカーの歩き方だ。

「兄ちゃん、この犬買うてくれよぅ」と、野武士の風態をしたボブ・マーリーのような手合は子犬を抱えて呂律の回らない口調で言った。「ワンカップでもええぞ」どうやら物乞いは酒と野良犬を交換しろと交渉してきたようだ。こんな無茶な宿無しヒッピーa.k.a.ホームレスは日本には居ないと思ったが。俺はある意味その存在自体が既存文化と民主主義国家に対するアンチテーゼのような、二十一世紀におけるジャンクアート的なネオ・ジャパネスク・パンク、あるいは資本主義の犠牲者−というよりは単なる無能な怠け者を相手にしなかったが、奴はしつこかった。日本もいよいよだな。俺は手持ちの煙草を道の向こう側に投げて、大の大人がフリスビー犬みたいになってる隙にさっと歩き出した。犬には可哀相な事をしたが、生き物は嫌いだからその感傷はコンマ二秒で消え失せた。

 バイト先のすぐ近くで二人組の女がティッシュを配っている。どうせボッタクリ店のキャッチだろう。女の顔をチラリと見てからそれを受け取ると、握手を求めて何か話しかけようとしてきたから、俺は「急いでる」と手ぶりで合図して立ち去った。とりあえずポケットに入れておいた。そしてビルの裏側、せまい螺旋状の階段を上がって裏口から店内に入った。中はかなり混んでいた。

 目を合わせもせず店長に挨拶をして、そのまま奥の部屋に入り、着ていた革ジャンとニット帽を狭いロッカーにぶち込んだ。髪を整え、黒のシャツに着替えてサロンを巻いた。

「忙しそうすね」俺はビールサーバーの受け皿に溜まった泡を流しながら、とりあえず会話の糸口を掴もうとして見たままの事を言った。

「まあ、クリスマスだしなぁ…こないだ取材来たっしょ。これこれ」店長は雑誌を取りだした。恐らく載っているところに付箋が貼ってある。クリスマスのデートスポット特集だろう。店内と料理の写真と一緒にベタなコピーが添えられてあった。しかしベタなりに効果はあるもんで、客を見るとカップルばかりだった。俺は厨房から一番近い客を見た。二十代前半だろうか。サークルかコンパで知り合ったってクチだろうか。男はいかにも今どきの風貌。女は女子大生か水商売の女なのか判別がつかない。或いはその両方なのかもしれない。シルク生地のようなタイトなロングスカートに、バランスのとれていないモコモコしたデカいコートを着てる。少し高めのヒール、そして足首からすこし覗く目の細かい網タイツ。見てしまう自分が情けない。

 男が傲慢な態度でオーダーしたのが癇に障って気分が悪くなった。そんなしょうもない事に俺はいちいちムカついてしまう。こうして必要以上に怒りやストレスを溜めていってしまっている。そんな自分にも嫌気がさすが、腹が立つ時は他人をバカにするしかない。俺は常に人をバカにして生きてる。それが楽しみという訳じゃないが、ストレス発散法かもしれない。低次元な話なのは分かってるが、癖になってしまっている。そんな事が昔から時折あった。

 以前よくつるんでた友人に言われた。そういった行為は、そうすることによって欠点だらけの自分に優越感を味わわせ、少しでも気分を和らげようとする無意識的な防衛機制であり、短気で視野が狭い差別主義者だと結論づけられた。他人を攻撃する前に、劣等感を克服するか利用すればどうなんだとの御高説を頂戴した。そんな事は百も承知。まどろっこしい言い方をしなくても、言われるまでもなく誰だってそうだ。人は元来、優越感無しには生きられないんだ。従って競争やあらゆる差別は無くならないのさ。

 あの日、長い付き合いのなかで、初めてそんな事を言われた。多分お互い酔っ払っていたと思うが、ずっとそんなことを思われてたのかと思うと我慢できなかった。それとも俺が段々と変わっていってしまっていたのだろうか。思えば、あの時くらいからヤツを始め、地元の連中とは疎遠になっていたかもしれない。価値観が変わっていったのか、俺が勝手に上から目線になっていたのか。どんな関係性でも破局寸前はそうなる。奴らは地元で何をしているんだろう。何事もなかったかのように連絡を取れば、時間は巻き戻り、リセットされるのだろうか。それだけ充分な年月を俺はこっちで過ごしてきているだろうか。

 洗い物をしながらそんな事を考えていた。店を見渡すと、どいつもこいつもイチャついている。少なくとも俺にはそう見える。どうぞ食欲も満たし、ほろ酔い気分のままホテルに直行してくれ。そろそろというやつだ。 

 今日は時間が経つのもやたら遅く感じる。非常に不愉快な気分だから特にだろう。時計を見るとまだ十時前だった。あと少なくとも四時間は残ってる。俺はため息をついた。気が重くなる。トイレに立った網タイツの女がカウンターの前を横切った。

「今の女、どう?」と店長が言う。お決まりの品定めだ。どういう答えを求めているのか、いつも返答に迷う。だいたい自分のモノでも何でもないのに勝手なものだ。俺が呆れた様子でいると、「おいおい、元気ないよ?どうした?」と笑って俺の背中を叩いた。「悩みごとでもあんのか?」

「いや、別に。何もないすよ」と俺は言いながらも、実はなにかとブチまけたい事が色々ある気がした。人に話す事で解消されるストレスもある。特に知らない人に。扉を隔てて顔も見えない相手に悩み相談をする懺悔室のようなもんだ。だからといって、決してこの人に話すような事ではない。むしろデリヘル嬢にでも愚痴るほうがまだ効果的かもしれない。

 まあ、これが現実か…毎日がつまらないとか、生きてる実感が無いとか、これからどうしようかとか…そんな奴らは実際多い。別に俺が特別って訳じゃない…分かってる…と俺は一人で納得しておく。気になるのは解決法だ。どうやって乗り越えていく?思春期のように時間が解決してくれるのだろうか。いや、きっと時間が経つにつれ症状は酷くなるはずだ。自分の歳を考えたら。もう悩める十代アングスティ・ティーンなんかじゃないんだ。甘えてはいられない。

「そうか…だったらいいけど」と俺の顔を見もせずに言う。この件はパスだ。 

 深夜過ぎになると、意外にも既に落ち着いていて、客もほとんどがハケてた。もうオトナの時間だしな。俺は奥の部屋に行き、やっと一息ついてタバコを吸おうとしたが、野良犬と交換したのを思い出した。舌打ちして、コンビニまでハイライトを買いに行こうとした。ふと携帯を見ると不在着信があった。我妻アヅマからだった。目を凝らして表示された名前を二度見する。まじかよ。かけ直すべきかどうか迷っていると、またかかってきて、反射的に応答を押してしまった。

「うお、出た!おい!」と、そっちからかけてきておいて、随分な言い草だ。まあ、何年も会ってなかったわけだし、何回か連絡が来たことはあったけど、俺が無視していたからな。「金子カネコ、まじ久しぶり。おう、新年会やるぞ!パーリーパーリー!」俺がなにか言おうとする前に、奴は「正月、帰ってこいよ。連絡しろよ。じゃあな」と、自分の用件だけ一方的にまくしたてて電話を切った。奴はくだらない事を企画するのが好きだった。真冬に山に登って流星群を見に行こうとか、百キロ以上離れた海まで原付で行こうだとか。青春くさいノリが大好きな奴だった。リア充ってやつだよ。ボンボンのイケメンだ。悪い奴じゃない。バカだけどな。

 フロアに戻ると客はもう一組しかいなくて、もう上がるか?と言われたので俺はそうすることにして、すぐに帰る支度を始めた。

 店を出て、来た道を戻り、狭いアパートに帰る途中、たくさんのカップルが見えた。愛か金か、お互いどういう取引条件のもと、カラダを重ねる合意に至ったんだろうな。きっとラブホは満室だろう。クリスマス価格で料金は三倍ってとこか。それにしても日本人は本当にイベントに乗っかるのが好きだ。クリスマス、カウントダウン、初詣、バレンタインに花見に海、花火、ハロウィン。記念日だのコンパだの、連中はきっかけさえあれば騒ぎまくり、ヤリまくり…どいつもこいつもふざけやがって…俺は踊らされないぞ…。


 ようやく部屋に帰ると、独り暮らしの悲しい習性から、まずテレビをつけた。それから小さい電気ストーブを点けて、ポケットの中の一切合切を机の上に出して上着を脱いだ。俺は暖かくなる部分が壊れた役立たずのコタツに入って、クッションにもたれ、ポルノにアクセスする。

 貰ったティッシュを手に取ると、中にチラシが挟まれていた。一応目を通して、速攻でゴミ箱に捨てた。教会に来ませんか、だと。バカくさい。犯罪行為をするカルト集団や、盲信者から金を巻き上げるようなマルチまがいの新興宗教。耶蘇教も仏教も過激派達も、俺からみれば宗教はみんな同じだ。どの教祖も政治家も国家公務員もヤクザも醜女もチンピラも娼婦もオタクもどいつこいつも皆同じレベルだ。バカにする対象だけって話だ。人にはそれぞれ自分のスタイルや哲学や主義主張があるが、ほとんどの奴らはエセだ。とか言うと、そういうお前はどういう偉そうな立場の人間だ?と言いたくなるんだろう?そんなもの、ファック・ユーの一言だ。俺は何にも属してなんかいない。

 偶像や教祖なんてのは、誰かが金儲けや他の誰かを利用するために作りだした、ただのキャラクターでありアイコン、商材だ。ショービジネスの連中がアイドルだのカリスマだのを作り上げて使って儲けてるように。人間誰でも何か依存するもの、帰属するものが要るのは解る。俺だって好きなもの、認めるものはあるさ。けど、盲目的に神を信じる連中はアイドルのパンチラに命をかけるオタク野郎と大差ない。ま、好きにさせとけばいいさ。あいつらはそれで幸せなんだろ。だからって俺まで引きずり込もうとするのはやめてくれ。俺に迷惑をかけるのはやめろ。自分の考えを他人に押し付けちゃいけない。世間じゃそれを洗脳というんだぜ。

「俗物が…」よくもずけずけと人の中に入って来られる。なにせ宗教、音楽、ファッションスタイル、職業、何にしても特定のグループは他のグループを貶すもんなのさ。そして自分達の地位を確立させようとする。だから俺にも言わせてくれよ。みんなクソくらえだ。

 チャンネルを回す。バラエティーのクリスマス特番だとか、街のカップルとか家族連れのインタビューだとか、くだらないニュースしかやっていない。マスコミに主張なんて無い。その都度、大衆が興味を示すような事を適当に吹いてるだけだ。遊んでやがるんだ。溜息が出るぜ。 

 テレビを消してiTunesを起動。『sun kil moon』のセカンドをかけて、電気も点けっ放しでそのままの格好で寝ようとした。気分的にひどく疲れていた。それと同時に、ムカついて落ち着いていられないような、それでいて怠くて無気力のような、表現しにくいお馴染みのテンションになっていた。

 ふざけた世の中だ。くだらねえ。俺が寝ようとしてる間にも、バカな信者は懲りずに祈る。クラバーは朝まで飲んで踊り、男と女はヤリまくる。地球の裏側じゃ三秒に一人の割合で子供が飢えて死んでるが、同じペースでヴーヴ・クリコの栓は抜かれていく。狂ったガキが人を刺す。親が子を殺す。世界中で終わりの見えない紛争や弾圧、人種差別。聖地は一体どこにあるんだよ?インテリジェンスはナンセンスを伝え、日本の景気と出生率、品性知性は下降の一途をたどる。政治家は税金を反社会勢力に還元する。投資家のエンターキーひとつで億の金が動くが、俺みたいな貧乏人は時給千二百円でアリのように働く…。笑う気にもなれない。こういう世の中の流れを操ってる誰かがいるんだとしたら、頼むからくたばってくれ。俺は誰にともなく、この漠然とした逆恨みを向ける。

 今この時だって色んな所で色んな事が起きてる。俺の知らない所で知らない事が。時が経つのはとても早いし、若い才能は次々に出てくる。そして自分はもうそこまで若いとは言えないし、俺より若くして既に成功しているやつもたくさんいる。ミジメな思いをしたくなくて、人から安く使われたくなくて、寝る間を惜しんで努力しているやつはたくさんいる。日々研鑽を積んで、科学や医療や技術の発展に寄与してる立派な人もいる。どこかで悪の組織が人類を滅ぼそうと目論んでいて、それを人知れず阻止しているヒーローがいるのかもしれない。わかってる。わかってるんだよ。何か自分からアクションを起こさなきゃいけないことは。言い訳に過ぎないんだ、なにもかも。けれども俺は思考と行動を止め、今から眠ろうとしている。これ以上は何も生まず進まず、ただ一日を終わらせようとしている。いくら世界は回り、日はまた昇り繰り返すと知っていても、ここにいる一人の人間はただ沈み、落ち込むばかりなんだ。

 俺の知ったことか。俺には関係ない。深い溜息とともに、それでもやるせない気持ちで胸が詰まる。いくらこの世がクソだと思ったところで、今すぐ自分も世界も変える事は出来ないし、今やらないといけない事をスルーしてもいけない。

「今やらないといけない事?」そりゃ一体何だ?俺の存在意義は何だ?そんな事…知るかよ。くそ。

 何なんだこの虚無感は。

「おい、俺は生きてんのか…?」

 ヘイ、ミスター・ソクラテス。これは大問題だ。早く寝よう。

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